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恋愛体験部-Love Experience Club-  作者: アイル
第1話 部員勧誘
7/13

3

「勉強教えてください」


「そんなことか、全然いいぞ」


 あまりにあっさりとした返しに、俺は顔を上げて芥切を見た。てっきり、”才能はあるが、面倒くさがりで自己中心的タイプ”だと思っていたが、そんなことはなかったらしい。「これから、四年間頑張ってく仲間だしな」などと言っている。これでは、俺がクズ人間みたいではないか。

 ……まあいい。やりたくないことは、やらなければいけなくてもやらないというのが俺の信条なので、この流れはありがたい限りだ。


「俺は自力で何とかなるから問題ない。稲葉さんに教えてあげて欲しいんだ」


 俺は教わるつもりはないので、一応補足を入れておく。

 言ってすぐに、腕にずしりとした重みを感じる。見ると、稲葉さんが俺の腕に全体重をかけながら上目遣いで首をガンガン横に振っている。涙目にすら見えるが、何を伝えたいのだろうか。考えている間に稲葉さんは俺の耳を引っ張って小声で「二人は無理、こわい」と言ってきた。

 なるほど。芥切と二人きりになるのは嫌ということか。まあ、男と二人というのは女性にとっては良くないのかもしれない。だけど、最初の流れでいったら俺と二人になる可能性もあったのだが……と考えて、稲葉さんにとっては俺と二人よりも芥切と二人の方が嫌なのだろうということに気付いた。俺からすれば、芥切はどこにでもいる普通の怠惰な大学生だが、稲葉さんにはヤンキーのように見えているのかもしれない。芥切の見た目にも多少の問題はあるし、稲葉さんが女子高出身で男慣れしていないというのも拍車をかけているのかもしれない。

 しかしそうなると、困るのは俺だ。せっかく芥切という救世主のおかげで立ち去れそうだったのに、これでは芥切が来る前と変わらない状況だ。

 ……仕方ない、諦めよう。

 俺は立ち上がると、芥切に手を差し出す。


「と思ったが、やっぱり俺にも教えてくれ。せっかくだしな。

 よろしく、芥切」


 困っている女性を放っておくのは良くないと、どこかの芸能人が言っていた。(実際逃げ出すつもり満々ではあったが、)まあ、無駄な時間をかけてみるのもまた一興だろう。これから長い付き合いになるわけだし、悪い選択でもない。


「ああ、よろしく」


 それから約一時間、俺たちは芥切に教えてもらいながら試験の復習を行った。芥切はやはり頭が良く、俺のわからないところを全てわかりやすく教えてくれた。頭からすっぽり抜けていた公式や決話しかけてきた女性は、いいなぁなどと言いなまりきった解き方を思い出すことが出来、この一時間で俺は十分に復習をすることが出来た。来週の再試験では、問題なく合格することが出来るだろう。

 問題は、稲葉さんの方だ。公式で解くだけの問題にしても、その公式をどう使っていくのかという所を理解していないため、一から説明していく必要がある。芥切は根気よく丁寧に説明することで、理解を促していたがいかんせん時間がかかりすぎるため、全体の五分の一ほどで一時間が経過してしまった。

 何もなければ、このまま復習を続けていたいところだが、俺たちは昼二の講義が入っている。場所はここなので移動の必要はないが、講義が始まっては当然復習は出来ない。ちらほらと学生が教室に入ってくるのも見受けられる。


「復習してるの?偉いねぇ」


 講義が始まる十分前、半数ほどが集まったところで、稲葉さんに声をかける人がいた。名前はわからないが、今ここにいるということは同級生だろう。


「私たち、バカだから、芥切くんに教えてもらってた」


 緊張しているのか、片言気味に稲葉さんは言った。稲葉さんと同じカテゴリーに属することについてはツッコミを入れたかったが、一旦、放っておく。

 話しかけてきた女性は俺ら三人に向けてぺらぺらと話し始める。私も多分落ちてるんだよね、教えてほしいなぁ。稲葉さん猫目でかわいいね、化粧品なに使ってるの?などと初対面にも関わらず、笑顔で愛想よくコミュニケーションをとってくる。これがいわゆる陽キャというやつだろう。特段大声で話している訳でもないのに、人が集まってくる。

 いつの間にか大人数になった中で、話はどんどん進んでいく。要約すると、さっきの試験に受かっている自信がない人は結構いて、再試験に向けて勉強しようと思っていた。芥切は頭が良い。なら、皆で勉強会を開けばいいじゃないか!という流れになった。勉強会なんて代物は高校までと思っていたが、大学でもあるようだ。芥切は少し渋っていたが、やはり根が良い奴なのか了承し、昼二の講義終了後近くの学習スペースで勉強会を開くことが決まった。

 稲葉さんは終始無言で拳をぎゅっと握っていたが、最初に話しかけてきた陽キャさんと仲良くなったようで、最終的には陽キャさん含む三人グループの中に溶け込んでいた。

 ……うん、まあ結果オーライだろう。俺の影が薄くなってきている感は否めないが、それぞれ落ち着くところに落ち着いたといったところか。陽キャさんグループと稲葉さんが仲良く話している中、いつまでも稲葉さんの隣を占領しているのも申し訳ない気がして、俺はバッグを持って席を立った。試験と違い、講義では席の指定がない。女性は女性同士で仲良くした方が良いだろう。

 と思っていたら、何度目かの腕への重みを感じる。


「なんで逃げるんですか」


 稲葉さんはじろりと俺を睨む。


「気を遣ってあげたんだろ」


「いいから、いてください」


 稲葉さんは立ち上がると、ジャンプして俺の肩を肩下に押し込み着席させる。……何なんだ、一体。

 陽キャさんグループはニヤニヤと俺の方を見てくる。いやいや、そういうのじゃないから。俺もつい一時間前に会ったばかりだから。などと心の中で弁明を図っておく。結局、陽キャさんグループは俺らの後ろに座り、俺らは試験の時と同様に、左から稲葉さん、俺、芥切の順に座ることになった。

 講義開始の一分前、じきにチャイムが鳴ろうかというところで、ビーッビーッという聞きなれない音が聞こえた。最初はチャイムの音かと思ったが、そうではない。耳を澄ますと、俺の右隣、芥切の方から音が聞こえている。芥切の方を見ると、ポケットからスマホを取り出し、音を止めていた。目覚ましでも設定していたのかと思ったのだが、芥切の顔はとても険しかった。


「やられた」


 言って席を立つ芥切に、俺は「どうした?」と問いかける。よくわからないが、何か急を要する事態でも起こったのだろうか。


「……さっきの音は、俺の家に人が入ってきたことを知らせる音だ」


 防犯システム、ということだろうか。しかし、自宅に人が入ってきたからといって、必ずしもまずいこととは限らないだろう。家族が来ているだけなのかもしれないし、そこまで焦る必要性は感じない。


「家族が来てるんじゃないのか?」


「いや、それはない。そもそも俺は家族含め、誰にも合鍵を渡していない」


 ようやく、芥切が焦っていることに合点がいった。合鍵のない状態で家に侵入した人がいる。つまり、十中八九悪意を持ったものの仕業だろう。


「大変じゃないか!家に金目のものは置いてないか?」


「大したものは置いてない。……というか、俺は犯人を知っている。今回で二回目だ。鍵の種類も変えたのに、どうやって入ってきたんだ……」


 ……ん?何だかよくわからなくなってきた。


「侵入した犯人を知ってるのか?」


「……ああ。俺の幼馴染なんだが、俺に好意があるみたいで、それ自体は良いんだが愛情表現が異常というか常軌を逸しているというか。前に侵入したときは、部屋をきれいに整理整頓されてたんだ。……机の上には奥深くに隠していたエロ本が置かれていた。……短髪の子が表紙のものは捨てられていた」


 ぞくりとした寒気を感じた。芥切の幼馴染を見たことはないが、きっと長髪なのだろう。


「ちなみに、さっき来た連絡がこれだ」


 言って、芥切は携帯を見せる。

 ”私も、勉強教えて”たった一文で人はここまで恐怖出来るのか。俺は、歯の震えが止まらなかった。


「というわけで、悪い。家に帰る」


 チャイムが鳴り、講師が教室に入るのと同タイミングで芥切は教室を後にした。

 ……うん……まあ……いろんな人がいるよね……。

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