第116話 自信
「時人くん、包丁裁き上達しましたね」
「先生がいいからな」
日曜日の昼ご飯。今日は朱音に料理を教わっている。
上達したと言われてもいまいち実感は無いが、朱音が言うならそうなんだろう。隣でクスクス笑いながら見ている朱音に嘘も無さそうだ。
「レシピ見ながらだと私がいなくても問題なさそうですね」
「問題あるって。朱音がいる安心感がない」
「……そうですか。じゃあまだまだご一緒しますね」
朱音は一瞬驚いてそこからゆっくりと微笑んだ。
「まだまだな」
いまだ難しいような手の込んだ料理は挑戦していないが、それなりに朱音に教わってきた。多少慣れてきたとはいえまだまだ不安材料はある。そもそも俺は朱音と料理したいから教わり始めた。今は楽しさもわかってきたが一人で作る気はサラサラ無い。
「……じゃあ仕上げましょうか」
朱音の手ほどきにしたがって調理を進める。朱音の指示に従いもはや完成は目の前だ。
「後は玉子で包むんですけど、どうします?いつもの感じでします?」
「……そうだな。今日はそうする」
二人分のチキンライスを皿に盛り付ける。
「じゃあ玉子を焼きましょうか」
溶き卵をフライパンに流し込んだ。薄く一枚の丸い形に焼きあがる黄色いそれは綺麗に出来上がった。
それをチキンライスにのせる。朱音はいつも包まずこうして玉子を乗せていた。
「上手にできましたね」
「俺もそう思う」
二つ並んだ黄色い山。
「時人くんが何をかいてくれるか楽しみです」
朱音がオムライスを作ったとき何かしらケチャップでかいてから出してくれていた。朱音には美術の才能がそこまでないらしい。たまによくわからない動物の顔らしきものを苦笑いしながら出してくる。
「もしかして犬と猫間違えたのまだ気にしてた?」
「……きにしてへん」
ぷい。と横を向いた朱音がそのままキッチンを出て行った。布巾片手に行ったのでテーブルを拭いてくれるみたいだ。
朱音の反応は答えを言っているみたいで苦笑いする。朱音からの期待は高まっていると感じるが応えられるだろうか。ケチャップを持って集中した。
「……シンプルですね」
「だろ?」
「ありがとうございます」
朱音にああは言ったが俺も絵には自信ない。考えた末、文字なら何とかなるかと思ってケチャップを走らせた。
「どういたしまして」
にこにこと笑った朱音がスマホを取り出して写真を撮った。カシャカシャと念入りに何枚か撮っているみたいだ。
「あ、時人くん」
腕を伸ばしてインカメラに切り替えた朱音が俺たち二人とテーブルが写るようにスマホを向けた。朱音の控えめなピースサインにあわせて俺も同じピースをする。再びカシャカシャと音が鳴って朱音のスマホに保存される。
「ありがとうございます」
「いいよ。コレくらい」
「すいません、お待たせしましたね」
「あーうん。食べようか」
二人手を合わせる。朱音の普段の感じに慣れてしまって俺が作ったときは朱音に先に食べてもらう。朱音の監修の元作ったとはいえやっぱり気になる。
だが、今日はなかなかスプーンが動かない。
「朱音?」
「……もったいなくて」
「そのために写真とったんじゃない?」
俺のかいたケチャップに躊躇っていたらしい。思わず笑ってしまって自分の分のオムライスを一口分すくう。そして朱音に差し出した。
気づいた朱音が一瞬躊躇するも勢いよく食いついた。スプーンに朱音の若干の重みを感じる。
「美味しいです」
「よかった」
これにも嘘は無さそうだ。安心して俺も食べ始める。それを見てようやく覚悟が決まったらしい朱音も食べ始めた。
チキンライスは二人分まとめて作ったし玉子は焼いただけで味付けしていない。それでも違う皿に乗っていると反応が気になってしまう。
朱音は何も気にしていなかったが一応その朱音の表情を見ていた。美味しそうに食べてくれていて嬉しくなる。
「時人くん?」
「あーごめん。朱音が美味しそうに食べてるなあと思って」
俺の視線に気づいたらしい。朱音がこちらに?マークを飛ばしてきた。俺がそう返すと朱音はくすくす笑い出した。
「わかりますよ。その気持ち。いつも時人くんもそうですから」
そういえば前にも言っていたな。美味しそうに食べているのを見るのは嬉しい。どうやらそれは朱音だけでなく俺もみたいだ。
「それに、やっぱり感じてますよ」
「感じる?何を?」
「時人くんの、愛情。です」
言いながら若干照れてきたらしい。朱音がちょっと言葉に詰まりながらそう言った。頬を赤く染めてそれを隠すように顔を少し背けている。
「……それはなにより」
そんな対応をされてしまえばこちらまで照れてしまう。
俺も朱音と付き合ってそれなりのことを重ねてきたけれど未だにこうして朱音の一挙一動に心を動かされる。
朱音に飽きることなんて一生無いのだろうな。そう思った。
完食までいつもより時間を要した。それでも食べ終わるタイミングはいつもと同じく同時だった。
「時人くん、昨日のことなんですけど」
食後、片付けも済ませてソファでゆっくりとしていた時に朱音がきりだした。
昨日のこと。ずっと一緒にいて、色々していたが、この切り口だとあのことだろう。
あの男に言われたこと。
その後の朱音の思いの吐露。
「……うん」
「時人くんって過去に何かあったんですか?自分の容姿について」
朱音の真剣な顔がすぐ近くに映る。眼鏡を通して見るその瞳に嘘も通じなさそうだ。だが、つく嘘もない。
「そんなこと何も無いよ」
「……じゃあどうしてそんなに卑下するんですか?」
その問いに一瞬言葉が詰まった。
どうしてなんて……言うまでもない。
「割と客観的に見てそう思ったんだけど。そんなに褒められる容姿じゃないし」
「そんなことないです。時人くんはカッコいいんです」
食い気味に朱音に否定される。こうなったときの朱音は頑固だ。
「……ほら、朱音は俺と付き合っているから、ある種のバイアスみたいな」
「ちがいます。時人くんはカッコいいです」
「そういう事言ってくれるのも朱音くらいだし?」
「時人くんはカッコいいです。桐島さんも萩原さんも柳さんも松山さんも言うてます」
「……朱音は折れないなあ」
朱音の矢継ぎ早な言葉に思わず苦笑いする。
みんなが言っていたとしても、そのメンバーの顔面偏差値は高い。みんなのことを信じていないわけではないが仲間意識みたいなものだと思う。それに仲の良い人物のことをわざわざけなさないだろうし。
「この件はゆずりません。時人くんに正当な評価がされていないことがめっちゃ嫌です」
「正当な評価って……」
「……時人くんにもっと自信、持ってほしいです」
そういうと朱音はスマホを取り出した。
「時人くん、気づいてましたか?」
「何を?」
朱音がスマホの画面を俺に向ける。ロック画面を向けられても俺の顔で朱音のスマホの認証は解けないだろう。って。
「俺?」
ロック画面に映っていたのは俺の顔だった。
「勝手に使ってすいません」
朱音は操作してロックを解除したようだ。もう一度画面を見せられる。
ホーム画面にいたのはギターを弾いている俺。大須が撮った写真だ。
「これに設定してから、不意にスマホを見ることも増えました。時人くんがいないときとか特に」
「……というかそれいつ撮ったんだよ」
「な、ないしょです。……ダメでしたか?」
「それはいいけど」
ロック画面の写真は横顔だった。いつのまに撮られていたのだろうか。
朱音はスマホを大事そうに抱えながら話を続けた。
「時人くん。別に私は時人くんのルックスが好きだから時人くんに好意を持ったわけじゃないです。色々あってそれで時人くんのことが好きになりました」
「うん」
朱音は目を細めて何かを思い出すように話し続ける。
「でも、今でも思い出すことがあります。時人くんが渡り廊下であのバラードを歌ってくれた日。もちろん曲に想いを馳せていました。でもその後。時人くんがこの曲、好きだよって言ったあの顔。あの笑顔を」
「そんなこと言ったっけ」
「言ってました」
誤魔化したが正直覚えている。あの時は朱音が少し感情を表して俺も慌てて言葉を繋げた。
そんな笑顔だった気はしない。むしろ情けない顔だったと思うが。
「私の中での時人くんのルックスの評価は変わっていません。ずっと素敵な男性のままです」
「ありがとう」
「……高い鼻も薄い唇もすごく色っぽいです。顎のラインが好きです。笑うとえくぼが出るのが可愛いです。長い睫も綺麗な瞳も隠しててほしいです。私以外が知る必要ないです。少し大きめの耳たぶは触りたくなります」
朱音はソファに膝立ちして俺の前髪を分けながら言い続ける。朱音の手が俺の耳に触れる。そこで感じる朱音の指先は熱かった。
「笑うときに口元を隠すのも好きです。少し顔を背けながらも目だけこちらを向けるのも好きです。悩みながら少し上を向いたときに見える首に男らしさを感じて好きです。柳さんの冗談にやれやれと呆れている顔もカッコいいです。ギターを弾いているときの真剣な表情もカッコいいです。……普段はクールでカッコいいのに笑うと途端に可愛くなるの好きです」
段々と熱くなるのは俺だけじゃない。言っている朱音の顔も真っ赤だ。
「わかった。わかったって」
「まだ足りないです。細くて長い指が好きです。骨と血管がよくわかるその手の甲も好きです。手を動かすと筋がよく動くその腕にはいつも抱きしめられたくなります。少しなで肩なのも好きです。胸もお腹も引き締まってて、硬くて安心感があります。おへその横のほくろは反則です。抱きしめたときに触れる背中の筋肉の感触も好きです」
もはや一般的な見た目の話から朱音の感想に移っていた。真っ赤になりながらもそう伝えてくれた朱音を抱きしめる。
「うん。本当にわかった」
「……時人くんはカッコいいです」
「うん。ありがとう」
「自信、持ってもらえますか」
「……今すぐには変われないけど卑下するのはやめる」
「……今はそれでいいです」
これだけ朱音が伝えてくれたのだ。意識的に変えていこうと思う。
周りからどう見られてもいい。俺は朱音の隣に立っていい。そう思っていこう。
「ところで朱音」
「はい?」
「……ほくろって反則なの?」
「……それは聞かなかったことにしてください」
朱音は恥ずかしいのか力強く抱きしめてきた。思わず笑って俺も力を込めて抱き返した。
「朱音にもあるから、へその下に。俺も好き」
「……時人くん、なんかやらしいです」
「朱音が可愛いから」
何度か見たそれを思い出して、そのまま夜の朱音の姿を思い出しかけて留める。
このまま押し倒したくもなったがさすがにこうも連続ですると朱音の負担も大きそうだ。それに今日はこのままがいい。
「時人くんはカッコいいです」
「わかったって」
しばらく朱音と抱き合っていた。幸せな日曜日の午後だった。
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