第107話 ゆっくりと朝寝坊
少し短いです。
「おはようございます。時人くん」
「……おはよう。朱音」
もぞもぞと動く気配を感じて目を覚ます。陽はすっかりのぼっていてカーテンが閉まっていても外が明るいのがわかる。
目を開けた俺に映ったのは可愛い笑顔だった。朱音はニコニコと笑っていてつい今ほど目覚めたばかりではなさそうだ。
「起きてた?」
「そうですね。少し前から起きてました」
やはりそうらしい。
俺もそうだが朱音が泊まるようになってから、先に起きた方が寝顔を楽しむというのが恒例になっていた。今日も朱音はそうしていたらしい。
ふと肌寒さを感じた。ぬくもりを求めて朱音を引き寄せようとして気づく。
目に飛び込むのは朱音の鎖骨。そのまま視線を下に滑らせると柔らかさを持ったふくらみの始まりが見えた。
俺たちは昨夜のまま服も着ることなく眠っていた。既に見て、味わったそれを改めて日の下で見ることになるのは少し照れてしまう。
「……そんなに見られると……照れるのですが」
朱音に視線がばれていたらしい。掛け布団を僅かに引っ張って胸元まで隠される。
その仕草が可愛らしくいじらしい。
「ごめん。……というか朱音は平気?どこか痛めてたりしてない?」
「大丈夫です。なんともないです」
昨夜、お互いに初めてを貰いあった。ぎこちなくも始まったそれはゆっくりと確実に進行していく。わからないなりに朱音に気遣って、無理はさせなかったつもりだがそれでも負担は朱音のほうが大きかっただろう。
ニコニコと笑っている朱音に嘘は無さそうで安心する。
「ならよかった」
「ふふふ。時人くん」
「どうかした?」
「好きです」
「俺も好きだよ」
朱音から顔を近づけてキスされる。終始笑顔の朱音はとても可愛らしい。そんな朱音からの触れるだけのキスがすごく満たされる。
「あの時人くん、私、変じゃなかったですか?」
布団で顔の半分を隠しながら朱音が不安そうに尋ねる。朱音が一枚しかない掛け布団をほとんど引っ張っているので少し寒い。
「そんなわけない。……むしろ」
「むしろ?」
昨夜の朱音の顔が脳裏に浮かんだ。赤く上気した顔も、少し涙目でこちらを見つめる顔も、嬉しそうに笑う顔も。どの朱音も俺の心に突き刺さる。
「可愛かった」
疑う朱音に微笑んでそう答えた。
「……時人くんも素敵でした」
隠されていない顔の部分が赤くなったのがわかる。こうして一歩進んだ関係になっても朱音は擦れていなくて可愛らしい。
そんな朱音と視線はぶつかり合っている。逸らすことなくお互いを見つめあっていた。
もう一度、キスしようとどちらかとなく顔が近づいて
きゅぅ。と可愛い音がなった。朱音から聞こえたそれはお腹の音のようだ。
「あう」
「くくっ。そろそろ起きようか。俺もお腹すいたし」
恥ずかしいらしく顔を隠してしまった朱音に思わず笑ってしまう。
そんな朱音を促して俺たちの一日が始まろうとしていた。
朝ごはんと呼ぶには遅い時間なのでブランチだろうか。朱音がさっと作ったそれを食べ終えて二人ソファに並んでお茶を楽しんでいた。
紅茶に牛乳を入れて白くなったそれを一口飲んでから朱音は頭を俺の肩に預けてくる。朱音の体温を触れている部分で感じた。朱音の持つ柔らかな雰囲気に癒される。テレビもつけていないので部屋の中は静かだ。少し外からセミの声が聞こえる程度、朱音の息する音までも聞こえそうだ。
昨夜、このソファで沈んでいた朱音をなんとかしようと始まったアレ。気づけば朱音を求めていた。
きっかけは萩原との電話で朱音を不安にさせたこと。いや、その前から朱音は望んではいたが、俺の決心を固めたのはそれだ。
隣に座って柔らかく微笑んでいる朱音。その表情を見るに安心しきっている。
それでも俺は朱音に弁明する必要がある。と思う。
態度では示した。だから次は言葉でも朱音に届けたい。
「あのさ、朱音。昨日の萩原との電話のことなんだけど」
「え、はい」
「体育祭頃から萩原から相談を受けていてそのことについてだった。朱音が心配するようなことは全くない」
「……はい。わかってます」
昨夜、朱音と触れ合ったことの意味を朱音はわかっていたようだった。
朱音はずっと望んでいた。俺が臆病でその決心がつかなかっただけ。
「俺には朱音がいるし、……その、萩原にも好きな人がいるから」
誰か。とは言わないけれどそこまでなら朱音に言ってしまっても萩原は許してくれるだろう。一応、後で萩原にメッセージを送っておくとしよう。
「萩原さんに……。それで時人くんに相談ですか」
何となく朱音にはもうわかっているかもしれない。竜も気づいていたようだし。
これで朱音が心配するようなことはないと伝わっただろう。と思う。
「あー。うん。そう」
「それは……はい。わかりました」
くすくすと笑う朱音にはやっぱりバレていそうだ。
「不安にさせてごめん。……俺の全部は朱音のものだから」
「では、私の全部は時人くんのものですね」
俺は朱音のもので朱音は俺のもの。お互いがお互いを持っているから結局のところ何も変わっていないのかもしれないが、そう口にすることが意味を持つ気がする。
隣の朱音がすりすりと額を俺の腕に当てる。朱音が時々するその行為が結構好きだ。
朱音の髪に触れて撫でて、目を細めて笑う嬉しそうな顔を見つめた。
幸せな時間が流れる。朱音と俺と、世界に二人しかいないようだった。
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