第108話 祭りの賑わい
更新が遅くなりまして申し訳ありません。
友里の案内した祭りで夜店は大量に並んでいた。人の数も多い。友里曰く最近の町おこしの一環で屋台や盆踊りなど年々質が上がっているらしい。
俺たちはかき氷、フランクフルト、ベビーカステラ、金魚すくい等それぞれが行きたい場所がばらばらだった結果気づけば皆と逸れていた。
「あははー。見事にはぐれたねー?」
桐島と二人きりで人の群れから離れてスマホを操作する。人が多い此処は電波が若干弱いらしい。グループチャットにメッセージがなかなか送ることができない。
「まあ一人じゃないだけ助かる」
朱音も誰かと一緒だといいけど。とまでは口にしなかった。
メッセージを送るのを諦めたのかスマホをポケットに仕舞った桐島がぴょんと立ち上がる。
「こんなに人が多いなんてねー。ちょっと想定外かなー」
桐島の言うとおり想定外だった。友里もそんなことを言っていなかったので本人も知らなかったのだろう。ある意味この地域の町おこしは成功なのだろう。
「とりあえず他のメンバー探しにいこうか」
「んー。ここわかりやすいしー……。すれ違いになっても困るからここで待ってようよー」
桐島は伸びをしながら諦めた声を上げた。
正直、朱音が独りになっていないか不安で探しにいきたいのだが桐島の言うこともわかってしまう。なんとなくだが、ここで駆けてしまうと朱音とすれ違う未来しか見えない。そういう不運は持ってそうだ。
「なら……待つ……か」
「不服感すごいねー。気持ちはわかるけどねー」
渋々といった体が露骨に出ていたようだった。桐島も思わず苦笑いしてしまっている。
「ごめん。桐島とふたりが嫌とかじゃないから」
「……わかってるよ。朱音ちゃんが心配なんでしょー?」
「まあ。うん」
桐島にはしっかり伝わっているようだ。ばれているとも言う。
せめて運よく誰かといてくれるといいけれど。
……それは萩原もそうだ。俺と桐島みたく竜といてくれると解決するなあ。なんて希望的観測をしながらため息をついた。
「時人くん、そろそろ出ないと待ち合わせの時間に間に合わないですよ」
「大丈夫だって」
朱音がはやくはやくと急かすが実際は時間的に問題はない。
今日の朱音は珍しく髪型をお団子にしている。浴衣は着ていないが夏の装いだ。
急かされる朱音に背中を押される形で家をでた。どうやら祭りがとても楽しみらしい。
「かき氷が食べたいです」
「あー美味しいよな」
「金魚すくいもやってみたいです」
「したことないかも」
「時人くんは何のお面を買いますか?」
「……いや、買わない……かな?」
次々と飛んでくる朱音の言葉に笑いながら答える。よっぽど楽しみのようだ。隣でニコニコと話している朱音から上機嫌なのが伝わってくる。結われたお団子まで跳ねているようだ。
「ついに夏休みの遊びの予定も最後ですね」
「もうあと数日で夏休み終わるし……」
「はやかったですね」
「まだ終わってないって」
「……そうですね」
「今日も楽しまないと」
「もちろんです」
まだ陽は沈んでいないが、時刻的には夕方。傾いてきた西日が眩しい。隣の朱音も眩しそうに目を細めていた。
「向かう方向一緒ですね。みんな祭りが目的なのでしょうか?」
反対側から歩いて来る人が少ない。歩いていける距離の場所にある祭りなのでこの人たちもそうなのだろう。
「あー。そうかも。人多そう」
「……ですね」
だんだん近づくにつれて人が多くなる。入り口付近で合致する予定だったが見つかるだろうか。心配になるほど人が多い。
と、思ったが集団の中から全力で振ってある腕が見えた。
「おーい。時人ー」
ぶんぶんと周りを気にせず振るっているその腕はやはり彼のものだった。
「遅いぞー。二人ともー」
「水樹くんがきっとぐずったんだよー」
「……ぐずってはない」
「私はちゃんと急かしました。時人くんがゆっくりするからです」
「朱音ちゃん、言うようになったわね」
「あはは。でも遅刻してないしセーフじゃないかな」
おなかがすいたー。と叫ぶ面々に苦笑いしながら俺たちは一歩踏み出す。大量の人の群れに逆らわないよう出店を見て回った。
「あ、既読ついたよー。とりあえずこっち向かうってー」
俺のスマートフォンではまだ受信してないが桐島のチャット画面にはメッセージがうつっているらしい。
「この人の数だと時間かかりそうだな」
「だねー」
桐島は笑いながら近づいてきた。
「ねー。朱音ちゃんさー最近変わったよね?具体的に言うと旅行後から」
「変わった?とは?」
「前までね、それこそ旅行中もそうなんだけど、あまり自分から水樹くんとのこと言わなかったのに、最近は悉く私に報告くれるんだー」
「お、おう。そんな喋ってるのか?」
どこまで朱音が話しているか知らないが、恥ずかしい気がする。
……朱音がそういうことを話すのはらしくないと思った。桐島の話しぶりからして聞きだすというよりは進んで話しているようだ。
「……意外に結構進んでるんだねー?」
その言葉の意味に思わず顔を赤くしてしまう。本当に朱音はドコまで話してしまっているのだろうか?
桐島は信頼できるし、朱音も友情を感じているのはわかるが流石に体を預けあったことまでは話してないと思う。というか話してほしくない。
「その反応。本当みたいだねー」
「……どこまで知ってる?」
「んーどうでしょうー?」
悪戯っぽく笑う桐島の真意が読めない。
いや、まあいいのだが。いいのだけれど。知られて困ることはないし、俺も朱音もお互いに本気だから問題はないはず。単純に恥ずかしいが。
「……あのね、嫌なこと言っていいかな?」
「嫌なこと?まあいいけど。桐島だし」
表情が一気に強張った。さっきまでの笑っている顔から真剣な表情に。もはや祭りの喧騒も遠く感じる。
「これって朱音ちゃんから牽制されてるのかなって。悲しくなった」
「牽制?」
「……そう。まるで……水樹くんは私のだよって。だから手を出さないでって」
桐島の笑顔は作り笑いなのがすぐにわかった。無理して笑っていた。
その話が桐島の勘違いならいいが、見に覚えがあった。
朱音は心配性でやきもち焼き。嫉妬深い面がある。それこそ萩原との仲を邪推していたのも最近のことだ。
「そこまで朱音が思っているかどうかはわからないけど。もし、そうなら俺のせいかもしれない」
「えー。そんなことあるかなー」
「朱音を心配させてるってことだから。俺にも責任はあるかなって」
「あー。そうとっちゃうかー。……ちがうよ。どちらかというと私のせいだよ」
空気が重たい。桐島からこんな相談受けると思っていなかった。
「桐島の?なんで?」
「……私の方が先に話しかけたのにね」
「どういう……?」
「朱音ちゃんはいつ気づいたんだろうね」
「なにを?」
桐島はどこか遠くを見て呟いている。問いかけに返さなくなって話さなくなってしまった。
「桐島?」
名前を呼んでみるもこちらを向くことなく桐島は口を開かない。
桐島は大事な友人の一人だ。俺にとっても朱音にとっても。だからいまここでギクシャクとしたくはない。
考えてみた。朱音の牽制の意味を。
先に話しかけた。桐島が言ったその相手は朱音のことじゃないだろう。意味が繋がらない。
朱音が気づいた。何にだろうか。
……逡巡して気づいた。竜と話したこと。その場に朱音もいたこと。
『多分、結ちゃんって時人のこと好きよなー』
あの時俺は信じていなかった。それでも朱音は……信じたのだろう。だから桐島にそうなってしまった。おそらく無意識に。
そして、竜の見解が正しかった。ということなのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。俺にそんな人間的な魅力があるとは思えない。
それでも、いまのこの状況。導いてしまった答えを否定しきれない。
「あのさ、桐島。桐島って
「そうだよ。私は。……でも、これ以上は言いたくないかな」
食い気味に桐島が言葉を重ねる。
「水樹くんももちろん、朱音ちゃんも大事なんだー。だから……言わせないで。言ってしまえばきっと。変わってしまうから」
桐島も思いつめていたのだろう。言いたくないとは言ってもこの話題を出したのは桐島からなのだから。知っておいてほしかった。……と、受け取ってもいいのだろうか。
「……わかった」
「水樹くんの素直なところ助かってるよ」
「それ、桐島からいつか聞いたな」
「……そうだっけ?あはは。そうだったかもねー」
笑顔を取り戻した桐島が笑っていた。空元気っぽいのは伝わってきたが触れない方がよさそうな気がする。
「水樹くん、重ねて言うけど私は二人とも大事だから……。朱音ちゃんに心配させたりしないでね。ずっと二人で一緒にいてほしい」
「……もちろん。ありがとう。桐島」
ポケットのスマホがぶるると震えた。さっき桐島が受信したメッセージをようやく受信したらしい。
ふと、視線を桐島から外して出店が並ぶ通りの方に目をやる。遠くに見覚えのある位置に揺れるお団子が見えた。
「……迎えに行ってあげてー?私はまだここで他の皆待ってるから。ちょっと二人で周ってきていいよー」
桐島も気づいたようだ。ありがとう。と頷いて通りの方に歩いていく。向こうはまだ気づいていないようだ。
近づくと人の隙間から、不安そうな顔が見えた。そのタイミングで目が合う。一気に安堵の表情に変わった朱音が飛び出した。
「時人くん!」
人の多いこの場所で倒れないようにしながら朱音を受け止める。ぎゅっと抱きしめる腕の力が強い。朱音は一人で逸れていたようだ。
「朱音、かき氷買いに行こう?」
「行く」
「金魚すくいもやりたいかな」
「私も」
「きつねの面が可愛くてちょっとほしい」
「時人くんがつけてるの見たい」
人の動きが多い通りで抱き合っているので周りからの視線を大量に感じる。それでも気にしないことにした。桐島とも約束した。朱音を心配させないようにしよう。
離れない朱音を何とか説得して歩き出す。みんなと合致するのは少し後にして朱音をつれて目的の出店へと向かった。
「あはは。ちょっと辛いかなー……」
「桐島さん。おつかれさま」
「友里くん」
友里くんが差し出したラムネを受け取った。冷たいそれを熱くなった顔に当てると気持ち良い。
正直、水樹くんに言うつもりはなかった。それでも、止めることができなかった。
朱音ちゃんも悪意がないことなんてわかってる。だけど、やっぱりそういうことを聞くのはきつかった。
自覚するのが遅かった。そんなことないって、もしそうだとしてもそこまでとは思ってなかった。
朱音ちゃんから話を聞くたびに感じた。本当に好きだったんだなって。
「もしかして聞いてたかなー?」
「そうだね。途中からだけど」
出てくるに出てこれなくて。と苦笑いしていた彼に悪いことしたなあ。とこちらも苦笑いで返す。
「……さっき出くわしかけたけど竜と萩原さんも入りにくい雰囲気出してたからしばらくこっち来ないと思うよ」
奈々は今日なんだかそわそわしていた。竜くんのことを意識しているのは何となく気づいていたけど、もしそうなら上手くいってほしいと思う。
「奈々、がんばってるんだね」
「桐島さんもがんばったでしょ?だから……」
友里くんがハンカチを取り出した。それを渡されて気づく。少し泣いていたことに。
「俺も見てないようにしてるから。何も聞かない。聞いてないよ」
友里くんの優しさに触れて涙が零れた。流石に嗚咽を漏らすほど泣かないけど少しだけ泣いてしまおう。
あんなに可愛らしい女性だもん。敵わないよ。仕方ない。
「がんばろー……」
小さく呟いた声は雑踏に消えていく。それでも決意は消させない。
隣でゆっくりと背中を叩いてくれる友里くんに助けられながらも気持ちを取り戻した。
はやく皆戻ってこないかなー。ベビーカステラ食べたい。
「ありがとー。友里くん」
「気にしないでいいよ」
ラムネのビンを押し込む。きゅっと音が鳴って炭酸がゆっくりと抜けた。
ビー玉で塞がらないようにゆっくりと傾けて一口のむ。甘いラムネが喉を抜けて入っていく。口元から離れたビンからパチパチと炭酸がはじける音が聞こえた。
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