第111話 友人の相談事
「時人今日ひまー?」
三井が解散を告げて数秒後、朱音と帰ろうとした瞬間だった。
「まあ。予定は無い」
「たすかるー。ちょっとつきあってよー」
竜から昼ごはんのお誘いが来た。話があるらしい。
「……仕方ない。朱音、先帰ってて」
「……わかりました」
「いや、長月さんもよければ一緒にどうー?」
「いいんですか?」
今日は一緒にいれると嬉しそうにしていた朱音を悲しい顔にさせてしまったので罪悪感があったが、どうやら竜は朱音も呼んでいるらしい。
「二人にちょっと相談があってなー。もう聞いてるんだろー?」
「何を?」
「萩原から俺たちのことー」
「ああ。うん。聞いてる」
竜が話したい内容は萩原との関係のことらしい。
気にはなっていた。祭りの日に萩原から直接聞いてから竜にも萩原にも会っていないし連絡すらとっていない。今日会った際も特に何も感じず、いつも通りに思った。まるで何もなかったかのように。
「やっぱりかー。通りで……。じゃあとりあえずゆっくりできるところ行くかー」
「……?どこにする?ファミレス?」
「時人ハウスはだめかー?」
「いいよ」
朱音も問題ないらしい。俺たちは竜の先導で教室を出た。
「ねー皆そろってどこに行くのー?」
校門にいたのは桐島だった。まるで誰かを待っているかのように立ち尽くしていた彼女は俺たちを目ざとく見つけて声をかける。
「結ちゃんじゃーん。もう帰ったと思ってたわー」
「帰ろうと思ったんだけどねー……」
桐島が苦笑いしながらこちらに話を向けた。どうやら予定が無くなってぼーっとしていたらしい。誰かを待っていたという訳ではないようだ。
「あーじゃあ結ちゃんも一緒でもいいー?」
竜が俺に求めた。一応俺が家主であるという感覚は竜も持っているらしい。俺も朱音も問題ないので許可すると桐島もパーティに加わった。
「水樹くんの家久しぶりだねー」
気づけば前後入れ替わって俺と朱音が前で歩いていた。後ろで竜と桐島が何か話している。
「俺もピザのとき以来だからー」
「アポもなしに来たやつな」
「えーそれはやばー」
後ろで楽しそうに話しているのを聞いていて朱音も楽しそうだ。こうして朱音以外のメンバーといると学生生活が再開した気がする。
「結ちゃん気づいたかー?前の二人のカバンのアレ」
「私は買うところ見てたからねー」
「時人ってこういうことしない男だと思ってたわー」
「うるさい。聞こえてるから」
旅行先の土産屋で買ったあのストラップ。お互いに示し合わせることなく登校用のリュックにつけていた。今朝気づいたときに笑いあってしまったものだ。
色は違うので何も突っ込まれることはないと思っていたが流石にバレるらしい。
もちろんこの距離で話されているので耳に入ってくる。隣の朱音は嬉しそうにこちらを見ていた。
「時人くん、バレましたね」
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
「おそろいですから」
恥ずかしいとかそういう感情は朱音には無いらしい。そんな朱音に照れてしまう。
「またこの二人やってるわー」
「……相変わらずだねー」
後ろからやれやれといった雰囲気が聞こえる。ここは反応したらからかわれるのがわかっているので聞こえない体を通した。
「時人ハウスはいつもエアコン効いてて助かるー」
近くのファーストフードチェーンでハンバーガーをテイクアウトしてから俺の家にたどり着いた。
リビングのテーブルで各々広げたそれで部屋の中が一気にジャンクな匂いになる。ちょうどランチタイムだ。その匂いも相まって空腹感が一気に煽られた。
ガツガツとハンバーガーを食べ始める竜の勢いに圧倒されつつも皆食べ始める。相変わらずセットのサイドメニューのポテトが多い。持ち帰って若干冷めつつあるそれを口に運ぶ。久しく食べていなかったジャンクフードだ。そそられる。
「竜くんって家でもそんなに食べてるのー?」
明らかに一人だけ多い量の袋から二つ目のハンバーガーを取り出している竜に桐島から苦笑いと質問が飛んでいた。
「まー食べてるとは思うけどー。それで育ったからそれが普通なんだよなー」
はぐはぐとハンバーガーを食べながら答える。気持ちのいい食べっぷりだ。
「でもたくさん食べてくれると、作る側からすれば嬉しいですよ。柳さん美味しそうに食べてますから」
「……らしいぞー。時人ー」
にやりと笑ってこちらを見る竜を一目だけ見て気にせずポテトを食べ進めた。
「時人くんも美味しいってわかりやすくて助かります」
「水樹くんはわかりやすいよねー」
なぜかこっちに向いた矛先に気づいていないようにしておいた。朱音はニコニコとしているが後の二人がニヤついていたのが微妙に腹立たしい。
相変わらずの量を食べていた竜だが、やっぱり食べ終わるのはみんな同じくらいのタイミングだった。
「話したかったことなんだけどー……」
ずーずーと残り少ない音を知らせるストローを口に咥えたままの竜が話し始めた。
テーブルの上は既に片付いていて、朱音が取り出したお茶請けのビスケットと各々の飲み物だけになっていた。
「皆聞いてると思うんだけど、俺と萩原つきあうことになってさー」
桐島も既に知っていたようだ。その表情に変化がなく驚きはなかった。
真剣な表情の竜は珍しい。朱音は変わらずニコニコとしている。友人達と恋愛の話をするこの状況が楽しいらしい。
「……時人らには前にも言ったけど、何となく好意には気づいてたからさー。驚きはなかったんだけど。だけどさー……」
竜は口を噤んでしまった。話しづらいとかではなく言葉が見つからないようだ。
前に言っていた想像がつかないという言葉。それが現実となった今の状況をいまだ掴めていないのだろうか。
俺が朱音と想いが通じたとき。あれは旅行先の夜の海だった。
その時点でなんとなくお互いの気持ちも気づいていたような気もするし、告白自体が確認になっていた。
萩原にとっての告白はまた変わってくる。おそらく竜が気づいていたことも知らないはずだし、本当に思い切ったのだろう。
そして悩んだ挙句断りかけた竜に頼み込んで期限付きの恋人関係とまで至った。
一ヶ月を経て、竜の気持ちを萩原に向けることができたら萩原の告白が本当に成功になる。
「……本当は断ろうと思った。好きでもないのに付き合うってのが俺にはわかんなくてさ」
好きでもない。と竜ははっきり言った。
「萩原が一ヶ月試しでって……。それを受けた俺が言うのもなんだけど、こういうの不誠実かなって思ってさー……」
竜は萩原の想いに応えられなかった自分を受け入れていないようだった。
不誠実とは言ったが俺はそうは思わなかった。例えば、竜が断ろうともせずに付き合ったのならまだそう思うかもしれない。
「俺さーどうしたらいいと思う?」
苦々しく笑いながら竜がみんなに問うた。こんな顔の竜を初めて見た。
「えー何もすることはないんじゃないかなー?」
桐島がさも当然のようにそう答えた。むしろ驚いているように見える。
「だって奈々が竜くんに告白してそうなったわけじゃない?じゃあ奈々が努力するべきだと思う」
「いやーまあそれもわかるんだがー……」
「むしろそうやって悩むのが正解だよー。一ヶ月っていう期限もあるわけだし、その間真剣に奈々に向き合うっていうのが誠実だと思うなー」
「……私もそう思います。一度、萩原さんの想いを柳さんは受け入れたのですから、柳さんも萩原さんを受け入れてほしいです」
「受け入れる、かー……」
告白のあった祭りからそれなりの日が経った。その間、竜もしっかり悩んで、そして俺たちに意見を求めている。
あの竜のことだから多分答えは出ているのだと思う。
予想だけど。外れてほしい予想でもあるけれど。多分、竜は、一ヵ月後に萩原と別れるつもりなのだと思う。
最初に断るつもりだった。そして、不誠実でないことを悩んでいる。好きではないの言葉。
その全てが竜の気持ちが萩原に傾かない方向に動いている気がした。
俺の個人的な願いだけど二人にはうまくいってほしい。それでも決めるのは当人である竜と萩原だ。
決着をつけたい。と言っていた萩原のことばを踏まえて言うならば
「竜が出した結論なら萩原は受け入れると思う。それがどっちでも。だからその間は、一ヵ月後のそれまでは竜は萩原の恋人なんだから、そう接したらいい」
「そう接する。なー……」
朱音の顔を見た。俺の恋人の朱音を。
「俺は朱音とつきあってる。朱音が大事だし、だいたい一緒にいる。そして、今の俺の行動原理の大半は朱音になってると思う。それでも、俺の趣味だったり、一人の時間がないって訳じゃない」
朱音に教えているギターやキーボードの時間はある。が、俺一人で弾いている時間だってある。そこに朱音はいたりいなかったりするけれど俺を尊重してるのが伝わっている。
朱音も一人で本を読んだり、お菓子作りみたいな趣味の時間があって俺もそれを邪魔しない。
これは正しいカタチだと思っているし、そうであってほしい。
「竜もそうすればいい。そもそも付き合う前でも竜と萩原はそれなりに親しい間柄だった。お互いを大事にして、二人の関係を築けばいい。無理に何かするのは違うと思う。……少な
くとも俺と朱音はそうだった」
朱音と付き合う前と後で変わったことはたくさんある。お互いの気持ちを伝えることが多くなったし、身体的な接触も増えた。
それでも変わらなかったこともある。朱音が俺の家に来て一緒に過ごして、その間感じていた穏やかな幸福感はずっと変わらない。
俺たちの場合、付き合う前から一緒にいたからそれが普通、常識かどうかはわからないけれど。
「時人の言葉は重いなあ……。染み入るー」
「まあこれは水樹くんと朱音ちゃんの関係だからねー……。って朱音ちゃん、真剣な場なんだから嬉しそうな顔しないのー」
「えへへ。時人くんと同じ想いだったので、つい」
「二人揃ってるといつでもこうなるなー」
竜にいつもの笑顔が戻った。どう感じたかはわからないが俺たちの意見はしっかり飲み込めたらしい。
「んー。まあわかった。もうちょっと考えてみるわー。3人ともさんきゅー助かったー」
カラカラと笑いながら話す竜はもういつも通りだ。満足してもらえたならよかったと思える。
「奈々のことで悩んだらいつでも言ってねー。私が一番奈々のこと知ってるからー」
桐島が悪戯っぽく笑ってそう言った。
「おーそうだなー。その辺も頼りにしてるわー」
その後しばらく話して夕方近くに竜と桐島が帰っていった。
「時人くん、久々の学校はどうでしたか?」
朱音が作ってくれた晩ご飯を食べ終わってその後のお茶の時間。ゆっくりと紅茶を飲んで朱音が問いかけた。
「……まあまあかな。朱音は?」
「楽しかったです。時人くんいましたから」
くすくすと笑って朱音はうれしそうにしていた。
「お、おう。俺も楽しかったよ」
朱音のストレートな言葉に応じて俺も想いを伝えておく。
朝から朱音がずっとくっついていて照れて恥ずかしいこともあったが嬉しくて楽しかったのも事実だ。
「なんだか言わせてしまいましたね……。ところで、時人くんは二人のことをどう思いますか?」
その後、朱音が切り出したのはやっぱり今日のことだった。
「どう思うって……。俺は竜と萩原はいい組み合わせだと思うし、このままうまくいってほしい」
「私もそう思います。……柳さんは否定しそうですけど、正直お似合いですよね」
竜の軽くも真面目な性格、萩原のクールででもちゃんと女性らしい面を持つ性格。
朱音の言うとおり二人は並び立つ釣り合う存在だと思う。内面ももちろん、外面も。
「そうだな。お似合いだと思うよ」
ニコニコと笑っている朱音を見て、そこで言葉を止めた。
俺は朱音に釣り合う存在ではないと思う。
もちろんそれで朱音と別れるつもりは一切ないが、外から見ればそう見えると思っている。
朱音は否定するだろうけれど、そもそも朱音のルックスが桁違いだから仕方ない。
「萩原さん、がんばってほしいですね」
「……そうだな」
なんだか今日はネガティブになっている。色々な言葉を飲み込んで朱音に微笑んだ。
朱音から可愛らしい笑顔で返ってきた。今日はいつもより眩しく思った。
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