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「飲め!脱げ!歌え!」
たちこめるアルコールの臭い、耳をつんざくほどの笑い声と叫び声、そして肌色の人たち。
一杯、濁った水を飲んで考える。なんだ、この状況は。おかしい、だがどうしてか、頭が回らない。俺はもう一杯、茶色の水を飲む。
ダメだ、何も考えられない。そもそも、ここはどこだ?
「道貞ぁ!あんたのタコさんウィンナー見せてみなぁ!」
部長にパンツを剥ぎ取られ生まれたままの姿になる俺。
ああ、わかった。
ここが、地獄か。
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「歓迎会、ですか?」
稲葉さんの言葉に部長は「そう!」と笑顔で言った。
歓迎会……ねえ。もちろんしていただくのはありがたいことだが、その前に俺としては何点か確認したいことがあった。
まず一つ目、四月も下旬に差し掛かろうかというところなのに、サークルとしての活動を一切やっていない。というかそもそもLECの活動とは何なのだろうか。”恋愛経験を積んで、彼氏・彼女を作れるようになろう”という趣旨のサークルであることは理解しているが、じゃあどんなことをすればいいのか、と言われるといまいちピンとこない。最初に部室に突入した時に麻畠さんとやったのはあくまでごっこ遊び。だとしたら、合コンをしたり部員同士でデートの模擬演習をしたりするものなのか。ただ少なくとも現時点では、部室に来てお喋りしているだけだ。
次に、部員についてだ。部長はかなりの人数がいると言っていたが、俺は先輩で知っているのは部長、耀さん、麻畠さんの三人だけだ。度々、部室に来ることはあるがその三人以外の人を見たことがない。
「俺たちまだLECとしての活動を何一つやってないんですけど。あと、他の部員の人たちにもまだお会いしてないですし」
俺が訝しげに言うと、部長はわざとらしく顔の前で人差し指を横に振った。
「違うよ、道貞。歓迎会が君たちのLECでの最初の活動なんだよ。飲み会における先輩との交流、そこでの立ち居振る舞いは大事だからね。お酒飲んだら残念な人、って思われたくないでしょ?
あとね、他の部員はわざと呼んでないの。お互い初対面の方が良い練習になるかなと思って」
部長の言葉に百瀬さんは眼をキラキラさせて頷いていた。いや、そんなに素晴らしいこと言っている訳ではないと思うんだけど……。
だが、部長の言わんとしていることもわかる。大学生と高校生までの一番大きな違いは、飲み会の有無であろう。俺が読んでいた雑誌では、で世の大学生は毎日のように飲み会を行っているらしい。つまり飲み会、女性と関わることが多い機会の一つなのだ。そこでスマートに振舞うことが出来ればモテること間違いなしだし、なんならそのままいけるところまでいっちゃうことも出来るかもしれない。
「やるにしても、場所はどこにする?俺たちで決めたほうがいいのか?」
言って、芥切は長く伸びた前髪を鬱陶しそうに払う。
芥切は先輩に対して敬語を使わない。「先に生まれただけの人に敬う意味がわからない」というのが芥切の自論で、まあわからないでもないし相手が怒ってこなければ良いとも思う。少なくとも、部長や耀さんは気にしている様子はないので、俺も特段ツッコミはしない。
「君たち一年のための歓迎会だからね。そのへんは気にしなくていいよ。それに、場所はもう決めてあるんだ」
「どこですか?」
部長のことを見上げて言う稲葉さん。……首が疲れそうだな。
「北空市のビーチの近くに父の別荘があるから、そこでやるつもり。広いし貸し切りだから気兼ねなく出来るしね」
「別荘ですか。すごいですね!」
胸の前で腕を組み可愛く首を傾けて言うのは柳さん。わずかに膨らんだ胸に何が詰め込まれているかは、聞かないほうが身のためだろう。
それにしても、別荘とは。部長の家はお金持ちだったのか。きっと、甘やかされて育ってきたはずだ。全てを肯定されて、私の行うことは全て正しい!と思って育った結果が今なのだろう。ジェラートピケで買ったとしか思えないふわふわのパジャマは、部屋着としては申し分ないが大学へ着ていくものとしては最悪だ。
俺が憐みの目線を向けていることにも気付かず、部長は話を続ける。
「そんなわけで、来週末にでもやろうかと考えているから、予定空けといてね」
その後、講義までの時間、てきとうに世間話をして俺らは解散した。
芥切の「どうやって、あいつを撒こうか」という独り言は相変わらず恐ろしかったが、最近では慣れてきたものだ。あいつ、というのは芥切の幼馴染の女性で俺も顔を見たことはないが、どうやら少しヤンデレ気味らしい。この前も、何も教えていないのに芥切の通帳に十万円が振り込まれていて、”愛の印”というメッセージが届いていたという話を聞いた。……愛されてて、羨ましいなあ。
講義が終わり、家に帰ろうと教室を後にすると、たまたま耀さんに出会った。
歓迎会の話をすると、耀さんは青ざめた顔で「俺は絶対行かない」と言った。尋常でない様子だったので、理由を聞くと耀さんは身体を震わして口を開いた。
「いいか。宅飲みに必要なのは、ポジションと酒に負けないことだ」
わかったな、そう言って耀さんは足早に歩いて行った。
……ん?楽しい飲み会だと思っていたのだが、違うのだろうか。
耀さんの変わりように不信感を抱きつつ、だがしかし、この時の俺は大したことと思っていなかった。