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なんでやねんと歌姫は笑った。  作者: 烏有
第2章
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第99話 依存と思いとソレと


「私のご飯に不都合がありましたか……?」

落ち込んだ声色で朱音が視線を下げる。

「あーごめん。勘違いさせてる。朱音のご飯に全く問題ない。ちゃんと今日も美味しい」

ひどく勘違いしているらしい。目の前に並ぶ朝ごはんは今日もすばらしい。ほかほかと湯気が立つ出汁巻きは柔らかく優しい出汁の味がする。お味噌汁はわかめと油揚げ。毎日汁物を作ってくれるが中身は全くのばらばらで飽きも来ない工夫が感じられる。栄養と彩りのバランスを考えて用意されたサラダは今日は崩した豆腐が入っていて食感も楽しい。

要するに朱音の作る料理に文句なんてつける余地はない。

「では……急にどうされたのですか?」

「昨日さ、大須とポテトサラダ手伝ったのが楽しくて。それに……」

「それに?」

「朱音も言っていただろ?……その……家族みたいだって」

昨晩朱音が言っていたこと。俺の琴線に触れた台詞だった。朱音の過去を思い返してその台詞を引き出せたことが余計に嬉しかった。俺がそれを言うのと朱音が言うのとでは重みが違うと思う。

既に両親という家族を失った朱音。自分のせいだと思っていて人と距離をとっていた朱音に家族だとあらためて思ってもらえたことが嬉しかった。だからこそ、俺も同じように思っていたい。

「朱音に教えてもらいたいんだ。朱音と一緒に作ったりしてみたい」

「時人くん……」

俺の思いは正しく伝わったらしい。朱音は穏やかな微笑のままこちらを見ている。

昨日、大須と話しながら作るのは楽しかった。それが朱音となればより楽しくできると思う。

「まあ朱音の手間を考えると毎日はできないだろうし、朱音の気持ち次第だけど。とりあえずなにか簡単なものから始めたいなって」

「わかりました。そうですね楽しそうです」

「よかった。食べてる途中にごめん」

「いえ……、嬉しかったので大丈夫です」

朱音が笑った。本当に嬉しいみたいだ。朱音の笑顔を見て俺もつられて笑顔になる。しばらくお互いに笑いあっていた。いつもより時間がかかる朝ごはんになった。



朱音がずっとニコニコとしている。朝ごはんを終えてからずっとだ。いや、正確には俺が提案してからずっとだ。

ソファに隣り合って座ってテレビをぼーっと眺める。その内容は全く頭に入ってこなかった。緊張しているからとかでなく、ただ眺めているだけだからか。

隣の朱音は俺の左手を握りながら座っている。握るというか前のように触っていた。拳の部分や指先まで楽しんでいるようだ。相変わらず手に触れるのが好きらしい。時々笑いを口にしながら上機嫌だ。

「……楽しい?」

「はい。時人くんの手、好きです」

もちろん手だけじゃないですよ。と繋げながらも朱音は離す気が無いようだ。片手が塞がって手持ち無沙汰になるが悪い気はしない。

「ならよかった」

「えへへ」

笑っている朱音に左手は任せて、空いている右手でリモコンを操作する。ザッピングしてもこの時間帯だと情報番組しか放送していない。仕方なくリモコンを投げた。テレビでは天気予報士が嬉しそうに話している。当分の間雨は降らないらしい。暑さは相変わらず続くようだ。今日は家から出る予定は今のところ無いが、朱音が必要だといえば買出しには行くことになる。

「朱音、今日も暑くなるみたいだし、昼までに買い物行っておこうか」

「……え、あ、はい。そうですね。行きたいです」

少し夢現となっていたのか、反応が遅れた朱音が驚いた顔をした。それでも触れている手に力を入れて返事をした朱音は嬉しそうだ。

俺一人で行くつもりだったが、朱音の反応を見るに一緒に行くらしい。そう予想はしていたがやはり嬉しいものがある。

「時人くん、折角ですし今日のお昼から一緒に作ってみますか?」

「じゃあ……お願いします」

「はい。頼まれました」

ニコニコと朱音は口角が上がりっぱなしだ。

「時人くんに教えるなんて……楽しみです」

「お、お手柔らかに頼む」

朱音が意地悪っぽく笑った。わかりやすく感情を示してくれる朱音に俺も笑って答えた。



「というわけで今日のお昼はカレーです!」

朱音曰くシンプルで簡単らしい。それに基本が詰まっていて失敗しにくいカレーは初心者にうってつけのようだ。

買い物を終えて帰ってくると昼ごはんにはまだ早い時間だった。それでも、時間がかかることを見通して今から作り始める。それに早くできてもカレーなら問題ない。少し冷めても温めなおすだけだ。

「お願いします」

朱音の指示の元、調理を始める。まずは具材の下準備。包丁を手に取って野菜の皮むきからスタートした。



「できましたね。完成です。おつかれさまでした」

予想以上に時間がかかった。出来上がったのはランチタイム。なので完成後そのまま配膳する。

朱音はほとんどの作業を俺に任せてくれた。それでも横に立ってくれていたおかげで大きい失敗はなさそうだ。

「ありがとう」

「いえいえ。私は何もしてませんから」

配膳を終えてテーブルに着く。飲み物まで準備はばっちりだ。

「いただきます」

もちろん味見はすんでいるし朱音からお墨付きは得ている。それでももう一度こうして口にするまで心配だった。

「あーカレーだ」

「はい。美味しいですね」

ニンジンの乱切りはサイズがまちまちで、たまねぎも大きさがばらばらだ。それでもカレー粉が適量入っているだけでちゃんとカレーの味がする。

朱音は美味しいといって食べ進めている。表情から見て嘘は無さそうだ。

満足のいく出来とまではいかないが、最初の成果としてはいいものができたのじゃないかと思う。それでも、なぜか朱音の作ったものに比べて物足りない気がした。

それを伝えると、私は愛情たっぷり入れてますから。と笑った。

「だから……私にはいつもより美味しく感じますよ」

顔を赤くして暗に愛情がたっぷり入っているなんて言われると照れてしまう。実際は朱音の料理スキルだったり色々理由はあると思うが、朱音の言葉に救われた気がした。



「時人くん、どうでしたか?」

「なんていうか……疲れた。毎日、それも三食丁寧に作ってる朱音ってすごいな」

「慣れですよ。あらためてお疲れ様です」

片付けも終えて食休みがてらソファでゆっくりとお茶を飲んでいた。隣の朱音が労いの言葉をかけてくれる。

作業量的には辛くない。それでも普段握ることの無い包丁を扱ったりするのはひどく疲れた。あらためて朱音がすごいと思った。慣れとはいえ俺にはまだまだ出来る気はしない。

「ありがとう。朱音のおかげで完成したから、朱音もお疲れ様」

普段から労いの言葉が足りていないのだと感じた。これからはもっと朱音に感謝を伝えていこう。

「いえいえ。一緒に料理できて私も楽しかったです。……家族みたいで」

「家族だよ。俺たちは」

「そうです。……そうですよね」

お互いを想っている関係性なうえに、ほとんど一緒に暮らしているような現状。これが家族と言えないなら俺には家族なんてわからない。

両親と離れて暮らしている。あの二人ももちろん家族だと思っている。それと同じように朱音のことも家族だと思っている。

朱音にとってはどうだろう。同じように感じてくれていると思うが。

「あの時人くん。明日、何か予定ありますか?」

アルバイトのシフトは事前に朱音にも伝えてある。基本的にバイト以外の用事は無い。そして明日もシフトは入っていない。

「無いけど?何かあった?」

唐突な話題の変更に驚いたが事実を伝える。どこか出かけたい場所でもあるのだろうか。明日も暑くなりそうだ。涼しい場所、どこかいい場所あるだろうか。

「……じゃあ今日、泊まってもいいですか?」

「お、おう。問題ない」

願ってもない申し出に一瞬戸惑った。少し顔を赤くした朱音はそれを聞いて嬉しそうだ。

旅行に行った時に朱音が言っていたこと。俺の家から帰るのが寂しい。と。

俺から誘うべきだっただろうか。いや、きっと言えなかったと思う。こういうとき朱音の素直さは羨ましい。

「じゃあ今日は一緒に寝ましょうね。楽しみです」

その発言に心臓が高鳴る。今はまだそういうことはするつもりはないとはいえ色々と頭によぎる。頭を振ってよくない空気を自分から追い出した。

目を細めて笑う朱音の髪に照れ隠しに触れると更に嬉しそうにしていた。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方はブックマークなどしていただければ喜びます。


誤字脱字報告助かります。名前の間違いとかに気づいていなかった自分が恥ずかしいです。

ありがとうございます。



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