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冷たい彼女は黒猫かぶり

作者: 衣見 ヒビキ

初めての執筆です。

未熟者ですが、楽しんでいただけると幸いです。



 けたたましい電子音で目が覚める。


 まだ暗い天井。カーテンを閉めた窓からは薄い明かりがこぼれている。

 シャンシャンと布団の横でうるさく鳴り続けるアラームを止め、ため息とともに気だるい体を起こした。


 時刻は朝5時30分。この地区に住む同年代の男子にとっては、起きるにはいささか早い時間だ。窓に近寄ってカーテンを開けると、視界にどんよりとした雲で(おお)われた灰色の空が広がった。

 まるで今朝の心中を写したかのような空模様だ。寝起きのテンションと相まって、彼の周りの空気がいくぶん重くなったかのような錯覚を覚える。なんだかなぁ、とつぶやいて窓際を離れた。


 毎日の規則正しい生活のおかげだろうか。寝起きの少年、葦崎(あしざき)(とおる)はもう一度倒れこみたい衝動をなんとか抑えて布団を畳み、きれいに片づけて部屋を後にした。





 階段を下りて一階へ。洗面所で顔を洗って意識を覚ました後、冷たい廊下を渡ってそそくさと居間へ向かう。

 暗い影が差した居間には壁に掛かった時計の針の音以外に物音はしない。静かな部屋に電気を灯し、隣接する台所(キッチン)に立つ。

 冷蔵庫を開けると、昨夜の余りもののサラダと肉じゃがの小皿が目に入った。それらを取り出し、昨夜のうちにセットしていた炊飯器を止め、朝餉(あさげ)昼食(べんとう)の支度をし始めた。




 数十分後。


 朝の準備を終え、玄関を出て鍵を閉める透の姿があった。灰色の空はどうやらまだ泣き出しそうにない。不幸中の幸いというものだろうか。重たい鞄を背負い直して通学路へと歩を進める。


 透が通う高校までは歩いて20分程度の距離だ。普段より早い時間帯の歩道には、同じ学校の生徒はおろか、近隣住民の人影すらまだない。

 聞こえるのは電柱にとまった小鳥のさえずりくらい。まるで自分一人の世界にいるみたいだ。そんな、ちょっとした非日常に少し気持ちを(おど)らせ、軽くなった足取りで透は学校へと向かった。



 ……その数分後に傘を忘れた事に気づき、再び地の底まで沈み込んだ彼だったが。





**************


 朝の仕事を終えて自分の教室へと向かう。早朝の図書委員の仕事はそう大したことではない。朝から図書室を使おうと考える人には乱暴な者はいないし、そもそも使用する生徒の数が少ない。返却された本を本棚に片付けた後は受けつけの机に肘を置き、ぼんやり時間が過ぎるのを待っていればいいのだから楽なものだ。


 こみ上げたあくびを噛み殺しながら教室のドアを開け、窓際に寄って自分の席に鞄を置く。すると、前の席に座る悪友がこちらに顔を向けてきた。



「よーっすトオルー。おはよーさん」


「はい、おはよーさん」



 にやっと笑う彼に心なしか低い声で返す。



 振り向きざまに声をかけてきたこの少年の名は 溝谷(みぞや) 大地(だいち)。小学生からの付き合いの、いわゆる幼馴染というやつだ。

 垂れた目つきに高い鼻筋。赤味がかった茶髪は生まれつきだ。誰に対しても気取らない性格は友達として付き合いやすく、整った顔立ちと相まってそれなりに女子の評判も高いらしい。


 もっとも、幼い頃からの付き合いである透には彼の本性、「悪戯好きでいいかげん、人の不幸は蜜の味」、を知っている身としては、彼のどこがいいのかさっぱり分からない。

 彼がクラスの推薦で風紀委員の男子生徒に選ばれたとき、彼と一緒になって猛反対した程だ。「大地を風紀委員にしてみろ。世紀末になるぞ、ここは」と。



 大地は透の素っ気ない返答にさして気にした風でもなく、ニヤニヤした笑いを浮かべながら椅子に体重を乗せた。



「おいおい、朝からテンションひっくいなー。何かイヤなコトでもあったんかい?」


「や、単純に昨日のバイト(つか)れ。()いて言うなら、傘、忘れた」


「それは知らん」



 くそー、と机に突っ伏す。頭の上で大地がケラケラと笑っている気配がした。悪魔め、人がこんなに落ち込んでるというのに……。

 もちろん、傘を忘れたのは透の責任であって、目の前に座る男は何の関係もないのだが。


 なんとなくむかつくから、というある種、暴論めいた怒りを胸に、前の男に一言文句を垂れようと顔を上げ───



「あら、葦崎君。いつにもまして悲劇的な顔をしているわね」



 と、鈴を転がしたような綺麗な声にさらに追い打ちを食らった。



 切れのいい罵声(ばせい)と共に大地の隣に現れたのは、我が校の誇る美少女、黒川(くろかわ) 優希(ゆうき)その人だった。

 さらりとした長い黒髪。白魚(しらうお)のように美しい肌。整った顔立ちと凛とした佇まいには、16歳ながらにして堂々とした気品を感じさせる。


 容姿端麗にして文武両道。美貌と名声を欲しいままにしておきながら、嫌味ひとつない清らかな性格は、ひとえにそれらが彼女の努力の上に成り立ったものだからか。


 立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合の花───なんてことわざを()で行く彼女の姿に、心奪われる生徒は少なくない。

 聞くところによると、彼女が入学してまだ数か月の我が校内でも、すでに(ひそ)かにファンクラブが結成されているという。

 そのファンクラブには女子生徒まで加入しているというのだから、彼女の魅力は折り紙付きだろう。



もっとも、透にとっては何の意味も興味もないわけだが。なぜならば───



「朝から気分が落ち込むようだわ。教室に来て早々、貴方の顔を拝まなくちゃならないなんて」


「ほっとけこのヤロー」



 これである。


 触れる人すべてに与えられる彼女の優しさと天使のような笑顔は、なぜか(とおる)の前でだけは動作不良のようだった。

 相手を(いつく)しむような清楚な言葉遣いも、彼の前ではお(しと)やかな罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐へと変わる。

 加えて、普段は(つつ)ましく物静かなくせに、彼を前にすると途端に生き生きと饒舌(じょうぜつ)になるのだから目も当てられない。



 これが、透が何か非礼を働いたというなら理解できなくもないが、生憎(あいにく)と彼に身の覚えはなかった。

 ひと月ほど前、ゴールデンウィークを境に始まった彼女の態度に、それこそ初めのうちは戸惑い、人並みに落ち込んでいた透だったが、それも一か月も続いていけば慣れるというもの。


 ......そこで彼女に対して()()、のではなく、()()()、というところがまた、彼の人の()さを表しているのだったが。


 とにかく。

 透にとって黒川優希という少女は、歩く巨大ハリケーン、もしくは教室に現れた人食いライオン、といったところ。できれば関わりたくない人物というのが本音だった。



 にっこりと、他の者にとっては天使の微笑み、透にとっては悪魔の嘲笑、を浮かべる黒川。

 昨夜のバイトに早朝の仕事が続き、寝不足で頭の痛くなる彼だったが、そんな事情にはお構いなしに、なおも彼女の追撃は続く。



「見るに()えない顔色ね。普段まともな物を食べているのかしら。いえ、貴方の事だからきっとろくでもないモノを口にしているに違いないわ。

知ってる? 葦崎君。泥団子はね、食べ物じゃないのよ」


「砂場で遊ぶ幼稚園児か、俺は。てか、朝から何の用だよ」


「風紀委員の仕事よ。溝谷君に話があって来たのだけれど、机に突っ伏して情けない姿をさらしている凡夫(ぼんふ)が目に入って。貴方にだけ声をかけないのも可愛そうだから話しかけてあげたのよ。

己の矮小(わいしょう)さと舞い降りた幸運にむせび泣き、この幸運を(さず)(たま)いし天上の神々に感謝する事ね」


「凡夫て。

へいへい。ワー、カミサマアリガトー」


「神は死んだわ」


「俺のせい!?」



 前髪をはらりと耳にかけ、生き生きとした様子で罵倒する女神様(くろかわ)に、透も律儀に返していく。

 そんな茶番を繰り広げていると、キーンコーンと教室の始業の鐘の音が鳴った。


 それを聞いて彼女はこちらを一瞥(いちべつ)し、まだ遊び足りない、とばかりにため息をひとつ残して自分の席へと戻っていった。

 全くもってたまったものではない。


 疲れた顔を前に戻すと、そこには肩を震わせて笑いをこらえる大地の姿が。



「おい少年。何がおかしい」


「いやー、朝からいいもん見れたわー」


「……こっちは笑い事じゃないんだが」



 げんなりとした顔つきで悪友を睨む。大地はわるいわるい、と手をひらひらさせ、けど、と前置きしてこちらに顔を近づけた。



「オレの勘だけど、あっちはおまえさんのこと割と気に入ってると思うぜ」


「へえ。そのココロは?」


「だって黒川のヤツ、トオルとしゃべる時すげえ楽しそうだからさ。他の人の前でも、あんなに多くしゃべってるところは見たコトないぜ」


「はあ……、そういうもんか?」



 いや、あれはしゃべるのが楽しい、というより、いじめて遊ぶのが楽しい、ではないだろうか。なにより、お友達気分で毎日精神(メンタル)を半殺しにされていてはこちらもたまらないのだが。


 大地の言葉にいまいち同意することができない透だったが、それもそうかもしれない、とため息ひとつで切り替える事にした。

 嘆いていても仕方がない。

 そういうもんだと受け取ってしまえば、彼女の悪態(あくたい)も可愛いと思える日が来る……かもしれない。


 それに、と続ける大地の言葉に耳を傾けつつ、達観した気持ちで窓の外に目をやった。



「何より、トオルと黒川の絡みはいつ見ても面白いからもっとやってくれ」


「おいふざけんな」



*****************


 あっという間に時間が過ぎて放課後が訪れる。


 起立、礼。の掛け声とともに生徒たちは学校から解放され、思い思いの放課後を過ごす。

 部活動に勤しむ者、期末試験に向けて早めの試験勉強に励む者、町へくり出し遊びに興じる者。

 自由になったクラスメイトたちは友達と楽しそうに話をしながら教室を出ていく。


 そんな彼らから取り残されるようにして、窓際で話す二人の影。



「お疲れーっす。なあトオル、今日どっか遊びに行かねえ?」


「悪いがパスで。このあとバイトだ」


「えーマジかよ~。勤労少年だなこのヤロー」



 わざとらしく肩を落としてしょぼくれる大地に、それじゃ、と告げて教室を出た。


 階段を下りて正面玄関へと急ぐ。靴を履き替えて昇降口から外に出ると、パラパラと小雨が降り始めていた。



「なんてこった」



 誰に言うでもなく一人(つぶや)く。どうやら今日は厄日のようだ。(あきら)めとともに透は鞄を脇に抱え、バイト先まで走っていった。




****************



「……疲れた」



 バイトが終わった午後9時過ぎ。幸いにも、必死に働いていた数時間のうちに雨は上がっていた。すっかり日が落ちて暗くなった道を、水たまりを避けながらとぼとぼと歩く透。


 過酷な一日の終わりに、もはや夕飯を作る気力も失せたのか、彼の右手には立ち寄ったスーパーで購入した安売りの弁当がぶら下がっている。

 高校一年生になって数か月の彼だったが、その背中には、まるで残業を終えて終電に乗って帰るサラリーマンのような悲壮な影が見て取れた。



 やっとの思いで家にたどり着く。鍵を開けてがらがらと引き戸を開ける。家の中は暗く、透以外の家族は誰もいない。


 よっこいせ、と声を出しながら靴を脱ぎ、居間に入って荷物を下ろした。そのまま電気もつけずにソファーにうつぶせに沈み込み、重たい瞼を閉じる。


 カチ、カチ、と時計の秒針が刻む音。

 物音は遠く、意識が宙に浮いて離れていく。ふわふわ、ふわふわと体が軽くなっていくような感覚。

 ……いっそこのまま寝てしまおうか───。


 そんな彼の事を起こしたのは、携帯のアラームだった。ピピピピ、とあらかじめセットしておいた通知音が鳴る。


 その音で意識が覚醒した。そうだった、と両手をついて体を起こし、電気をつけてキッチンへ向かう。



 鼻歌混じりで調理をこなしていく。ようやく一区切り、というところで居間の時計を確認した。短い針がちょうど10と11の間を指している。時間だ。

 道具を置いて手を洗い、玄関へと向かう。すると、案の定、そこには小さなお客様の影が。



「いらっしゃい」



 戸を開けて、微笑みながら声をかける。

そこには、ちょこん、と小さな黒猫が座っていた。



 美しい黒い毛並み。しなやかな体躯(たいく)と優雅な立ち振る舞いは、彼女が野良猫であることを忘れさせるほどに凛としている。

 金色のつぶらな瞳は出迎えた少年をじっと見つめていて、()めてつかわす、とでも言いたげな(さま)は尊大なお姫様のようだ。


 透はそんな彼女の前に(ひざまず)くと、彼女の汚れた足を拭いてやった。

 タオルを横に置き、そのまま細い体を抱き上げて家の中へと招き入れる。

 黒猫はびくっと恥ずかしそうに体を震わせたが、その後は抗議の声もあげず彼の為すがままになった。



「はい、どうぞ」



 居間に下ろされた彼女の前に差し出される、料理の乗った一枚の皿。

 ミャア、と感謝の言葉を告げて料理をほおばり始める黒猫。その様子を満足げに見つめながら、透もコンビニ弁当に箸をつけた。





 彼と彼女の奇妙な習慣は、一か月ほど前から続いている。


 バイトの帰りの途中、公園で雨に濡れる黒猫に出会ったのが初めての出会い。

 泥水にまみれながらベンチの下で寒さに震える彼女を放ってはおけず、気づけば上着でくるんで連れて帰ってきてしまった。

 そうして家に着き、風呂に入れてタオルできれいに拭いた後、携帯で調べながら手料理を振るってあげたのだ。


 今にして想えば、たかが野良猫一匹にどうしてそこまでしてあげたのかは不思議だが。

 透の優しさに惚れたのか、はたまた振るった手料理が思いのほか好評だったのか。雨に日の一幕以来、彼女は決まって毎週水曜日になると葦崎家を訪れるようになった。

 広い家に一人で暮らしているからだろうか、透もさして拒みもせず。そうして、一人と一匹の不思議な逢引(あいび)きは、誰に知られるでもなく密やかに続けられていたのだ。





「ごちそうさまでした」



 食べ終わった食器を片付け、ソファーに座り込む。

 すると、その膝に黒猫が飛び乗ってきた。前足を舐めながらくつろぐその姿は、まるでここが私の居場所です、とでも言っているかのようだ。



「こいつめ」



 その頭を優しくなでる。実際、彼女とのひとときは荒んだ彼の生活のなかで唯一の楽しみとなって彼を癒してくれていた。





 家族が家を出て行ってから数か月。

 と言っても何か家庭で問題が起きたわけではなく、単純に父の単身赴任に母と妹が着いていったというだけである。

 一人でこの広い家で暮らすと言ったときは、まあそれなりにひと悶着あったわけだが。住み慣れたこの場所を離れることも、家族の言いなりになることも拒んだ透は、結局こうして一人暮らしを満喫している。


 家事全般が億劫になる日がないと言えば噓になるが、あのまま家族についていくよりかはそれなりに自由で満足のいく暮らしを送っていた。ただ、そんな思春期真っ盛りの彼にも、人並みに寂しい夜があるわけで。





 温もりを確かめるように、膝の上に乗った大事な友達の首筋に指を沿わせる。彼女は気持ちよさそうにトロン、とした目つきでこちらに身を寄せてきた。こんな無防備な姿を見せられては、堕ちないという方が無理なこと。



(どこかの誰かさんも、これくらい素直で可愛い一面があればなあ)



 脳裏に浮かぶのはどこぞの女神様の姿。いかんいかん、家に帰って来てまでヤツの事を思い出すとは。せっかくの時間が台無しだ。


 それに、と透は考え直す。いくら学園から女神様だの、慈愛の天使様だの、麗しの(シャイニング)風紀委員(ビューティ)だの言われていようと、透には関係の無いコト。彼にとっての女神(いちばん)は、今ここに座る黒猫なのだ。尊いと想う感情は人それぞれ。自分は自分の、彼らは彼らの大切なものを大事にすればいい。


 そうして、寄り添う温もりを穏やかに見つめながら、柔らかい黒の毛並みを思う存分堪能した。



*************



「またおいで」



 夜も更け、あと数十分で日付が変わろうという時刻。玄関には一匹の黒猫とそれを見送る少年の姿があった。

彼の言葉に答えるように、しっぽを一振り。そうして彼女はいつものごとく、静かに闇の中に消えていった。



「───。……さてと。もう遅いし、さっさと準備して寝ないと」



 そう呟き、自分を叱咤(しった)するように膝を叩いて立ち上がる。

 夢のような時間が終われば、後に残るのはほろ苦い現実。明日も学校が続くのだ。早く寝て、明日に備えるのに越したことはない。


 まずは風呂、それから皿洗い──、と脳内で手順を組み立てつつ、透は廊下へと歩いて行った。




*****************



 時は少し進んで。



 キイ、と扉を開ける音。後ろ手に扉を閉め、部屋に戻った彼女はためらいもなく、ぼすん、と力なくベッドに倒れこむ。

 そのまま数秒間の沈黙。

 と、ふいに投げ出された手足が、わーっとベッドを叩き始めた。



「~~~~~~~~!!!」



 枕で声を押し殺し、ベッドの上でひっそりと暴れる女神様。

 そのままひとしきり暴れると、疲れたのか、こと切れたかのようにぽとりと手足を落とした。



「……なんなのよ、アイツ」



 そうつぶやき、悔しげに顔を上げる美少女、黒川優希。

 彼女はごろん、とあおむけに回転し、先ほどまでの出来事を振り返っていた。



「いつもいつも不躾(ぶしつけ)なのよ。断りもなく乙女の肌に触れるなんて、一体何を考えているのかしら」



 両脇に差し込まれた手のひらの温もりを思い出す。いつものこととは言え、急に触られるこちらの身にもなってほしいものだ。

 恨みがましげに天井を睨みつけ、まるでそこにいる誰かを打ちのめすようにシャドーボクシング。妄想の中で彼の顔をぼこぼこに叩きのめしたところで、まあでも、と考え直す。



「今日の料理の出来はまあまあ良かったし。撫でる手つきもだんだん上手くなってるのよね……」



 優しげに笑う彼の横顔を思い出す。彼女は自分でも気づかないまま、頬を薄い朱色に染めていた。どうやら熱く火照った体はなかなか冷めてくれそうにないらしい。





 ……まあ、ようするに。

 彼女は魔女、というやつであった。

 そして彼、葦崎透の家に毎週通い詰めている黒猫の正体は、他でもない、魔術によって変身した黒川優希その人であった。


 どうしてこうなったかと言うと、話はゴールデンウィークまで(さかのぼ)る。





 ありていに言えば、黒川優希は生粋の魔女の家系。10数代続く魔法使いの血筋の末裔だ。今は世の中から姿を隠して久しい魔法使い達だったが、その血筋は現世にもひっそりと息づいていた。


 そんな彼女は、ゴールデンウィーク中に禁忌を犯した。

慣れない高校での新生活、度重なる試験勉強の疲れ。そういった諸々が作用し、普段から生真面目な彼女に、たまの休みにいけない遊びをしよう、などと思い至らせたのである。


 人前では決して使うなと言われた変身魔術(なお、これを破るのは中学生の頃から数えて実に8回目となる)を用いて黒猫に変身した彼女は、そのまま静かに窓から抜け出し、夜の街へと散策に出かけた。

意気揚々と、それこそ天気予報も見ずに出かけた彼女は、案の定出かけてから数分で雨に降られた。



(どうしよう、変身が解けるまであと一時間はかかるし……。今帰ったら家族にもばれる……)



 公園のベンチの下で震えながら思案する彼女のもとに、その少年は現れた。

 ミャアミャアと必死の抗議の声も聞かず、クラスメイトの少年は自分を家まで連れて帰り、頼んでもいないのに色々と世話を焼いてくれたというわけである。


 初めは怒りと羞恥で、元の身体に戻ったら呪い殺してやる、などと怒り狂う彼女であったが、初めて見るクラスメイトの表情に毒気を抜かれてしまった。



 教室ではいつも眠そうに、何もかも退屈そうに日々を送る彼。そんな彼の優しく慈しむような、それでいてどこか寂しそうな笑顔に、思わず心を奪われてしまったのだ。普段は恥ずかしがって人前に出さない、彼の孤独と穏やかな優しさ。



 それ以来、なんとなく。そう、本当に特別な意味はないわけだが、毎週決まって水曜日になると、彼女は寝静まった我が家を抜けて彼の家に遊びに行くようになった。

 心に芽生えつつある感情にも気付かないまま……。





 とはいえ。初恋の味など知らなかった彼女にとって、今の気持ちが何なのか分かる筈もなく。



「いつもいつもこの私を子猫扱いして。お仕置きが必要ね。明日は必ず、あの済ました顔を涙と鼻水の渦の中に叩き落してやるわ」



 などと、邪悪な笑みを浮かべながら見当違いの方向に報復を誓う黒川優希なのであった。





 これはそんな、不器用な彼と彼女の物語。



ご読了、ありがとうございました。

人生初の小説投稿ですので、至らない点も多々あると思いますが...。

大らかな気持ちで見守っていただけるとありがたいです。


よろしければ、感想などいただけると嬉しいです......。

よろしくお願いいたします<m(__)m>

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