第105話 なかよしぐるーぷ
「おーひさー。時人ー。長月さん」
「久しぶりー二人とも」
「元気そうね」
駅の改札前で竜たちと合流する。友里はまだ来ていないようだ。今日は夏休み前に約束していた皆と集まる日だ。挨拶もそこそこに近況報告を重ねつつ友里の到着を待つ。
夏休みも大分過ぎて久しぶりに会う面々だったがそこに壁など全くなかった。俺のコミュニケーション能力も進化したものだ。
夏休みはまだまだある、から、もう残りを数えるほどになっている。
大体の日を朱音と過ごした。それ以外の予定はバイトと数日竜とかと遊んだくらいだ。
あの日から朱音はちょくちょく泊まるようになった。気づけば俺の家でお風呂に入るようになっていたし、俺が手を抜いていた料理以外の家事まで手を着け始めた。
洗濯なんて週に一度ほどでまとめて回していたのに今は溜まることすらない。本人曰く私も使っているものですので。とのことだった。それでもシャツなんかはともかく下着まで干されているのを見ると少し照れるというか申し訳なくなる。朱音は楽しそうにしているが。
そんな朱音とさっきまで腕を組んでいたが今は離れて桐島たちと何か楽しそうに話している。賑やかなのはよいことだ。
「しっかしユーリ遅いなー。遅刻かー?」
「まだ時間になってない」
「五分前行動は当たり前だろー」
「時間にルーズなのは竜もだから」
待ち合わせの時間まであと五分は切っている。真面目な友里が遅刻するとは思えないのでもう来るだろう。と、思えばやはり爽やかな顔が見えた。
「ごめんごめん。みんなもう来てたんだね」
「いやー待った待ったー。めためたに待ったさー」
「竜くん私達より先についていたからねー」
桐島が苦笑交じりに会話に参加する。後ろの萩原もため息をついていた。
額に汗をにじませて軽く駆け足でやってきた友里は少し息を弾ませている。この暑さの中だ。自分なら誰かしらに連絡を入れてそのまま歩いてくるだろう。そもそも友人同士の集まりなのだから多少の遅刻はセーフだと思う。良くはないが。そんな走ってやってきた友里に尊敬の念で見つめながら竜たちの会話を聞いていた。
「今日ってカラオケだっけ?」
「そーそー。涼しいし食べ物も飲み物もあるしなー」
「カラオケなんて久々ね。かなり前に結と行ったきりかしら」
「あー懐かしいねー。中学卒業してからの春休みだったっけー」
俺もカラオケ自体久々だ。竜と行ったあれ以来になる。
「カラオケ初めてなので楽しみです」
朱音もわくわくした目でこちらを見ている。
ギターも始めた朱音とのレッスンはまだコンスタントに続いている。いまだぎこちないものの簡単な曲なら弾きながら歌えるようになった朱音の歌は綺麗な声と相まって耳に心地よい。
「俺も竜と一回行っただけだから楽しみ」
「……柳さんずるいです」
「拗ねてる?」
じとっとした目で朱音が見上げる。返事はなかったがそれだけで朱音の気持ちは読み取れた。当時はまだ付き合ってすらいない。カラオケに誘うなんてできるはずもない。
何か言いたげな朱音の髪を撫でて、歩き出した竜たちの後ろに続く。向かう先は駅の近くのチェーン。すぐそこにある。
「歌うぜー」
相変わらずテンションの高い竜が早速マイクを使ってはしゃいでいる。前も見た光景だ。竜の声がハウリングして耳が痛い。
「うるさい」
耳を押さえて文句を示した俺にカラカラと笑いながら謝る竜に思わず苦笑いする。
「なんかデジャブだなー」
「ハウらせないと気が済まないのか?」
「これしてようやく始まった感があるだろー」
遅れて入ってきた友里と朱音が顔を傾けている。言ってる意味が理解できないようだ。それを見てさらに叫びかけた竜から慌ててマイクを奪う。
「あー水樹くん歌う気満々だねー。じゃー一曲目は任せたよー?」
「楽しみね」
タイミング悪くジュース片手に入ってきた二人がマイクを取ったところを見ていたようだ。竜から奪い取ったことをそう判断したらしい。
俺たちはカラオケに歌いに来たのだ。順番なんてさほど問題じゃないと思っていたけど、この人数だと一人目は若干緊張する。まあそこまで気にする面子でもないので仕方なくタブレット型のリモコンを操作して曲を探す。
「竜、つきあえ」
部屋においてあるもう一つのマイクを竜に差し出した。画面に曲のタイトルが映っていて竜も納得したのかマイクを受け取る。
「じゃー俺修二なー」
ニヤニヤと立ち上がった竜はまたも振り付け込みで歌うようだ。歌割りてきにも竜が先に歌うことになるのはちょうど良かったのかもしれない。
もちろん俺は振りなんて覚えてない。竜が踊っていたのを一度見たきりで途中歩いていたなあって程度しかわかっていない。なので立ち上がらずソファに座ったままマイクを構えた。
朱音含めて他の皆もこの曲は知っているらしい。イントロが流れて桐島が朱音ときゃっきゃしている。
歌い始めた竜は相変わらず役に入りきっている。竜のパートが終われば次は俺だった。歌詞が流れているのを見ながら歌うのは新鮮な気がする。
竜が踊り始めた瞬間、部屋のテンションが上がった気配がした。桐島と萩原はスマホを構えて写真か動画かとっているようだ。友里は口を大きく開けて笑っている。朱音も口元を押さえて肩を震わせていた。
「いやー歌いきったなー時人お疲れー」
「さんきゅ」
歌い終わって竜とグラスを軽くぶつける。アイスティーをぐいぐいと飲む竜は暑かったらしい。あれだけ踊ればそうなるだろう。コーラの炭酸がストローを通って口の中ではじけた。歌い終わった後の喉に突き刺さる。
「竜くんサイコー。なんで踊れるのー?」
けらけらと笑いながら桐島が竜を称えていた。
「好きで練習したからなー」
「役に入り込みすぎだったよ。降りてきてたね」
友里も笑いながら竜を労っている。場の盛り上がり的に俺の選曲は正解だったようだ。
「それに二人とも歌うまいわね。水樹の校歌は前に聴いたけれど竜くんもなかなか……。この後に歌いにくいわよ」
「じゃー私達もデュエットしよーよー」
桐島がそう言ってタブレットを持ち上げた。萩原と歌う曲を選んでいるらしい。
次に画面に映し出されたのは女性アイドルの曲だった。マイクを持った桐島と萩原が可愛らしい声で歌い始める。竜と違ってさすがに踊りはしなかったが二人も息ぴったりだった。次に友里が曲を選んで。と順番にマイクは渡っていく。
「時人くん」
「どうした?」
「私ともいっしょに歌ってくれますか?」
「もちろん」
朱音の可愛いおねだりに笑顔で答える。断られるとも思って無さそうだった朱音がクスクスと笑って嬉しそうにしていた。
フリータイム終了の夕方までこの部屋で歌い放題だ。時間はまだまだある。部屋の盛り上がりも予想できる始まりになった。
「あ゛あ゛ー。喉がいたいー」
途中からシャウト気味に歌っていた竜が喉を擦っている。
「歌ったねー」
西日が厳しく桐島が目を細めている。冬なら日は完全に沈んでいる時間帯だ。つまり夜ご飯時。帰宅ラッシュでもあって駅のほうは仕事帰りの人らしき人の群れで溢れている。
「お腹すいたわね。何食べに行くの?」
「決めてないんだなー。てきとーにどっかいこかなーって思ってたからー」
「竜らしいね。じゃあ俺が決めていいかな?」
友里はオススメの場所があるらしい。誰も否定するわけもなく友里についていく。少し駅から離れた方にあるらしい。少し歩くだけで暑さが体に染み入る。さっきまで屋内にいたのも重なってより厳しく感じた。友里がすこしだけだから。と言ってなければ竜あたりは文句も言っていたかもしれない。もちろん笑いながら。
「ユーリいい店しってるなー」
「まあ地元といえば地元だしね」
友里が入った店はぱっと見たところ居酒屋だった。というかそれがメインで飲み物は豊富にありそうだ。おまけで定食も置いてあるといった感じがする。夏休みとはいえ平日のまだ夜というには早い時間。店内は客も少なかった。広めのテーブルに通された俺たちはひとまず最初に出された水で喉を潤す。
「ゆっくりできそうな雰囲気だねー」
「家族連れで入っているのよく見るよ。落ち着いた雰囲気のお店だしね」
「お腹すいたわ。どれも美味しそうね……」
萩原が真剣な表情でメニューを睨んでいる。両隣の桐島と朱音も萩原に寄り添ってメニューを見ていた。
友里はすでに決めているらしく穏やかに微笑んでいる。竜は落ち着きなく店内をキョロキョロしていた。壁に書いてあるメニューが気になるらしい。
「時人ー。あれなんて読むんだ?」
竜が指差したのは壁にかかってある札の一つ。その先に目を凝らすと柳葉魚と書いてあった。魚とかいてあるので魚の種類だとは思うが予想もつかなかった。見たことすらない気がする。
「……知らない」
「ししゃもよ」
ちらりと俺たちの視線の先に目をやった萩原が呟いた。
「……萩原が読めるとは……」
竜が驚きを隠さずに目を丸くしている。テスト前にあんなに付き合った俺としても竜の驚きもわかる。萩原にそんなイメージはない
「難読漢字だけ強い人っているから」
「水樹。だけってどういう意味かしら?」
若干の怒り口調で萩原が顔をメニューからこっちに向けた。その顔は怒りというより呆れかもしれない。両手の手のひらを上向きに肩まで上げて軽く首を振っておいた。
一連の流れを見ていた朱音と友里がクスクス笑い出す。その反応に竜と桐島がつられて笑っていた。
「もう。笑ってないで。はやく注文決めなさい」
萩原が悔しそうに怒っているのでついに俺も笑ってしまった。
「今日も楽しかったなー」
「あっという間だったねー」
電車組の三人を見送るように駅まで戻ってきた。友里も近くに止めていた自転車にまたがっている。
「夏休みが短すぎるー」
竜が嘆いていてそれきっかけにみんな同様に時間の早さを感じていた。特に友里と萩原は課題が全く進んでいないようで絶望を携えている。
視線を感じて隣の朱音をみると目が合った。ニコニコとしつつも目元は寂しげだ。楽しい時間が終わるのが寂しいのだろうか。左手で朱音の髪に触れると寂しさも薄れたらしい。目を細めて気持ちよさそうにしている。
「ほらほらここでそうしてても仕方ないし。もう帰るよー」
桐島が手を叩いて竜と萩原に行動を促す。肩を落としていた二人も気持ちを入れ替えて定期を取り出していた。
「じゃー帰るかー。またなー」
「お疲れ様。またね」
「また遊ぼうねー」
三人が改札を抜けて去っていくのを俺たちは見送った。帰っていくのを見るとやはりこちらとしても寂しい気持ちにはなる。肩を落とすまではしないが。
「友里も暑いし俺たちにつきあって歩かなくていい」
「そうだね。二人の散歩の邪魔はできないかな」
「邪魔とは言わないけど」
「いやいや。気を使うわけじゃないけど3人で一人自転車だから場所もペースも困るし帰るよ。じゃあまたね」
友里も颯爽と自転車を漕ぎ出して去っていった。
「俺たちも帰ろうか」
「はい」
朱音は素早く俺の左手を掴む。恋人つなぎだ。
買い物に行くときも俺の左には朱音がいた。気づけば朱音は手を繋いでいる。すっかり慣れたものになった。それでも嬉しさは止まらない。
「夏休み……終わりますね」
「まあ終わるものだから」
「時人くんの家でゆっくりできなくなります」
家までの道のり歩きながら朱音と会話を続けた。朱音の言っている感覚もわかる。俺たちはだいたい俺の家で過ごした。それこそ夏休みの大半という膨大な時間を。
「学校でも一緒にいるし、二学期にも色々イベントあるから朱音は楽しみだろ?」
行事なんて面倒なだけだったが朱音がいる今、朱音との思い出を重ねていきたい思いも強い。寂しいから終わりを意識するのでなく、次の始まりを考えていきたかった。
「そうですね。それは……楽しみです」
二学期には文化祭とか色々あった気がする。他にもあると思うが忘れてしまった。まあ楽しみにしておこう。
夏休みの予定も残り少ない。残された自由な時間を楽しもうとあらためて思った。
左手に力を入れると朱音が嬉しそうに見上げる。可愛い。
朱音が鼻歌でさっきのカラオケで歌った曲を歌いだした。すっかり気は取り戻したらしい。ハミングを聞きながら帰る道はあっという間だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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11月は更新頻度が上がるはずなんですが……。