第110話 はじまった2学期
ここから第3章です。
「朱音、起きて。そろそろ時間が」
「……はい。おはようです」
二学期の始まる朝、同じベッドで目を覚ます。
夏休み最終日は何もせずに過ごした。買い物に出ることもせず、ただ家で過ごしていた。
腕の中でゆっくりと目を開けた朱音は未だ眠たそうだ。ゆっくりと起き上がって伸びをする。痺れていて腕の力が上手くはいらない。それを見た朱音がクスクスと笑って上半身を起こした。
「いつもありがとうございます」
「……こちらこそ」
俺の返事が面白かったのか朱音がまたクスクスと笑った。十分に動く方の腕で朱音を軽く撫でてから立ち上がる。
一応時間はまだ余裕があるが、あまり急かしたくもない。ひとまず顔を洗ってしまおう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまです」
朱音が用意した朝ごはんを食べ終わる。今日は始業式のみで午後には解散となる。バイトも入れていない。
連休明けが月曜日じゃないだけ救いだと思うのは自分だけじゃないはずだ。今日は水曜日、今日の昼までと明日明後日さえ耐えてしまえば一先ず休みはまたある。
「今日って何も提出なかったっけ?」
「昨日も確認してたじゃないですか」
これまではそこまで心配しなかった気がする。が、朱音がいる今、聞ける相手がいるとすぐに頼ってしまう。もっとも朱音も時々うっかりをかます。今日も二人ともアラームを設定していなかったため危うく遅刻の可能性もあった。
そうだっけ。と笑って頭をかくと朱音もそうですよ。と笑った。
皿をシンクで水に漬けておく。洗うのは帰ってきてからだ。制服に着替えるため朱音が一旦部屋に戻っていった。
俺も寝巻きから制服に着替えて家を出る。部屋の前で朱音を待った。待たせるのも悪いので準備してすぐ家を出る。いや、どちらかというと朱音を待ちたい気持ちのほうが強い。
「……暑いな」
廊下に差し込む太陽光が俺を貫く。夏休みも終わって朝のこの時間だというのにまだまだ暑い。秋はまだまだ遠そうだ。
少し待って朱音が家から出てきた。外で待ってるとは思わなかったらしく驚いた顔をしている。
「時人くん、ごめんなさい。暑いのに……待たせてしまいましたね」
「待ってないよ」
「……じんわり汗かいてますけど」
「……朱音の制服姿を早く見たくて」
嘘が朱音に通用しなかったが、俺の言葉に嬉しそうにしていたので待つのは正解だったようだ。
朱音から手を求められたのでしっかりと手を繋いで歩き出した。暑いし汗はかく。それでも朱音は離れなかったので俺も離さなかった。
「久しぶりの登校ですね」
「補修もなかったしな」
「みなさんお変わりないですかね?」
「……交流ある人とは会ってたからなあ」
なんだかんだでクラス内に話す相手の増えた朱音と違って俺は未だ関わりある人は少ない。そんな朱音も連絡をとったりする相手は限られているが、今日は久々に会うクラスメイトを楽しみにしているようだ。
「時人くんは面倒くさがりです」
「みんなほど器用じゃないだけだよ。そんなに話す人が増えてもな」
「……私的にはありがたいですけど」
「なんで?」
「時人くんが他の人に構う時間が増える分、私の分がなくなりそうじゃないですか。時人くん優しいですし」
「朱音の時間が減るわけないだろ」
「えへへ」
朱音が嬉しそうに笑ってから腕に抱きついてきた。学校に近づくにつれて同じ制服の生徒も見かけるようになる。明らかに視線を集めていたがそれに気づいているのかいないのか、朱音は離れることはなかった。
「朝から見てて暑いんだがー」
「おはよ」
「おはようございます。柳さん」
ロッカーで靴を履き替えていた竜に出くわした。ちょうど教室に歩き出そうとしていた竜がこっちに気づいて一言。挨拶すらかっとばして俺たちの状況に苦笑いしていた。
「おはざす。家からそれでここまで?強すぎんかー?」
「いいんです」
俺が何か言う前に朱音が強く言い切った。
「付き合ってから初めての登校ですし私がしたかったんです」
「……それでいつもより近かったのか」
「だめでしたか?」
「そんなわけないだろ」
「はいはいー。置いていくからなー」
朱音の想いに応えていると竜が呆れて歩いていった。思わず朱音と笑いあって靴を履き帰る。その瞬間離れたのに、教室へと歩き出した途端にまた朱音が抱きついてきた。今日はこのままがいいらしい。視線が集まって恥ずかしさはあるが断る理由も無い。そのまま歩き始めた。
「全員、遅刻もなくそろってなにより」
朝のホームルーム。三井があいかわらずだるそうにしていた。挨拶もそこそこに連絡事項を淡々と告げている。
三井は遅刻もなく。の当たりで俺と竜に視線をやった気がする。気のせいだと思っておこう。
「朝から噂になってたねー」
始業式まで若干時間があるらしくまた呼びに来る。と三井が去って少しの自由時間となった。
前の席の桐島が振り返って俺ら二人を見て笑っている。
「……それは気づいてたけど」
桐島の気持ちを知っている今、何となく気まずさはあるものの話しにくさはなかった。
「あんなに見せびらかすようにしてたから目立ってたよー?」
これも朱音の牽制だったのだろうか。それとも純粋に一緒に学校に来たかっただけか。どちらかはわからないが俺はどちらでも受け入れるし、嬉しい。
「私のところにまであの相手誰って聞かれたのだけど」
いつのまにか来ていた萩原が面倒くさそうに呟いた。
「……まあその気持ちはわかるが」
朱音は360度どこから見ても美少女だしスタイルもいい。前までのポーカーフェイスでもそれは目立っていたが今日なんてずっと笑顔だったから余計に目立っただろう。
その隣にいたのが俺だ。鬱陶しいくらいの髪の毛で目元まで隠れている上に焼けてもいない白い肌。身長も高いわけでもなく朱音より少し高い程度。最近は改善されたとはいえ未だ薄い肉体は頼りなさげでもある。
「どういう意味ですか?」
「……朱音が可愛いってことだよ」
「ちがうと思います」
「そうだって。な?」
二人に同意を求めると激しく頷いた。
「朱音ちゃんは可愛いよー。間違いなくねー」
「そうね。朱音ちゃんクラスはまあいないわね」
「う……。ありがとうございます」
ストレートな褒め言葉に朱音は照れていた。
「まー時人の魅力がわかりにくいのが問題なんだよなー」
「あはは。確かにわかりにくいと言えばそうかもね」
竜と友里もいつのまにか来ていたようで後ろから声がかかった。
「時人くんはかっこいいです」
「あーありがとう」
二人の意見に否定するように朱音が素早く反応した。もちろん朱音の本意だってこともよくわかっているので受け止めておく。
「あいかわらずぞっこんなー」
「この場合はどっちがどっちに?」
「お互いだろー」
本人の前でそういうことを言うのはやめてほしい。朱音は嬉しそうにしているが。
「水樹と朱音ちゃんの関係はクラスの人は察していたけど他クラスからしたら目立つのかも知れないわね」
「朱音ちゃんは有名だからねー」
「私がなんで有名なんですか?」
「それはールックスだろー?入学当初から男子の中で話題になってたしなー」
「……そうなんですか」
朱音の見た目については本人も知っている節はある。だが、そこまで気にしていないようだった。
というか、その前の萩原の台詞。俺たちの関係をクラスメイトが察していたってことが気になる。いや、いま思えば俺も朱音も基本的に一緒にいてたし察する人は察するものなのか。
きゃいきゃいと話し続ける俺以外の五人。あらためて顔を見回しても皆整っている。
竜は言わずもがな端正な顔と明るい表情で、友里は爽やかさがにじみ出るような微笑み方をしている。
桐島は真面目そうな雰囲気だがその実明るくて話しやすいし小動物のような可愛さがある。萩原はショートカットが似合うクールビューティな美人だ。切れ長の目がきつさを出してはいるがそれすら美人に組み込まれている。
『お前みたいな陰キャ。あのグループにあってねえよ』
いつかの台詞が一瞬よぎった。
隣に座っている朱音に視線をやる。それに気づいた朱音が嬉しそうに笑った。
今までは気にしていなかったけど、必要があるかもしれない。とは思った。
まあ朱音が気にしていないし、俺も面倒くささが勝つ。しばらくはいいかな。そう思って朱音に笑い返す。
三井が呼びに来るまでこの一角は賑やかだった。
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