プロローグ 旅をしませんか?②
今週も日曜がやってきた。
世間は三連休らしいが、俺は生憎日曜だけが休日だ。
その唯一の休日も最近の激務で消耗してしまったせいか、寝て過ごしてしまって既に夜だ。
夢を見た。昔の夢だ。先週、思い出に浸っていて途中で中断したのを夢で見せられた。
1年の二学期の途中だったな……あれから、辞めていった男子組と女子組の何人かが付き合ってるという噂を聞いた。
しかし、まあ俺には既に関係無い話なのでつつがなく二学期と三学期を過ごした。
2月あたりになってからMはhideにはまったらしくhide love♡とデカデカと書いた通学鞄を肩に提げて、制服のスカートもウエストの部分を折って短くして髪も染めたので、生活指導の先生に説教されたという話を聞いて俺はゲラゲラ笑っていた。
陸上部の方は、冬になると基礎トレーニングに重きを置いた練習メニューが増えていった。
鉄棒から始まり、詳細は忘れてしまったがメディシンボールを使った練習やらバスケ部に混ざって一緒にバスケをやるなどして、最早何の部活だったか忘れてしまう程度には陸上部っぽい事から離れていった。
まぁ、二人だと出来ることに限界があるし、俺のモチベーションがあまり高くないのを顧問も分かっていたのだろう。
ただただ走るだけの練習より、俺もこういう練習の方が楽しかった。
1年の終わり、辞めた奴らが補導されたと噂に聞いた。男子組女子組両方だ。
詳細は分からないが、俺にとっては遠い世界の出来事のようで、その時は深く考える事はしなかったのだが……
2年になって辞めて補導された奴らが陸上部に強制的に再入部させられる事になった。
ついでに顧問も増えた。強面の体育教官と生活指導の先生だった。
いや、これどう考えても不良の矯正施設的なやつやん。ってツッコミたかったが、まぁメンバーも増えたし俺はそろそろ辞めようと思い退部届を提出したら、体育教官に全力で引き留められて渋々そのまま在籍することになってしまった。
そういや新一年生は結局誰も入ってこなかったな……不良の矯正施設やし当然といえば当然なんだけども。
出戻って来た奴らは毎日真面目に練習に来るし、思ったより不良っぽくはなってなかった。たまにおふざけが過ぎて体育教官から殴る蹴るの体罰があったくらいで。
ただ、やはり煙草を吸ってるせいで体力が無くなってしまったのか長距離を走る練習はせずに、砲丸投げや走り幅跳び、ハイジャンプの練習を主にしていた。
Mはそのまま100メートル走の練習、俺もその練習に付き添う形で100メートル走の練習をする事になった。
ちなみにMには本気の勝負で一度も勝てたことは無い。体格的に1年の一学期と比べて差はついて来たにも関わらず、だ。
細かな数字は最早記憶していないが、2年の時点で14秒中盤だったと思う。
一年間練習してそれかよ、と思われるかもしれないが、大所帯の強豪校みたいにライバルと切磋琢磨みたいなのが無い訳で……
俺ではMのライバルにはなれそうに無いし、生憎俺はモチベーションが低いのだ。
5月の初め、hideが急逝したと報道された。
Mは今どんな顔をしてるのか少しだけ気になったが生憎GW中で、部活も無いし会う約束もしていない。
家に行っても良かったが、どう声をかけたら良いか分からないし、他の誰かが慰めてくれるんだろうとも思った。
GWが明けてMは何事も無かったかのように登校してきた。
やはり俺はhideの件について何て言ったら良いのか分からず、それについて言及するのは避けた。
彼女自身、それほどダメージを負ってるようには見えなかったというのもあるが。
そんなこんなでやってきました、夏のブロック大会。
大阪市のブロックは長居競技場が会場だ。
普段の記録会だとショボイ方の長居第二競技場が会場なのだが、ブロック大会は今ではヤンマースタジアム長居と命名されている方の大きな会場だ(俺の記憶が正しければ)
ちなみに、陸上競技の大会で芝生に入ったら怒られるので入らないようにしような!(芝生に入って怒られた記憶がある)
俺の結果はあっけなく予選敗退だが、なんとMは決勝まで残り、決勝で3位以内だったら府の大会に出場できる(俺の記憶が正しければ)。
府大会を勝ち進んだら全国大会なのか、その前に近畿大会があるのか、雲の上過ぎてよく分かって無いのだが。
これとは別に通信陸上という別の主催者による大会があるが、出場権を獲得するためには標準記録を突破する必要があるので(俺の記憶が正しければ)、もっとよく分からない。
話が脱線したが、結局Mは決勝で3位以内に入る事が出来ず、俺たちの2年の夏は終わった。
二学期に入ってから、補導されて陸上部に強制再入部させられていた奴らが、夏休み中も真面目に練習に来てた事で、一応それなりに反省したという事で体育教官と生活指導の先生が顧問から外れた。
強制再入部だった訳だし、また全員辞めるんだろうな……と思っていたが、Mと仲の良かった女子組と砲丸投げをやっていたTは、前回の大会で中々の応えを感じてたらしくそのまま残ることになった。
そんなこんなで3年の春、MとTが付き合いだしたと本人達から聞かされた。
俺は平静を装って言祝いだが、Mの事が好きだったのかもしれないなと後になってぼんやり思ったが後の祭りだ。
部活の方は新一年生が何人か入ってきて(何人だったか憶えてない)、短距離志望の1年生も何人かいたので、俺は伸び悩んでいた短距離から長距離に転向した。
Mと気まずくなったとかでは無いが、好きになったと自覚するのが嫌で、あまり顔を合わせたく無かったというのもあるが……
夏が来て、我々3年生最後の試合の前日の練習の後、Mから100メートルで一本、勝負してくれないかと持ちかけられた。
断る理由は無かったが、長距離に転向した俺と今更勝負になるのかと言ったが、ただ純粋に俺と勝負がしたいという主旨の言葉を話していた(俺の記憶が正しければ)。
トンボがかけられ、整備された後の無人のグラウンドに再びスターティングブロックを設置して、白線を引くのが面倒だったのでカラーコーンで代用したゴールライン。
そして、Mのよーいドンの掛け声で始まった100メートル走。
始まってからすぐに異変に気づいた。
いつも追いかけていたMの背中が俺の前にいない。
Mは全速力で走ってると思われるが、俺と横並びだった。
そういえばMってこんなに小さな身体だったか?
1年の頃は同じくらいの背丈だった。
今では俺は180センチ近くまで伸びたが、Mはあの頃とあまり変わっていない。
そんな事を考えていたら、あっという間にゴールしていた。
俺の勝利だった。
Mは次の日、試合に来なかった。
夏休みが明けてからもMと学校で話す機会は無いまま卒業式になり、お互いの進学先も知らないまま高校生になった。
高校生になり、俺はバイトしてパソコンを買ってクラスメイト達とエロゲを共同購入して家でシコシコと遊ぶオタクになっていた。
そんなオタクになった高二の夏休み、唐突にMはバイクに跨って俺の家にやってきた。
Mはオタクの俺とは対照的に、日焼けしてピアスなんかもしてヤンキー的な雰囲気を醸し出していた。
そしてMは唐突に
「海に行かん?泊まりがけで」
と、誘ってきた。
「今から?」
「うん、どうせ暇やろ?」
「暇は暇やけど……」
「よし、じゃあ行こう」
唐突に2人旅が始まった。
急いで泊まりで海に行く準備をして、近所のホームセンターでヘルメットを購入してMの後ろに跨った。
俺は免許なんて持ってないのでMが1人で運転する事になる。
Mの腰の辺りに手を回すか、肩を掴むか悩んだが、シートの部分に持ち手がある事に気が付きそちらを掴む事にした……が、走り出してから安定感が無い事に気づいて慌てて肩を掴んだ。柔らかかった。
走行中、Mに何か話しかけても俺の声はよく聞こえないらしく会話は諦めた。
風を切ってバイクを走ってると最高に青春してるって感じだったが、前がMで後ろが俺だとあんまり様にならないなぁ、という他愛のない話をしたかっただけだ。
行先はよく分かってないが、大和川を渡っている事から和歌山方面に向かっている事が分かった。
半日くらいバイクを走らせていたらどうやら目的地に着いたらしい。
和歌山南部の、とあるビーチからほど近いロッジだった。
Mの親のツテで格安で借りれる事になったそうだ。
ロッジの中に入ると異変に気がついた。部屋が1つしか無い……後はキッチンとトイレとシャワー室だ。
「なあ……M……何で……」
俺はもっと慎重に検討するべきなのでは無かったのか?
俺はこの旅の行先も告げられずにここへやって来たのだ。俺とMが同室という事ももちろん聞いていない。
「何で?」
「や、なんでもない。何年か前にTと付き合ってるって噂になってたけど、まだ付き合ってるん?」
最低限これだけ聞いておこうと思った。返答次第では電車で帰る事になるかもしれない。
とは言え、駅までどれだけかかるのか、何時間電車に乗れば帰れるのか見当もつかないが。
「Tとは卒業式の時に別れたけど」
俺は安堵した。帰ることにならなくて安堵したのと、Tと別れていた事の両方に、だ。
そんな訳で、俺たちはロッジに荷物を置いて買い出しに行って、俺が作った夕飯を二人で食べて、Mはバイクの運転で疲れたのかすぐに眠ってしまった。
何かあるのか少しでも期待してしまった俺が恥ずかしい。
でも、Mの寝息を隣で聞きながら眠るのは心地が良かった。
次の日は海で遊んだ。あまり有名なビーチでは無いらしく、人もまばらだった。
ビキニ姿のMは眩しかったが、それよりも海パン姿の身体がほっそりとして目がクリっとしていた男子小学生に目を奪われたのは墓まで持っていかねばならない秘密だ。
Mは空気を入れるタイプのボート的なやつ(名称不明)を持ってきたらしく、二人で空気を入れてプカプカと海を浮かんでいた。
特に珍しい事とか面白い事があった訳では無いが、ぼんやりと他愛も無い会話をしながらプカプカ浮かんでいるのもたまには悪くないかな……と、そんな事を思っていた。
一泊だけだと思っていたこの旅行が、実は二泊だと知ったのはその日の夕方になってからだった。その日も俺が夕飯を作り、2人で食べながら何か雑談をして、明日はバイクの運転もあるしさっさと寝てしまおうと布団を敷いたら何故か俺の布団にMが潜り込んで来た。
その後の事は詳しく思い出せない。思い返して後の人生の慰めにしたくないという意地もある。
次の日はMが運転するバイクの後ろに跨って帰るだけだ。特に面白い事は無い。
特にオチも無く、2人旅は終了した。
あれからMには会ってない。人づてで聞いた話だと広島の大学に行ったようだ。
あの時使ったヘルメットは引越しをする時に処分した。
以上、回想終了。
さて、ここで俺の思考を読んでいるそこの貴方に告げておかねばならない事がある。
(筆者注:吉川翔平は誰かが常に自分の思考を監視していると思い込む事で妄想癖を抑制しようとしている節がある)
この回想はこれまでの俺の人生経験を包丁で細切れにして、妄想というスパイスと共にミキサーにかけ、ハンバーグにしてフライパンで焼いた後、仕上げに創作というソースをかけたものだ。
美味しく召し上がって頂けたのなら幸いだ。
とはいえ、若かれし頃に誰かと一緒に旅をしたというのは事実であり、その経験からか休日や金銭面での条件が整えば発作的に旅がしたくなるし、実際にその発作の赴くままにあてどない旅を幾度と無くしてきた。
そして、今もこの発作に抗おうとして小説なぞを書こうと思っていたのだ。
なぜ小説を書く事が旅をしたという発作に抗う事に繋がるのかというと……
何となく、白い画面に向き合って文字を入力していく行為と原野を切り開いて旅をするイメージが自分の中に重なっただけに過ぎないのだが……
とは言え、一口に旅と言っても原野を切り開いて自分で道を作るような旅は今は昔。
現代では道や鉄道、空港が整備され、至る所に宿泊施設がある。
面倒なら旅行代理店にお金を払えば交通手段と宿泊施設の切符やバウチャー、旅の注意事項が書かれた書類を封筒に詰めて自宅に送ってくれ、簡単に旅行ができる。
小説も同様に、ジャンルが整備され、展開の運び方や文章にまつわる細かな流儀。
更に異世界転生モノだと顕著だが、各種テンプレや、そのテンプレに関する資料や考察も充実している。
小説を書く事と旅をする事は似ているというのは、その点を踏まえての事だ。
実は過去に小説を書こうとして挫折した事がある。
この時は設定を全く考えずに心の赴くままに文章を進めていくうちに、登場人物が暴走してしまい制御出来なくなってしまった。
なので、今度は設定を細かくしっかりとしなければならない。
そして、異世界転生モノは既に細かな設定がテンプレとして存在している訳で、今の俺にはちょうど良い難易度だと思われる。
海外旅行初心者がイラクやソマリアに行くのは無謀だが、韓国や台湾に行くような難易度のように思う。いや、この例えはあんまり良くないな。まあいいや。
ふと時計を見ると、既に月曜日になっていた。物思いに耽るのはまた次の機会にしてさっさと寝てしまおう。




