第11話 傘と、沈黙と、
昼休み、席にやってきた竜。いつもと違うのはその表情だった。
こっちを向いてニヤッとしたかと思えば隣の席を向いて口を開く。
「長月さんも一緒に食べる?」
「え?……いえ、大丈夫です。」
「そっかー。じゃまたの機会にー。」
そういって席に着いた。彼女も一人ご飯を食べる準備をしている。
「何で急に長月誘ったんだよ。」
「なんか二人仲良くなってそうだからいけるかなーって。」
「じゃあ私が一緒していい?」
前の席から弁当箱を持って桐島が振り返った。
「おー結ちゃん。一緒に食べよーぜー。」
どうやらいつも一緒に食べている友人が休みのようでこちらに参加するらしい。
「水樹くん、その組み合わせよく見るけどお腹すかないの?」
「牛乳飲んでるから。」
「もっと言ってやってくれ。入学当初から言ってるのに改善する気がないんだ。コイツ。見ててこっちが物足りない。」
桐島の弁当箱は普通の大きさで、メインのおかずはご飯が進みそうなカラアゲ、彩りも意識されていてすばらしい弁当といえる。
竜のは桐島よりサイズが大きく、味付けが濃そうに見えるものの野菜もしっかり入っていてバランスも良さそうだ。
「俺からすれば結ちゃんの量でも物足りないかも。」
「それが普通だと思うよ。だって水樹くんもう食べ終わってるって早すぎだもん。」
「ほんと一緒に食べてる意味ねー。」
二人が苦笑いしていた。
テストの点について話したりしながら食事は進んだ。
放課後、今日はバイトのある日だ。まあ急がなくても遅刻するような時間ではない。
雨も降っているし、そんなに忙しくならないだろう。と考えていると忘れていた用件を思い出す。
「後で鍋返しに行っていい?」
隣で帰る準備をしていた彼女に声をかける。
「いつでも構いませんよ。今日はもう帰るだけですので。」
「今日バイトだから、行く前に持って行くよ。」
「水樹くんアルバイトされていたんですね。わかりました。ではお待ちしておりますので。」
話もついたので帰ろうとすると、彼女も準備が終わったようだ。立ち上がるタイミングが重なった。
「あー、じゃあ帰ろう。」
「え、あ、はい。」
なんとなく声をかけると意外にも返事が返ってきたので一緒に帰ることになった。傘を差して隣に並ぶ。
「水樹くんってどんなアルバイトされているのですか?」
「近くの喫茶店。マスターと知り合いでね。」
「水樹くんはウェイター姿、似合いそうですね。」
クスクスと彼女は笑っていた。
「……長月さ、そうやって話をしてくれるのは俺としても嬉しいんだけど、なんで他のクラスメイトと距離とってるの?」
少し気になっていた。自分がそれなりに親しくなったのは気づいているし、それはたまたま隣に住んでいて関わる機会も多かったからだと思っている。
昨夜の明るくて笑顔の絶えなかった彼女の様子を思い出す。あんな彼女がわざわざ他の人と距離を置く理由がわからない。
「……そんな水樹くんもあまり親しい友人が多いとは言えないと思いますけど。」
ムッとした表情を横目に見ながら会話を進める。
「俺の場合は距離を詰めないって言ったほうが正しいかな。」
「……それって私と違うのですか?」
「んー、簡単に言うと来るもの拒まず去るもの追わずってやつ?長月は来るもの拒んでるから。」
「別に悪くないと思いますけど。」
少し睨まれた。彼女の顔で睨まれると迫力がある。
「ごめん。悪い悪くないとかじゃない。……なんとなく長月が無理してるんじゃないかと思って。」
「無理なんてしてないです。」
即答される。これ以上聞くのは厳しそうだ。
「そうか。じゃあ俺の勘違いってことで。変なこと言って悪い。」
「……いえ。……大丈夫です。」
俯いてしまった。もうマンションまでまもなくというところまできたもののとても遠く感じた。
エレベーターに乗って家の階に着くまで口を開くことはなかった。
「あ、鍋持ってくるから少し待っててくれる?すぐ戻るから。」
「わかりました。」
部屋に入り鍋を取ってもう一度廊下に出る。彼女はこちらを見ていたらしい。出た瞬間に目が合った。
「カレー美味しかった。」
すこし笑顔になる。表情をあまり表さなくてもわかるくらいには彼女の顔はとても整っている。が、笑顔のほうが似合う。
「そんな、お気になさらず。……あの水樹くん、今日は……いえ、バイトがんばってください。」
「??……ありがとう。じゃ、また明日。」
去り際に何か言いかけたものの口を噤まれてしまったので聞きそびれる。気にはなるが切り替えてバイトの準備をしよう。
部屋で着替えながら、彼女は言いそびれることが多いな。と思って少し笑った。




