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恋愛体験部-Love Experience Club-  作者: アイル
第2話 歓迎会
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2

『それじゃあ、しゅっぱーつ!』


 七人乗りの車に乗った俺たち一年生組は、レンタカー屋を出てビーチの方へ向かう。時間にして、約一時間。陽が沈む前には着くことが出来るだろう。

 ちなみに、車は俺が運転している。運転できるのが俺と稲葉さんしかいなく、ジャンケンの結果行きは俺、帰りは稲葉さんとなった。席順は、助手席に芥切、二段目に百瀬さんと稲葉さん、最後列に柳さんとなっている。


「私たち、何の準備もしてないけど、良かったのかな」


「まあ俺たちの歓迎会だしな。部長も気にしないで良いって言ってたし、いいんだろ」


 心配そうな百瀬さんに対して、芥切はぶっきらぼうに返す。

 「準備は私たちでやるから、君たちはお泊りセットだけ持ってきて」というメッセージが三日前に部長から届いた。準備も含めて先輩方がやってくれるらしく、俺たちが着く頃には飲み会が始められるようになっている。


「厚意はありがたく受け取りましょ。そんなことより……」


 柳さんは言うと、稲葉さんに後ろから抱きつく。


「小豆ちゃん。私、可愛い子には目がないの。はぁぁ。お肌ぷにぷに。髪の毛さらさら。もう……ほんと、最高」


 ミラー越しでしか見えないが、稲葉さんはされるがままに至るところを触られまくっている。端から見ると女の子同士のじゃれ合いにしか見えないが、柳さんはオカマな訳で、そうなると……うん……いいものなのだろうか。

 ただ稲葉さんはあまり嫌そうには見えない。むしろ頬を赤らめて、嬉し気にすら見える。どうやらアリのようだ。だとしたら、俺も……?

 天才的な閃きが頭をよぎったが、考え方が人として底辺すぎる気がしたのですぐに消去する。危ない、危ない。俺だって最低限の倫理観は持っているさ。


「柳は性別的には男になるが、稲葉は嫌そうにしないんだな」


 俺が気を遣って聞かなかったことを聞いてくれる芥切。稲葉さんは「えへぇとれすねえ」と、頬をぐにぐにされているせいかよくわからない言葉を言うと、優しく柳さんの両手を掴んで頬から離す。柳さんは不満気に口を尖らせると、今度は二の腕や肩を揉み始めた。何とも羨ましい。俺の両腕はハンドルを握るためにあるわけではないのに……。


「なんと言うんでしょうか。下心を感じないというか……不快にはならないんですよね」


「そういうもんか」


 下心がない、本当にそうだろうか。少なくともミラー越しに稲葉さんの二の腕を触っている柳さんは、めちゃくちゃだらしない顔をしているのだが。

 もしかして、柳さんがオカマだからではなく、稲葉さんに危機感みたいなものが欠けているのではないだろうか。確か、稲葉さんは女子高出身のはず。ということは、あまり男性と関わる機会も少なかっただろう。女性同士はボディタッチが多い、と俺が見たファッション雑誌には書いてあったし、漫画では大体更衣室や温泉でおっぱいを触り合ったりしていた。

 そんな環境で育ったせいで、触られることに慣れてしまっている可能性がある。これは、一大事だ。今後男性と関わる中で、下半身で生きているような男が稲葉さんに近づいてくるかもしれない。「拒否られないから何でもやっちゃえ」となって、稲葉さんが汚されるのは友達として阻止してあげたい。

 ならば、優しく諭してあげよう。それが、友達というものだ。


「稲葉さん、それは危機感が足りないのかもしれない。もし、男が近づいてきたらちゃんと拒否できる?」


「多分出来ると思いますけど……そういう機会がなかったのでわからないですね」


「うんうん、そうでしょ。だったらさ、練習してみようよ。今から芥切が気持ち悪い感じで稲葉さんに近づくから拒否してみて」


「おい、ちょっと待て」


 急な振りに驚いたのか、こちらを睨みつけてくる芥切。何か気に障ることを言っただろうか。よくわからないので、てきとうに弁明をしておく。


「ほら、俺、運転中だし。そうだなあ、息荒めで、一人称は拙者、語尾はござるでやってくれる?」


「なんで俺がブサイクハゲデブオタクの役をやらなきゃいけないんだよ!」


 そこまでは言っていないのだが、芥切の中ではもうイメージが出来上がっているようだ。きっと、素晴らしい演技を披露してくれることだろう。

 戸惑っている稲葉さんをよそに俺は話を進める。


「これも友達を想ってのことさ。なあ、頼むよ」


「俺は友達じゃないのか……」


 などと言いながらも、芥切は大きく深呼吸をすると、振り向いて稲葉さんに迫っていく。……こいつ、なんだかんだノリが良くて助かる。俺なら絶対やらない。

 ブタのような鼻息、デュフ、デュフという謎の効果音を出しながら迫ってくる芥切に稲葉さんの表情はみるみる曇っていく。


「せ、せ、拙者、小豆氏のおっぱいが触りたいでござるぅ!!」


「きゃああああっ!!」


 バチン、という乾いた音が車内に響く。結構いい音だ。本当に嫌だったんだろうな。

 左頬を赤くした芥切は俯いて、ゆっくりと元の場所に戻る。「ほんとに気持ち悪いです……」という小声が後ろから聞こえてきた。ちゃんと危機感を持っていたようで良かった。


「いやあ、ごめんね。気持ち悪かったでしょ?でも、危機感を持っているようで良かった。これで、変な男に引っかかる心配はないね」


「お前が運転してなかったら、顔面に二、三発入れてるところだ」


 いつもよりも低い声で呟く芥切は怖かったが、少なくともあと三十分ほどは安全が確保されている。別荘に着く頃には忘れているはずだ。

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