第119話 好きな料理
少し短いです。
「いい匂いする。美味しそう」
「気に入ってもらえるといいのですが」
爽やかな梅の香りがする。嗅ぐだけでよだれがでそうだ。
朱音が作ったのは豚バラを梅と炒めたもののようだ。初めて見るそれの料理名はわからないが匂いで既に美味しいことがわかる。
他にもいつものきんぴらと水菜のサラダ。今日のお味噌汁の具は茄子だ。
「いただきます」
豚バラを一切れ口に運ぶ。梅の爽やかな香りが鼻を抜ける。梅の酸味と豚のジューシーさが相まってご飯が進む。
「美味しいですか?」
「ごめん。食べるのに集中しちゃってた。すごく美味しい。これ好きだよ」
「よかったです。……見ててわかったんですけど一応聞きたくて」
くすくすと笑って朱音も食べ始める。作った朱音も今日のは渾身の出来だったようで美味しそうに食べている。
そもそも苦手な食材も無いが、朱音の作る料理で食べられなかったものが無かった。朱音の作るそのどれもに舌鼓を打たずにはいられない。
しかし今日のこれは一番に食い込んでくるかもしれない。それくらい好みの味だ。いや、やっぱり一番はカレーかな。
いつもより食べていたようだった。箸の進み具合を見て朱音がもう少し豚バラを追加で皿に盛った。
「本当は明日のお弁当用に少し置いておいたのですが、そんなに気に入ってもらえたならよかったです」
「え、ごめん。美味しくて」
「問題ないですよ」
追加された分も全て食べてしまった。全てたいらげた頃には満腹感も強く動けなくなってしまったほどだった。
「大丈夫ですか?」
「お腹一杯でしばらくは動きたくない」
腹を擦りながらそういうと朱音がくすくすと笑う。今日はこの後少し休憩を挟まないと何も出来なさそうだ。
ソファで朱音が用意したお茶を啜りながらお腹が落ち着かせる。隣に座る朱音も鼻歌を奏でながら俺の手を触っていた。
「それ、何の歌?」
「この前カラオケで桐島さんが歌っていた曲です」
「……あー。あれか」
「タイトルも歌詞も覚えてないのですが、フレーズがなんとなく耳に残ります」
「……たしかに」
ふんふんと歌いながら朱音が手を触るので、手だけじゃなく耳までくすぐったく感じる。
満腹感と、朱音の鼻歌が子守唄に感じて欠伸が出る。寝るには早い時間だし、まだシャワーも浴びていないので寝る気は無いが、少し目を閉じる。寝る気は無かったが段々と朱音の鼻歌が遠ざかる気がした。
感覚がぼやける。地に足が着いていないようなふよふよとした浮遊感がある。
夢を夢だと実感している。そうこれは夢だ。俺の見ている夢。
夢の中でも俺は自分の部屋にいるようだ。一人でソファに座ってテレビを眺めている。
ただそれだけの夢。
悪夢でもなんでもない。ただ一人でいるだけだ。ふよふよとした浮遊感が強まる。もう目覚めるのだろう。そこで俺の意識は一旦止まった。
「あ、おはようございます」
「ごめん。寝てた。重くなかった?」
「大丈夫ですよ。短時間でしたし」
時計を見てもどうやら眠っていたのは短い時間だったようだ。うたた寝のレベルでだからこそ夢を見たことも頷ける。
「なんか夢見てた」
「夢ですか」
「この部屋で一人でソファ座ってるだけの夢」
「……なんともいえない夢ですね」
朱音がむにゃむにゃと苦笑いした。それにつられて俺もくっくと笑う。
「感覚的にも夢だってわかったんだけど、それ以上に隣に朱音がいないのが違和感で」
「そうですか」
一言で朱音は会話を終えたがその表情は嬉しそうだ。にこにこと顔から笑顔が零れている気がする。
「朱音、しよっか」
眠気も取れて満腹感も落ち着いた。朱音に顔を向けて問いかける。
「はい。よろしくおねがいします」
立ち上がって朱音に手を差し出す。出された手を引っ張って朱音を立ち上がらせてそのまま寝室に向かった。
しばらく寝室からは楽しそうで賑やかな声と音が響いた。
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しよっか。楽器の練習。




