第101話 依存と思いとソレと
久しぶりの更新で短くて申し訳ないです。
「あら、わるいわね」
リビングに母親の月子を通してテーブルに座らせる。俺が電話をしている間に朱音は晩ご飯の片づけを済ませていた。俺と母さんと少し話している間に朱音が麦茶を三人分机に並べてくれている。
「いえ、あの……」
軽く微笑んで麦茶を一口飲む月子。それは朱音がこの部屋にいることすら気にしていないようで朱音が戸惑っていた。
「朱音も座ってくれる?ちゃんと紹介するから」
母親の対面に座る俺の隣の椅子を朱音に指す。朱音もゆっくりと席に着く。それを見ていた月子が穏やかに笑った。
「母さん、こちら長月朱音さん。俺の恋人」
びくりと朱音が肩を揺らす。姿勢を正した朱音の横顔を盗み見ると真剣な表情をしていた。どこか緊張も見える。
「あの、長月朱音です」
「……時人に友だちができたとは聞いていたけれど、まさか彼女までなんて。……いたく可愛らしい子を捕まえたのね」
月子は値踏みするように朱音を見つめている。その視線を感じて朱音の表情がすこし強張った。
「母さん、朱音が緊張してるからあまり見つめないでくれる?」
「あら、これは失礼」
「い、いえ……大丈夫です」
くすくすと口元に手を当てて笑っている月子。
「というか母さん、なにキャラ作りしてる?」
「キャラ作り?」
俺の発言に朱音からはてなマークが飛んでくる。
そう、母親の月子は普段こんな気取った話し方なんてしない。つまり
「緊張してる?」
「き、緊張なんて、してないわよ?」
やはり緊張しているようだ。目が泳いでいる。わかりやすい。
「普段どおりでいいから……。朱音もどう接したらいいのか分からなくなるだろ?」
「そ、そう。……んん。あらためて水樹月子です。時人みたいなのにつきあってくれてありがとうね」
咳払いをして自己紹介をする。
「時人くんはとても優しくしてくれます。こちらこそ私みたいなのにつきあってもらえて」
「え、なに?この子。可愛すぎない?」
朱音の言葉に被せるように月子が反応する。その勢いに朱音も面食らっていた。
「こんな娘がほしかったわー」
「そう言われても困る」
「あら、時人が朱音さんと結婚したらそれでいいわよ」
「年齢的にまだ無理だから」
「てことは再来年?楽しみね」
「……はいはい」
俺と母さんのジャブの打ち合いのような会話に朱音が入って来れず口を開きかけては噤んでいる。
この人は母親であるがどこか友だちのような距離感で話す。慣れてしまっている俺からすれば話しやすいが、朱音からすればどう接したらいいか分かりにくいだろう。
「……ねえ時人。ちょっと朱音さん借りていいかしら?」
母さんからいい提案も来ている。朱音も母さんと話したそうにしているしちょうどいいだろう。
「俺はいいけど。朱音、大丈夫?」
「は、はい。問題ないです」
やはりどこか未だに緊張しているらしい朱音の返事はぎこちない。それでも月子は気にしないように立ち上がった。
「朱音さん。バイクに乗ったことある?」
楽しそうに笑いながら月子はそう言った。
月子が朱音を連れて家を出て既に一時間経っている。ちょっと。の時間ではないが、あの母親のことだ。盛り上がってしまって時間なんて忘れているのだろう。
朱音も緊張さえ解けてしまえば明るい性格をしているし、物怖じせず話すようになるだろう。
……まだ帰ってこないのであれば先にシャワーでも浴びたいが。さすがに一時間と待ったしメッセージだけ送っておいてシャワー浴びてしまおう。と、ポケットからスマホを取り出したときに玄関の扉が開く音が聞こえた。帰ってきたらしい。
「ただいまー。戻ったわよー」
「戻りました」
リビングに入ってきた二人の距離感は近づいている。どうやら打ち解けたみたいだ。
「おかえり」
最近は夜でも気温が高い熱帯夜が続いている。今日も今の時間で外は蒸し暑い。二人は少し顔が赤く、火照っているようだ。
冷蔵庫にしまっておいた麦茶をもう一度取り出してグラスに注ぐ。
「ありがとー。たすかるー」
ごくごくと喉をならせて月子が一気に飲み干す。ヘルメットを被るためにか髪を下ろしていた朱音もこくこくとグラスを傾けた。
「そんなに喉が渇くくらい話してたの?」
「盛り上がりまして……。つい時間も忘れて話し込んでしまいました」
「それは……よかったよ」
緊張が解ければいいと送り出したが、まさかこんなに打ち解けるとは思っていなかった。嬉々として月子と話している朱音は想定外だ。
「時人。ちょっとあなた朱音ちゃんにもっと感謝しなさい。毎日ごはん作ってもらって」
「してるって」
「こんなにいい子いないわよ」
俺の肩をぐらんぐらんと揺らしながら朱音のよさを力説する。そんなこと母親に言われなくてもわかっている。
朱音もそこそこ赤裸々に話したらしい。この母親がどこまで知ったのかわからないが矢継ぎ早に語り続ける朱音の魅力に朱音が照れている。
「あの月子さん。そろそろ恥ずかしいです」
「そうね。時人もわかってるみたいだしもう止めておくわ。……時人がちゃんとしてるか見に来たけれど、朱音ちゃんのおかげでよくわかったし。もう帰ることにするわ」
俺とはほとんど話していないが満足したらしい。まあ元気でしっかりと暮らしているのも伝わっているようで俺の一人暮らしにも文句は無いようだ。
「あー、次に来るときはアポイントメントしっかり」
「うるさいわよ。ここは春人さんのものなの。だから私のものでもあるのよ。次も突然来るからね。それが嫌なら、長期休みくらい帰ってきて顔見せなさい」
連絡はとっていたものの顔は見せていなかった俺が悪いといえば悪い。仕方ない。とため息をつくと朱音がクスクス笑っていた。
「朱音?」
「いえ、なんでもないです」
クスクス笑い続ける朱音。理由はわからないが楽しそうなのでよしとする。
「朱音ちゃんも何かあったら家に来なさい。それこそ何も無くても来てもいいからね」
「ありがとうございます。月子さん」
「じゃあ帰るわよ。時人、あなたが一人暮らしをしている以上、自分のことはしっかり責任取らないとだめよ。じゃあね」
「……?おやすみ母さん」
月子は俺と朱音、二人を両手で軽く撫でて帰っていった。最後によくわからないことを言っていたが気にしないことにする。
「月子さん。なんというか色々豪快で時人くんと全然違いますね」
「豪快ね……。まあそうとも言えるか」
「それに、とても美人です。とても高校生の子どもがいるように見えないです」
朱音が言うように月子の見た目はとても若い。春人が年齢より少し見えるがそれ以上に若々しい。二人で歩いていると姉弟と間違われることもあるほどに。
「……二人で何の話してたのさ?」
「内緒です」
「そっか。まあいいけど……。面倒だったらちゃんと言っていいから。というか言わないとぐいぐい来るから気をつけといて」
「大丈夫ですよ」
残っていた麦茶を飲み干した朱音がふうと一息をついた。
「あー朱音、母さんが来て色々あったけど今日泊まるんだよな?」
「はい。そのつもりでしたが……なにかありましたか?」
「いや、問題はないけど。じゃあ俺シャワー浴びてきていい?朱音も一旦戻って入ってくるだろ?」
「……本当は一緒に。って言いたかったですけど。流石に緊張するのでまたにします。じゃあ私もお風呂入ってきますね」
朱音が少し頬を染めながら言った言葉にこちらも照れさせられる。
一緒にお風呂なんて無理に決まっている。主に俺の理性の面で。確実に何かしてしまうだろう。
ぱたぱたと一旦帰っていった朱音を見送って着替えを準備する。
「……はあ」
漏れ出るため息に色々と気持ちを乗せて頭を落ち着かせる。
折角、母さんが来て空気も雰囲気も変わったのに一瞬で朱音に持っていかれた。
いつもより温度を上げたシャワーにうたれて熱くなった体をシャワーのせいにした。
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