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恋愛体験部-Love Experience Club-  作者: アイル
プロローグ
3/13

3

と、その時、ガチャりとドアが開き人が入ってくる。

 デニムのショートパンツからのぞく健康的な美脚、黒Tシャツの胸元にはサングラスがかけられており、首元は少し緩く映る。肩から下げられた高級感のある白のレザーバッグ、手首に付けられたブレスレットもセンスが良い。肩甲骨ほどまで伸びた茶髪はきれいに透き通っていて、少し派手目な化粧とも相性が良い。

 何が言いたいかというと、俺の思い描いていたイケてる女子大生が来た!ということだ。


「ちわー。……あれ、部長そいつなに?」


 気怠そうに入ってきた女性は、特に興味もない感じで問いかける。そいつ呼ばわりとは何事だ!と言いたいところではあるが、美人相手だとどうにも気がそがれてしまう。……イケイケの女性ってちょっと怖いよね。


「ちょうどいいところに!この子、道貞って名前なんだけど、新入部員候補でね。ウチの活動を体験したいって言ってるの。だからさ、風子(ふうこ)手伝ってくれない?」


「えーっ、めんどくさいぃ」


「駅前のタピオカドリンク奢るから」


「やるわ」


 風子と呼ばれていた女性は、めんどくさそうにしながらも肯定の意を示した。……というか、クソダサ美少女は部長だったのか。

 部長は俺の後ろに回ると、縄をほどいてくれた。早速逃げ出そうかとも思ったが耀さんを突破してドアに向かうことは不可能に思えたし、ここは三階であるため窓から飛び降りるわけにもいかない。何より、風子さんとお近づきになりたいという思いが今の俺の心中を支配していた。

 風子さんは俺のもとに寄ってくると、「教育学部二年、麻畠風子あさばたけふうこ。よろしく、道貞」と言って握手を求めてきた。俺はどもりながら返事をすると、手汗を拭うため腰に何度もこ擦り合わせた後、手を握る。

 女性の手を触るのは去年の夏以来だ。高校三年の夏、文化祭のキャンプファイヤーでフォークダンスをする時に男性が内側、女性が外側に火を取り囲むように円状について男子は時計回りで順々に女性と踊っていくというものだった。俺はとても楽しみにしていたのだが、いかんせん、俺の横が学年一のイケメンだったせいで、俺と踊る女性は皆次の順番を待ちわびていて俺の方を見ようともしない。力を入れず、添えるようにつながれた手はとても虚しかった。

 閑話休題、風子さんを見て一つ思うことがある。それは、この人も部員なのかという点だ。クソダサ美少女の部長と違ってファッションセンスも申し分なく、顔は少しきつめな印象もあるが確実に人気が出る造形をしている。少なくとも、恋愛が不得手なようには見えない。


「あの、風子さんってLECの部員なんですか?」


「そうだけど、なに?」


「いえ、その、あまりここの部員ぽくないなぁと思いまして」


「えっ……あぁ、そういうことね」


 少しの間をおいて、風子さんは納得したような返事をすると、ニヤッと口角をあげた。そして、俺の近くによると耳元で言葉を発す。


「安心していいよ。私、処女だから」


 妖艶な響きをともなった言葉は、右耳から血液をめぐり左耳から出ていく……ところを寸手で止めてもう一度脳内に戻す。色々言いたいことはあるが、今最も伝えるべき言葉をチョイスする。


「いや、そこまで言わなくていいんですよ!」


「ははっ、悪いね」


 言って風子さんは耳元から顔を離す。俺は上がった体温を鎮めるため、大きく深呼吸をする。

 ……まあ、なんだ。詳しいことはわからないが、風子さんにも何か事情があるのだろう。もっと掘り下げたい気持ちはあるが、今は後回しだ。……上がった心拍数が一向に戻らないのは、気のせいだろう。


「じゃあまずは、"彼女にしたいと思っている女性とデート"っていうシチュエーションでいこう!駅前待ち合わせという体で、女性役は風子お願いね。道貞は頑張ってエスコートしてみて」


 言うと、部長と風子さんは慣れた様子でテーブルを入り口側に寄せた。座っていた耀さんはいつの間にか席を立たされ、隅っこで立ったまま本を読んでいる。

 窓側にはぽっかりとスペースが出来ている。風子さんは、バッグを肩にかけると窓の前に立ち、携帯をいじりながら時折時計を気にするような仕草を見せる。少しして、俺は気づく。もう、風子さんとのデートは始まっているのだ。ここはLECの部室ではなく、駅前。耳を澄ませば、人々の喧騒の音が聞こえてくるようだ。

 ……そうか、俺は今日初デートをするのか。そう考えると、とても感慨深い。十八年間夢見ていたことが叶うのだから、こんなに嬉しいことはない。今の俺には、ニヤニヤしながらこっちを見る部長も、全く興味を示さない耀さんも視界に入らない。

 風子さん、今、行きます……!

 俺は意気揚々と風子さんのもとに近づくと、片膝をつけ手を差し出す。


「待たせたね、愛しのマイハニー」


「ストーップ!!」


 部長は大声を上げて風子さんとの間に割って入ってくる。せっかくの二人きりの時間を邪魔された俺は、不快感を言葉に出す。


「なんですか、部長」


「なんですか……じゃないでしょ!!あまりの恥ずかしさに鳥肌立ちっぱなしよ!」


「なにが恥ずかしいんですか。俺が見た漫画ではこうすると、ヒロインが胸キュンしてましたよ」


「……ちなみにそれ、時代は?」


「中世ヨーロッパです」


「やっぱり!!」


 部長は大声を上げると、頭を抱えていた。

 ……何が悪いのだろうか。俺自身の独断ではなく、バイブル(漫画)を参考にしているのだから変なところはないはずなのだが。風子さんも「マジウケる。三周ぐらい回ればありかもね」などと謎のフォロー(?)を入れてくる。


「とにかく、さっきの中世風の挨拶はなし!もっと普通にやって」


「普通って……個性無いじゃないですか」


「そんなとこで個性出さなくていいの!」


 仕切り直しで、皆先ほどの位置につく。部長がアクション、と言って両腕を縦に交差させる。別にドラマを撮っている訳ではないのだけど……と心の中で呟きながら俺は風子さんに近づく。


「遅くなって、ごめんね。待った?」


「いや、今来たとこ」


 どうやら今の対話は及第点だったようだ。部長に止められることはなかった。

 さて、ここからどうするかなのだが、俺が見たファッション誌では"まず最初に相手の外見を褒めること"と書いてあった。実際、褒められて嬉しくない女性はいないだろう。ただ、褒めるにしても顔や身体などあまりに直接的すぎる手段はウザがられるかもしれない。まだ彼氏彼女でもない関係であることを考慮すると、服装あたりを褒めておく方が無難か。


「今日の服装、すごい似合っているよ」


 後ろからおーっ、という感嘆の声が聞こえる。見たか部長、これが俺の勉強の成果だ。

 心の中で威張り散らしながらも、何でもない風に風子さんを見る。


「あっ、そういうのいいから」


 ピキッ、とひびが入る音がした。そんな足蹴にされてしまうとは。というか、ずっと携帯をいじっていてこちらを見てもくれないんですが、リアルの恋愛はこんなに厳しいものなのか。

 ……いや、こんなことでへこたれていては、童貞をするという俺の夢は叶わないままだ。ぐっと堪えて、話を進めることにする。


「ど、どこ行こうか。まずは映画でも見て、その後は近くにパスタが美味しいお店があるから昼食はそこで取ろうかと思っているんだけど」


 我ながらかなり無難なチョイスだ。話が弾まなくても何とかなる映画館、ファストフードやファミレスではなくデートで行っても相手に嫌がられにくいイタリアン。無難すぎるが、ゆえに風子さんも不満はないだろう。

 そう思いながら、風子さんを見ると彼女は露骨に不満そうな顔をしていた。


「全然ダメ。……今日行くところは私が決めてるから」

 まず、新しい服が欲しいからサンローランとバレンシアガに寄って。お昼はフレンチのコース料理が食べられるお店があるから。安心して、お役はもう取ってある。午後からは髪を染め直したいのと、ネイルもやりたいしマッサージもしてもらいたいから、ご飯を食べたらお別れね。当たり前だけど、お金は道貞負担ね。そうね、十万もあれば午後からの活動は足りると思うわ」


 風子さんはそこまで一息に言ったあと、一呼吸おいて言葉を付け加える。


「あ、あと、デート代でプラス5万ね」


「パパ活か!」


 俺は出しうる最大音量で、風子さんにツッコむ。風子さんは不思議そうにこちらを見る。俺は縋る思いで部長に顔を向ける。


「おかしいですよねえ!?俺、悪くないですよねえ!?」


 部長は困った様子で、目を泳がせながらも俺のもとに来ると、肩に手を置いた。


「……世の中には色んな女性がいるから、今後もウチで練習した方が良いね」


 ダメだ。何かそれっぽこと言っているようで、大したこと言ってないやつだ。

 俺は諦めて、風子さんに問いかける


「……風子さん、好きな男性のタイプは?」


「財力があって、たくさんお金をくれる人」


「風子さんにとって、男とは?」


「金づる」


 俺は頭を抱えた。

 完っ全に地雷女じゃないか!見た目の綺麗さに騙された。出会い方が違えば、告白して借金まみれになっていたかもしれない。

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