第109話 祭りの賑わい
「わーりー。待たせたー?」
竜が頭をかきながらやってきた。隣には微妙な距離感で萩原がいる。俯いて見えないその表情からなにがあったのかは読み取れなかった。
「ホント。遅いよー二人ともー。はぐれたから仕方ないけどさー」
「この人の数はすごいなー。……ってかそっちも楽しんでるみたいでー?」
竜の視線は俺の頭に向かっていた。正確には右側、さっき買った狐の面がかかっている場所だ。
朱音と合流できた後、近くの出店でかき氷を買ってから金魚すくいを楽しんだ。
初めての俺たちは一匹も捕まえることができず、ポイを濡らして破いて終わったがそれでも楽しめた。次は上手くいくといいね。なんていいながら出店を後にする。俺たちには次があるのだから。また来ればいい。
最後にお面屋に行って思いのほか値段が高かったのに驚いたが折角だし買うことにした。朱音は買わなかったが。悩んではいたがキャラクターが知らないものばっかりだったようだ。特撮モノや全体的に男子向けの店だった気がする。
その後、桐島の元に戻ると友里が合流していた。二人でラムネを飲んでいたのは羨ましかった。普段あまり飲むものではないがこういう場だとかなりそそられる。
それは向こうも感じていたようで桐島が朱音の持つかき氷をねだっていた。半ばとけかけているそれを朱音が桐島に食べさせている。先ほどまでの空気感は一切なかった。桐島は全て飲み込んでいるのだろう。
程なくして竜が萩原を連れてやってきた。二人で来たということは萩原はうまいこと二人きりになれたのだろう。若干顔を上げてこちらに何かアイコンタクトをした。
したはいいが、それの意味は読み取れず顔を傾けると苦笑いしていた。うまくいったのかダメだったのかそもそも何もできなかったのか。
「みんなもう色々食べちゃった感じー?」
「まだそんなに周れてないよー」
「じゃあみんなで周りますかー」
「周りますかー」
竜が先導して歩き始める。休憩はいらないらしい。竜の横に萩原と桐島がついてその後ろに俺たちが続く。
「水樹はかき氷食べただけ?」
「それと金魚すくいとコレ」
「結構楽しんでるね」
友里が屈託の無い笑顔で笑っている。企画自体は桐島主体だが、祭りに招待したのは友里という形になっているため気にしていたようだ。
「時人くんも私も一匹もすくえなかったですけどね」
「あはは。みたいだね」
俺たちが一匹も持っていないので察したらしい。もっともすくえたとしても飼う気もなかったので返すつもりだったが。
「思ったより難しかった」
「初めてだった?結構すぐに破れるからねアレ」
「松山さんはしたことあるんですか?」
「何度かはあるよ。俺もそんなに得意じゃないけどね」
時折立ち止まって買っては歩き出す。特に竜と萩原が食べ物を買いあさっていた。両手一杯になると俺や友里が荷物持ちとして渡されて両手からソースの食欲をそそる香りや甘い匂いが昇ってくる。
時々店で遊んだりしながら時間をかけて一周してからもう一度さっきの場所に戻ってきた。ベンチもあって食べたりするには最適だ。
「はー買った買ったー」
女子陣にベンチを譲って竜がどっかりと柵に腰掛けている。アメリカンドッグで口の周りがケチャップまみれだ。
今日は部活終わりの萩原がウェットティッシュを取り出して竜に渡すと笑って受け取っていた。
「ワタアメなんて久々に食べるねー」
「結は好きね」
「というか奈々が買ったものが全部ご飯なんだってー」
桐島の言うとおり萩原はやきそばにたこ焼きといった粉モノ。あるいはからあげなどの重たいものばかり買っていた。今日もバレーで体を動かしてきた彼女らしい。
「友里はキューリだけ?」
「これ好きなんだよね。……ただのキューリなんだけど」
ポリポリと音をたててかじる友里は楽しそうだった。それだけで満足しているらしい。
朱音はというと桐島とベビーカステラを分け合っている。甘いものが好きな桐島がワタアメと同時並行で食べ進めていた。
「はい。時人くんも」
「ありがと」
朱音が手渡してくれるそれをそのまま口に入れる。餌付けされているような感覚になるがベビーカステラの甘さに逆らえない。
「美味しいですね」
「だな」
「長月さん、俺ももらっていー?」
「はい。どうぞです」
竜には袋ごと差し出した。竜は中から二つほど取り出して口に放りこんでいる。
「あーいい塩梅の甘さなー」
みんなで食べる屋台の味は美味しかった。いや、味自体は安っぽいが、間違いなく雰囲気で上等に感じた。
「射的ってこんなに難しかったっけー?」
先ほども遊んだ店で竜がリベンジしている。またも景品を落とせていない。あれー?といいながら再度お金を店主に払っていた。
だんだんと人も減ってきていた。それでもまだまだ賑わいは落ち着いていない。竜は上段の景品をねらっているらしい。店主の煽りに負けず狙いを定めている。
「水樹、ちょっといいかしら?」
「ああいいけど。……あーアレか。朱音、ちょっと離れる」
「わかりました。このあたりで待ってますね」
「……朱音ちゃんも一緒に来る?」
「いいんですか?では行きます」
友里に一声かけて俺たちは離れることにした。射的に熱中していた竜とそれを楽しそうに応援していた桐島には友里から言ってもらうことにしよう。
少し雑踏を避けて話せるくらいの場所まで移動した。萩原の足取りは軽い。おそらく結果を報告してくれるようだが何となく上手くいったように感じた。
「あのね、一応相談に乗ってもらってたから報告したいんだけど」
萩原が少し照れながら話し始めた。たまたまとはいえ二人きりになれたので勇気も出たらしい。告白までいけたようだ。
朱音も嬉しそうにそれを聞いていた。事前に萩原には朱音に少し話してしまったと言ってある。それもあって朱音にも聞いてもらうみたいだ。
「……で、ひとまず付き合うことになりました」
「おーよかった」
「おめでとうございます!」
「とりあえず……だけどね」
照れて笑う萩原はいつものクールさは無かった。年相応の女性らしくとても可愛らしい。
「……あれ、それなら何故俺たちだけに?」
上手くいったなら別にみんなの前で言ってもよかったのではないだろうか。
「……期限付きなの」
萩原曰く期間限定の恋人関係らしい。悩んだ挙句断りかけた竜に萩原がねだったようだった。一ヵ月とりあえず付き合ってみてダメそうなら諦めると。そしてそれを竜も受け入れたようだ。
「結には後で。帰り二人になってからちょっと話そうと思って」
「そうなんですね。でもひとまずはよかったです」
「ありがとう朱音ちゃん。これからもがんばるから」
笑って覚悟を示した萩原に朱音もエールを送る。朱音も本当に嬉しいらしい。
「というわけで一応報告ね。じゃ戻りましょう?」
まだ射的で遊んでいた竜たちの元に戻る。竜は離れていたことにすら気づいていなさそうだった。
しばらく時間が経つのも忘れて遊んでいた。気づけば人は大分減っていて俺たちも解散することになった。
「じゃー時人らと次会うのは学校かなー」
「夏休み終わるねー」
「今年は部活以外でもそこそこ遊んだ気がするわ。みんなのおかげね」
「俺も旅行に行きたかったな」
「おー来年は行こうぜー」
「じゃあ解散しよっかー」
それぞれに別れを告げて俺と朱音は家へと歩き始めた。
「楽しかったですね」
「竜と萩原はよくあれだけ食べられるな」
「たしかに」
くすくすと朱音が笑っている。
「でも時人くんはあまり食べてませんでしたよね?」
「朱音もだろ?」
「もしかして同じこと考えてます?」
「……そうかも」
朱音はくすくすと笑い続けている。
これを通すのは自分のわがままだと思っていたし、もし通らなくてもいいなとは考えていた。でも、本当に朱音も同じことを考えているのなら。
「朱音のご飯が食べたい」
「時人くんと一緒にお家でご飯食べたいです」
お互いの視線がぶつかって微笑みが零れる。握っている左手に朱音の力を感じた。
「じゃあこのまま時人くんの家に行きましょう」
「ああ。帰ろうか」
夏休みは残り少ない。学校が始まるのは憂鬱だ。というか家で朱音と過ごすのに慣れきってしまった。
新学期が始まるまでの時間を大切に楽しもう。改めてそう思った。
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