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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第103話 ベッドと思惑


「時人くん?」

俺のベッドに腰掛ける朱音がこちらを見て首を傾げている。既に眼鏡をベッドの枕もとの小物置きに置いていて、綺麗な瞳が何も通さずこちらを見ていた。

「いや、やっぱり二人は狭いって」

「そんなことないです」

朱音は意に介せず微笑み続けている。

もともと朱音にベッドを譲って俺は隣で床で寝るか、リビングのソファで寝る気だった。だが朱音の思惑は違うらしい。

「一旦座りませんか?」

「あーうん」

ポンポンと自分の左隣を叩く朱音にしたがって腰を下ろす。マットレスがぎぃと少し軋んで沈んだ。

右に座る朱音から高い体温を感じる。高鳴る心臓がやけにうるさい。座っている距離はいつものソファと同じはず。それなのに、それがベッドにかわっただけで、ここまで緊張するとは。

「時人くん。そんなに緊張されるとこっちまで緊張しますよ」

「いや、だって。……朱音はなんでそんなに余裕なんだよ」

楽しげに笑っている朱音。いや実際に楽しいんだろう。本人がずっとやりたがっていたことなのだから。

「だって……時人くん。何もしないんでしょう?」

悪戯っぽく笑う朱音に思わず頬を赤くする。挑発されているのか。

「そんなこと言っていいのか?」

「問題ないですよ?どちらでも」

そのままこてんと背中から体を倒した朱音がこちらを見上げる。からかい……だけではない気がする。

どちらでも。か。ずるい言い方だ。

すでにパーカーを脱いでパジャマだけの朱音だ。薄着の彼女がそんな姿勢になれば女性らしい体のラインがよくわかってしまう。

だが、ここまで挑発されて何もできないのも悔しい。少し、意趣返しのような。朱音に何かしてやりたい。

いまだベッドに横たわってこちらを見上げている朱音の上に覆いかぶさるように体を近づける。

「時人くん?」

朱音の声を無視して朱音の体を跨いだ今、俺が腕の力を抜けば完全に密着する。

「もしかして、怒ってます?」

何も言わずに朱音を見つめた。ばくばくと鳴る心音が外まで聞こえそうなほどうるさい。顔も熱い気がする。朱音の顔も赤い。困ったように見上げる朱音はどうすればいいか分からず大人しくしている。

「あの……なにか言ってください」

「怒ってないよ」

それを聞いた朱音が少し安堵の表情になる。その瞬間に腕を肘から折って朱音に体を預けた。ぎぃとベッドが音をたてて沈む。それとほぼ同時に朱音も小さく声を上げた。

朱音の顔がすぐ隣にある。鼻息すら聞こえる距離だ。いまだ心臓が音をたててうるさい。

柔らかい朱音の体を感じる。あまり体重をかけてしまうと簡単に潰れてしまいそうだ。少し力のかけ方に気を遣いながら朱音の方に顔を向ける。そんなに時間が経っていないはずなのに朱音からシャンプー以外の匂いに鼻がくすぐられる。これが朱音の本来の香りなんだろうか。甘い香りだ。

誘われるままに朱音の首元に顔を寄せてそのまま鼻を鳴らす。

「と、時人くん」

「なに?」

「あ、あの、なにもしないはずでは」

「まだなにもしてないけど」

戸惑う朱音に俺の意趣返しは成功のようだ。ようやく声を発した朱音はどもりながら驚きを露にしている。胸に感じる心臓の鼓動は俺一人分だけではないらしい。

まだなにもしていない。俺が想定していたようなことはなにも。

「時人くんが、あ、待ってください。このままだと、私がダメです」

少し支離滅裂になりながら朱音が弱弱しい力で俺の背中をタップする。このまま朱音を感じていたかったがこれ以上すると俺も帰って来れなくなりそうだ。ゆっくりと腕に力を入れて上半身を起こす。そのまま座っていた姿勢まで戻した。

朱音は顔を真っ赤にしながらその顔を両腕で隠していた。

「……これは……ちょっと待ってください」

「やだ」

気持ちをフラットに戻そうとしていた朱音に断りを入れる。ベッドから投げ出されている朱音の脚の下に左腕を首元の下に右腕を突っ込んで朱音を持ち上げた。横抱き、お姫様抱っこの体勢だ。朱音をそのままの体勢で膝に乗せた。

「ひっ。と、と、きひとくん」

「なに?」

またも小さく呻きながら朱音が隠していた顔から目だけ覗かせる。おでこまで真っ赤にしている朱音がとても可愛い。

「きゅ、急にそんな。どうしたんですか」

「朱音が可愛いことするから」

「あう……。なんでそんなに突然余裕になるんですか……」

「余裕なんかないよ」

朱音の背を支えている右腕で朱音を俺の胸元に少し近づける。

「俺の鼓動うるさいくらいになってる。聞こえる?俺だって精一杯だよ」

もぞもぞと朱音が胸元に耳を寄せる。その位置だと高鳴る心音はよく聞こえるだろう。俺の気持ちは少し伝わったようだ。

「いつだって朱音といると俺はドキドキとさせられてる」

抱く腕に力を入れる。力の入りと鼓動が伝わった朱音が両腕を俺の首元に回した。そのまま俺を抱きしめたまま体を器用に動かす。朱音は俺の両足を跨いで俺たちは抱き合う体勢になった。

「私もです」

赤い顔で微笑んだ朱音がゆっくりと顔を近づけて口付けを交わす。

「大好きです。時人くん」

嬉しそうに笑う朱音に俺からもキスをする。

「俺も好きだよ。朱音」

くすくすと朱音が笑った。

だが、そろそろこの体勢はよくない。主に俺の理性面で。

「あか

瞬間、朱音が強く体重を俺にかける。その勢いで朱音に押し倒された。

さっきと逆の体勢になってまるで仕返しのように朱音が笑いながら見下ろしている。

「……本当に何もしませんか?」

少し下がった眉が朱音の期待を表していた。

先までの攻められてあわあわしていた朱音はそこにいない。今は……。今は朱音はむしろそれを望んでいる。と思う。

俺に触れられて喜ぶ朱音。俺よりもそれを望んでいる朱音。これまでの発言、行動、態度からそれを感じる。朱音はこの先を望んでいる。

要は本当は何かしたいのだ。朱音は。

腕を伸ばして朱音を抱きしめそのままベッドに引き込む。ベッドに座っていたので横向き、脚が投げ出される形だったのを朱音ごと引っ張って正しくベッドに横たわる。

「ごめん。本当に何もしないよ」

引っ張り込まれたので少し期待を持たせたかもしれない。それに謝って改めて俺の意思を告げる。それでも朱音は嬉しそうな顔で笑っていた。

「時人くんならそう言うと思いました」

「ごめん。臆病で。これ以上は俺は怖くて。まだ時間がほしい」

このまま滾る気持ちのまま朱音とぶつかり合うことは簡単だし、それをお互い望んでいる。

俺が怖いのはそれしか感じられなくなること。それに溺れてしまうこと。

俺はまだ朱音とこれからも楽しんで生きていたい。色んなことを。

展開が速くて怖い。まだまだ朱音としたいことはたくさんあるのだ。焦りたくない。

……何より失敗したくない。負担がかかるのは男の俺じゃなく朱音だから。

「謝らないでほしいです。時人くんの気持ちも少しはわかりますから」

どこまでわかって言っているのかはわからないけどその言葉に救われる。ゆっくりと朱音が俺の頭に腕を伸ばして撫で付ける。目を閉じて朱音の優しさに落ちていく。

「朱音、好きだよ」

「はい。わかっていますよ」

しばらく朱音に甘えていた。あまり記憶にはないが母親に、母さんに甘えていた自分を思い出した。怖い夢を見て両親に泣きついた幼い頃の自分。全てを母親に預けていた幼い自分を。

朱音から感じる母性に滾っていた気持ちも落ち着きを取り戻してきた。

目をあけて朱音に視線をやる。優しい笑顔の朱音と目が合った。どちらからともなく笑いが零れて笑いあった。

いまだ胸は高鳴るが、それを楽しむくらいの余裕はあるほど落ち着いていた。目の前の朱音が愛おしい、でも同じベッドで眠る緊張は既にない。安心して眠れそうだ。

枕もとのリモコンで明かりを調整する。常夜灯のオレンジ色の薄明かりだけになる。

「そろそろ寝ようか」

「はい」

オレンジ色の薄明かりでもこの距離なら朱音の顔はよく見える。

「おやすみ。朱音」

「おやすみなさい。時人くん」

穏やかに微笑んだ朱音が目を閉じたのをみて俺も目を閉じた。

広くはないベッドに二人で眠っている。目を閉じたことでそれが改めてよくわかった。どこか絶対に朱音に触れることになる。いまもほとんど抱き合っているような状態だ。

それでももう緊張はない。朱音の甘い香りにゆっくりと眠りに落ちていった。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ喜びます。


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