第113話 精神的な脆さ
「あーそれついに使うとききたんだねー」
桐島がニヤニヤと笑いながらお弁当箱を見ていた。どうやら彼女はこれに見覚えがあるらしい。
「はい。初登校です」
「登校って言うんだこれ」
午前の授業を終えて訪れた昼休み。隣の席の朱音と机をくっつけてお弁当を取り出した。蓋を開けると中から色とりどりのおかずといいサイズのおにぎりが見える。桐島が振り返ってニヤニヤとしている。
「やっぱり中身いっしょだよねー」
「朱音がつくってくれたからな」
となりの小さい方のお弁当箱をみると桐島の言うとおり中身が同じだった。
「……さすがに二人分を違う内容で作るのは……ちょっと」
「いやいや、朱音。だれも責めてないって」
「そうだよー。微笑ましいってことだからねー」
しゅんとした朱音に慌ててフォローが入る。取り戻した朱音が笑っているのを見て桐島がお邪魔しましたー。と去っていった。朱音は桐島も一緒にと誘ったが断られたようだ。
いつもなら俺と昼ごはんを食べている竜は今日は萩原と食堂に向かうらしい。どっちから言い出したのかわからないがいい傾向だなと思う。
だから今日は朱音と二人で昼ごはんだ。
「いただきます」
めしあがれと朱音が呟いてこちらを見ていた。俺の反応を待っているようだ。冷めていても美味しそうなカラアゲを一つつまんで口に運んだ。
記憶にある朱音のカラアゲの味だ。下味がしっかりとついていてご飯がほしくなる味だ。
揚げたてのカリカリもいいが、しっとりとしているこれもいい。
「美味しいよ」
「よかったです」
嬉しそうに笑ってから朱音も食べ始めた。
まるで家にいるような感覚に陥る。こうして学校で朱音と過ごしていると学生の本分すら飛んでいきそうだ。
「これからも一緒に食べましょうね」
「もちろん」
朱音の可愛いおねだりに間髪いれずに即答する。昼休みの教室の喧騒は俺たちに届かなかった。
「授業初日から体育はちょっと乗らんなー」
「座学でも文句は言うだろ。竜は」
午後始まってすぐの教科は体育だった。男子は体育館でなにかするみたいで集合は体育館だと友里が言っていた。昼休みの終わり近くに竜と合流して更衣室に向かっている。
「まあなー。明日も多分言ってると思うから頼むわー」
「何を頼むんだよ」
カラカラと笑いながら歩いている竜を見て苦笑いする。
体育はもちろん男女別なので他クラスと合同になる。一学期も同じクラスと体育を受けていたので竜は大分馴染んでいるようだが俺は未だに話す相手もいない。
あらためて来年も同じクラスなのが内定しているのは助かる。
更衣室で体操服に着替えていると、視線を感じる。見られている実感があった
「……?」
周りを見渡せば他クラスの男子がこちらを見ていた。隣で着替えている竜も気づいていたらしく苦笑いしている。
「時人も有名になったかー」
着けていたバングルを外しながら竜が呟く。
「……気にしないでおく」
「それでいいと思うわー。なにかされてるわけでもないしなー」
時人が変なこと言って敵作ってもなー。と竜が体操服のジャージを羽織ってそう締めた。下だけハーフパンツの竜と違って俺は上下ジャージだ。
「見てて暑いんだがー」
「暑くなったら脱ぐ」
そもそも羽織ってる竜も一緒だろう。周りは大抵が夏服のみだった。あいかわらずひそひそされているような気もするが仕方ない。更衣室を後にした。
「おーそっちはグラウンド?」
「そうだよー。暑いのにねー……」
朱音と萩原と桐島の三人と向かっている途中に出会した。女子は外で体育の授業があるらしい。
「体育館も暑いからなー」
「……そうね。まだまだ暑いわ」
部活で体感しているだろう萩原が同感していた。返事に若干間があったのは気のせいじゃないだろう。
「萩原?」
「なに?水樹」
睨まれた。少し顔も赤い気がする。
これは照れだろうか。昼休みに何かあったのだろう。首を振って何もないとアピールしておいた。
授業が始まるまではまだ少し余裕もある。急ぐこともない。擦り寄ってきた朱音の頭を撫でてその触れ合いを楽しむ。
その場でとどまって話しているとクラスメイトや他クラスの生徒が通り過ぎていく。友だちの多い皆があちこちから声がかかったり見られたりしている。その中でも俺への視線は感じた。だが、声がかかることはない。
イライラする。何にかはわからない。最近のネガティブさも相まって気分も悪くなった気がする。
「時人くん?」
朱音が何かを察して顔を上げた。撫でていた手も止まっていたから気になったのだろうか。
「……なにもないよ。竜、そろそろ行こう」
「……ういー」
返事のようなものをあげて竜と歩き出す。何か言いかけた朱音を抱きしめたくなったが、色々飲み込んで後ろは見なかった。
「時人そーカリカリすんなよー」
授業中、目の前のコートではバレーの試合が行われている。俺たちの試合は既に済んでいてボロボロとまでいかないものの負けたところだった。
壁に寄りかかって休憩がてら竜と話す。他のチームメイトたちも同様に休憩しているか真面目な人は練習をしていた。体育教師は目の前の試合の審判をしていて、他の生徒には目がいかないようだ。
「……してない」
「わかりやすいからなー時人はー」
相変わらずカラカラと笑って竜は楽しそうに俺の肩を叩いた。
「あれほど見られたらその気持ちもわからんことはないがー。昨日から目立ってたからなー……」
竜は朱音の影響力を続けて語った。特に体育祭前後で声をかけられる機会も多かったらしい。朱音が周りとの関係を持った結果だ。それ自体はいいことだと思っている。
……だけど、朱音の彼氏として俺が存在すること。竜たちの仲の良い友人の輪の中に俺が存在すること。
それは周りからすれば違和感なのだろう。
「まあしばらくの辛抱だなー。いずれ気づくだろー」
「何に?」
「時人がまさしく長月さんの恋人だってことに」
いずれ気づく。まさしく。
それらの言葉は少し俺に突き刺さった。少しだけど、ほんの少しのそれがささくれだって残りの授業は集中を逸した。
「今日はバイトの時間はやくて、買い物一緒に行けなくてごめん」
「そんな、謝らないでください。むしろ任せてほしいです。それに、こうして一緒に帰るだけでも私は嬉しいですから」
今日一日の授業を終えての帰り道。いつものように朱音との帰る通学路。早く来てほしいとのマスターからの連絡で俺は少し急いでいた。店が忙しいらしい。
朱音の優しさが俺の心を少し癒す。それが本心だとわかるから尚更だ。
教室では感じなかった視線。それは教室を出て朱音といると余計に感じる。
竜の言うようにしばらく待てば落ち着くのかもしれない。それは、どうなのだろうか。
学校にいる俺は、ただの一男子生徒で。目立たない一人で。
視線が落ち着くのは朱音への興味が薄れるからではない。俺なんかが何で朱音と、朱音って趣味悪い。と朱音の評価が下がるからじゃないか。
朱音が目立つのは正直嫌だけど、仕方ないこともある。百人いれば百人が認めるルックスだ。
俺のせいで評価が下がってしまうのか。
気にしたことはなかったけど。
となりで楽しそうにしている朱音は可愛い笑顔で笑っている。
昨日はしばらくはいいか。と思った。
でも、やっぱり俺は。
もう面倒なんて言ってられないかもしれない。
「朱音、好きだよ」
握っている手の力を少し強くした。それだけで朱音は嬉しそうにする。
「私もですよ。時人くん。私も好きです」
朱音の笑顔を見てひとまず今日のバイトはがんばれそうな気がした。
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