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恋愛体験部-Love Experience Club-  作者: アイル
第1話 部員勧誘
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「答案を前に回してください」


 十二時のチャイムが鳴ると、先生は席から立ち淡々と答案用紙を回収していく。


「……えっと、新戸(あらと)くん。そんな泣きそうな顔してもダメだからね」


 懇願する子犬のような上目遣いで媚びてみたが、先生は無慈悲にプリントを持っていく。

 ……終わった。俺は、そのまま机に頭をつけてうなだれる。

 始業式から一日明けた正午。経済学部の俺は、数学のテストを受けた。……というのも、ここ、北空きたそら大学では全学部の学生を対象に高校レベルの数学の試験を課している。そして、厄介なのがこの試験が必修科目になっているという点だ。必修でなければサボっているところだが、必修である以上、合格しなければ卒業することが出来ない。講義もなく試験のみで単位をくれると考えるとお得な気もしてくるが、難易度はかなりのものだ。といってもセンター数学レベルで、少なくとも三か月前の俺ならば合格することが出来ただろう。だが、悲しきかな。人は忘れる生き物であり、合格発表を受けてからの俺はモテるための修練に頭の容量を割きすぎて、高校三年間で詰め込んだ知識はどこかに飛んで行ってしまった。

 結果、今回のような惨事となってしまった。問題用紙は後ろ半分がほとんど白紙(問題が解けていない)となっていて、横には六角の鉛筆がむなしく転がっている。通常、俺はシャーペンを使うので、鉛筆の出番はないのだが、本試験がマーク式だったこともあり鉛筆にも出張ってもらった。その甲斐あって、後半の解答は七、八、九の答えはない。(当然、ゼロやマイナスもない)

 六割以上の正答で合格となっているが、まず受かっていないとみていいだろう。幸いなのは、再試験の数が多いという点だ。四月の間は週に一度再試験を行い、五月からは月に一度となる。何でも、再試験する学生が多くこの単位が取れないが為に卒業できない人もいる為、再試験の頻度を多くしているとのことらしい。多分今回の試験を受けに来ている先輩方もいるのだろう。

 ……まあ、終わったことを気にしても仕方がない。下を見て、自分を勇気づけよう。隣では、試験が終わったにも関わらずペンを持った白紙の問題用紙を放心状態で見ている女もいるし、逆隣に関してはこの試験にすら来ていない。入学二日目にしてサボりとは、中々の強者だ。

 いつの間にか学生もほとんどいなくなっていたので、俺も席を立つ。昼食の時間なので食堂に向かいたいところだが、今日はこれから用事があるので購買でおにぎりと飲み物を買うとすぐにとある場所に向かう。

 A棟の三階、昼時ということもあってか人の通りはほとんどない。出来ればもう来たくはなかったのだが、部長の藤枝ふじえださんから”明日の十二時、部室に集合!来なかったらこの写真を未咲みさきさんに見せる”という連絡とともに、俺が昨日耀ようさんに関節を極められて押さえつけられている(何故か、俺は笑顔)の写真が送られてきた。あの時は痛みで苦悶の表情を浮かべていたはずなのに、うまいこと撮ったものだ。これではまるで、”男に押さえつけられて喜ぶ変態”のように見えてしまう。ただでさえ、俺と百瀬ももせさんの間には越えなければいけない壁(主に性別)があるのに、更に枷を増やす必要はない。

 というわけで、渋々俺は部室のドアをノックし中に入る。

 中では、部長と百瀬さんが楽し気に話している最中だった。百瀬さんは俺に気が付くと、わずかに顔をしかめた。……せっかくの二人きりの時間を邪魔してごめんなさいねぇ、と壁の高さを痛感したところで部長が話を始める。


「二人には、重大なミッションを授けます!」


 そう言って、笑顔になる部長はとてもきれいで、素材の高さが窺えた。毛玉だらけのぶかぶかなパンツに、これまら毛玉だらけのタイトなニット、おまけにつけまつげが片目ずれて福笑い状態になっていたり真っ赤な口紅が唇の外側までつけてあったりしていなければ、きっと俺は惚れていただろう。

 ……というか、百瀬さんは部長に指摘しないのだろうか。服装はともかくとして、つけまつげとかは指摘しやすい気もするが。そう思って百瀬さんの方を見ると、真っすぐに部長の方を見て何度も頷いていた。なるほど、恋は盲目ってことですね。

 諦めて部長の続きを待つ。部長は笑顔のまま、机にバンッと手を置く。


「新入部員を確保してきてください!」


 言われて、俺は露骨に顔をしかめた。何となく勘づいてはいたが、新入部員は今のところ俺と百瀬さんの二人だけのようだ。まあこんな得体のしれないサークルに入ろうと思うもの好きはそうそういないだろう。

 俺は一つ疑問に思い、口を開く。


「LECって、そんなに部員いないですよね?二人でも十分なんじゃないですか?」


 俺が知っているLECの先輩は、部長、耀さん、麻畠あさばたけさんの三人だ。もし部員がその三人だけだとしたら、学年の平均ぐらいはいるわけでわざわざ頑張る必要はないはずだ。

 しかし、部長は「そんなことないよ」と言う。


「もっとたくさんいるよ。三、四十人はいるんじゃないかな」


「えっ!マジですか!?」


 俺は驚いて声を上げた。

 そんなにいるのか、えっ、本当に?この大学バカばっかりなんじゃないの?とは思うが、そう考えると確かに新入部員が二人というのは少なく感じる。

 かといって、部員の勧誘なんて面倒くさいことはしたくない。まだ友達も出来ていない段階では誘う相手もいないし、誘ったところでLECに入ろうと思う人がいるとは思えない。


「道貞は拒否権ないからね」


「えっ、なんでですか!」


「……昨日送った写真」


 部長の言葉にのどが詰まる。何とかハラスメントで訴えてやりたいところだが、昨日の俺の行動から鑑みるに負けるのはこちらであることはわかりきっているので、仕方なく従うことにする。覚えてろよクソダサ美少女め。


「未咲、お願いしてもいい?」


「は、はい。任せてください!」


 百瀬さんは眼をキラキラさせて頷いている。好きな人からの頼まれごとはさぞ嬉しいことだろう。

 ……一応俺、百瀬さんとの関係を築くためにここ入ったんだよな。百瀬さんの視界に俺が欠片も写っていないようなんだが……。

 などと思うところはあったが、反論したところでどうにかなるわけではないので了承の意を示して、部室を後にする。


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