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恋愛体験部-Love Experience Club-  作者: アイル
第1話 部員勧誘
6/13

2

 部室を出た俺は、携帯を忘れたことに気付き先ほど試験を受けた教室に戻る。時刻は一時前、今ならまだ間に合うはずだ。

 教室に着くと、中はガランとしていて昼一の講義が入っていないことがわかった。安心して、俺が座っていた席へ向かう。その途中、俺の席の横に一人学生がいることに気付く。近づいていくうちにわかる、さっき一緒に試験を受けていた人だ。復習でもしているのだろうか、勉強熱心なことだ。

 などと思いながら俺の席に着く。彼女は、勉強に集中しているのか俺に気付く素振りはない。俺はなるべく音をたてないようにして、机の下から携帯を取り出す。その際に、チラリと彼女の勉強中の用紙が目に入り、

俺は驚いた。

 白紙。先ほどの試験の問題用紙が置かれていたが、白紙でしかも何度も書いては消したような跡が見える。少なくとも最初の方は誰でも解ける問題だったはずだが……。思って、多少の罪悪感を感じながら視線を用紙左上に向ける。

 5x×6=180


「こいつ、バカだ!」


「失礼な!」


 条件反射で声が出てしまった。……いや、あり得ないだろ。答えは30xなのだが、xは消えているし180という答えも意味がわからない。当の彼女は、俺の声に驚いたように両肩を上げた後、こちらを見て口をへの字に曲げた。

 俺よりバカな奴がいて安心した……という気持ちとともに、目の前の彼女がどうやって大学に入ってこれたのかが気になった。北空大学の偏差値は決して高いとは言えないが、仮にも国立大学だ。簡単な計算一つ解けない人が入れるとも思えない。


「お前、どうやってウチに入ったんだ?」


 言うと、彼女はそっぽを向いて、「私、推薦だから……」と罰が悪そうに呟く。推薦ならば納得だ。推薦にもいろいろ種類があるが、指定校推薦という制度を利用すれば多少学力が足りなくても入ることが出来る。

「ちなみにお前、高校は?」「……稲美女子」北空大学と同じ、北空市にある女子高だ。同じ市にあるということは、きっと指定校推薦の対象にもなっているだろう。


「あの!」


「ん?」


 一人頷いていると、彼女はこちらを見ながら立ち上がった。こう見ると、子猫みたいな見た目だ。ふわっとしたボブの髪形、少し釣り目で二重、黒目が大きく鼻と口が小さいせいかより目元が目立つ。何より、身長が小さい。百五十もないのではないだろうか。彼女とは頭一つ分以上の差があって、思わず頭に手を置きたい衝動に駆られた。


「私、稲葉小豆と言うので!」


 お前って言うのはやめてください!と語気を強めて彼女は言った。もしかしたら怒っているのかもしれないが、子供がわがままを言っているようにしか聞こえない。俺も親の気持ちがわかってきたようだ。

 ……というか、試験が終わってから今までの約一時間、稲葉さんはここで復習をしていたのだろうか。それだけの時間をかけて、解いた問題はわずか一問(しかも間違っている)であることを考えると、彼女が試験に合格することは不可能に思えてくる。そもそも卒業できるのかという問いは一旦置いといて、せめてこの試験には合格できるよう手助けしてやりたい気持ちはある。だが、残念ながら俺もバカであり、あまり力にはならない。何より、このレベルのバカには教えるのは手間がかかりすぎてめんどくさい。

 数秒間の考慮の末、俺は笑顔で言う。


「そっか!勉強頑張れよ、じゃあな!」


「ちょっと待ってくださいよぉ!」


 この場を立ち去ろうとしたところで、稲葉さんは俺の腕を掴んで引き留めようとする。全体重をかけてはいるが、非力なため振り払うことも出来るのだが、女性に手荒な真似は出来ないので、仕方なく立ち止まることにする。


「私の問題用紙見ましたよね!?バカすぎてかわいそうって思いましたよね!?だったら、勉強教えてくださいよぉ!」


 もはや涙目の稲葉さんはかわいそうを通り越して不憫にすら思えた。

 ……仕方ない。俺の好感度が下がらない程度に、俺が関わらない方向に話を持っていこう。


「いや、俺も今回の試験落ちてるから、稲葉さんに教えられるほど頭良くないし」


「でも私よりは頭良いですよね?さっき私の問題用紙見た後、鼻で笑ってましたよね?私、横目で見てたんですから!」


「いや、でもさ、俺より出来る人はいっぱいいるから、頭良い友達に教えてもらったほうが良いんじゃない?」


「入学二日目で友達なんて出来てませんよぉ!」


 稲葉さんの声は、教室にこんこんと響いた。教室の外にも聞こえているんじゃないかと心配になったが、覗いてくるような人はいない。

 彼女が俺に必死になってくる理由はわかった。初めての試験で自身の学力との隔たりを知り、次に合格するために復習をするもペンは動かず、友達もいないため助けを求めることも出来ない。そんな時に、同じ学部の生徒が一人で来たものだから呼び止めた、というところか。

 随分とタイミングの悪い時に来てしまったようだ。このままだと、俺は彼女の重りをしなければいけなくなってしまう。俺自身も勉強をしなければいけないし、部長に言われた部員勧誘についても当てがないところである中で、彼女に構っている余裕はない。

 と困っていたところで、教室のドアが勢いよく開かれた。

 起きてそのままといった感じのボサボサの長髪、紺のジャージは毛玉が散見されていて、サンダルのパカッ、パカッという音が教室に響く。その男性は、きょろきょろと辺りを見回して、軽くため息をつくと俺たちのところに寄ってきた。


「俺、経済学部一年の芥切政宗あくぎりまさむねって言うんだけど、数学の試験ってもう終わった?」


 長い前髪は眼にかかるほどで、切れ長な眼はほぼ隠れていて口だけがぱくぱくと動く。芥切……そこで思い当たる。俺の隣で欠席していた奴がいた。俺が出席番号二番であるから、その欠席者は芥切のことだろう。一目見てわかったが、こいつはきっと今さっき起きて慌ててここに来たのだろう。見た目が証明している。


「もう、終わりました……けど」


 おずおずと、稲葉さんが答える。ジャージ姿に長髪の男性は、女性には些かこわく見えるのかもしれない。芥切はため息をつくと、近くにあった稲葉さんの問題用紙を手に取りまじまじと見つめる。一分もないほどの時間、左下から右上に視線を動かした後、「簡単じゃねえか」と言って、用紙を戻した。

 ……簡単?確かに、芥切は言った。嘘をついているようにも思えない。これはもしかして、チャンスなのではないか。上手いこと稲葉さんを芥切に押し付けることが出来れば、俺はこの場を去ることが出来る。

 そうと決まれば、話が早い。


「芥切、俺の名前は新戸道貞あらとみちさだ。お前に一つお願いがあるんだ。聞いてもらえるだろうか?」


「……うん……まあ、聞くのはいいけど、お前のその態勢はなんだ?」


 芥切は表情を引きつらせ、俺を見下ろしていた。俺は両膝をつけ、頭を床に着けた体勢のまま、口を開く。


「精一杯の誠意を見せている」


「お、おう、そうか」


 俺の土下座を見てなのか、芥切の声は少し震えていた。俺の誠意が伝わったのだろう。

 俺は満足し、そのまま話を続ける。

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