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王妃と第二王子マグヌス


「母上。カスペルとイーサクの飼ってる娘はとても可愛いらしいですね。私もあのような娘が欲しいです」

「マグヌス。あのような娘のどこがいいのか。でもそんなに気に入っているなら、我が侍女にしてしまおうか」


 王妃の間で、この国サブラデールの王妃と第二王子が囁きあっていた。眼下の中庭ではイーサクとウィラが侍女を連れ散歩している。

 現王妃ディオーナは、第二王子の生母であった。最初の王妃は、第一王子カスペル(ノア)と第三王子イーサクの生母であったが、イーサクを産み落とした際に亡くなっている。

 カスぺル(ノア)が死亡扱いされ、この九年間、第二王子マグヌスが王太子としてふるまっていたのだが、二週間前から彼は第二王子の立場に戻ってしまった。

 ノアは第一王子であるが、まだ王太子と呼ばれてはいない。

 しかしながら、この二週間で彼の人柄に触れ感化された者が多く、王太子に指名されるのも時間の問題ではないかと考えられていた。



「あの娘を私が手に入れたら、二人はどんな顔をするだろう」

「マグヌス。あくまで遊びですよ。あなたはゆくゆくは身分の釣り合った……そう隣国の王女を迎えるのですから」

「隣国の王女ですか……。まだ姿絵すら送ってこないような……。どんな醜女なのかと思いますよ」

「王妃にそえた後、美しい娘を側室にとればいいのです。けれども、あの娘はだめですよ。マグヌス。ほかに利用価値があるのだから。遊ぶくらいにしておきなさい」

「母上がそう言うのであれば仕方がないなあ。その利用価値とやら楽しみだ」

「ほほほ。二週間前にあやつが戻ってきたときは心底肝を冷やしました。けれども、海の神は私に味方をしたようですわ。あの娘を使ってカスペルを再び追い出せそう」


 王妃は金色の髪を高く結い上げ、灰色の瞳をもった美女であった。肉体で王を陥落したと側室に召し上げらえた時に陰口をたたかれたように、胸は果実のように豊満で、腰は引き締まり、お尻は大きく、肉体的魅力にあふれた女性だった。

年齢を増してもその美を保っており、ノアやイーサクを慕うものたちから魔女と影でささやかれているくらいである。

 その息子マグヌスは母の容姿をそのまま受け継ぐ美男。

 王妃ディオーナは息子を愛してやまないが、王の容姿をそのまま引き継ぐカスぺルとイーサクより国民的人気はない。

カスぺルが死亡扱いされていた九年間、イーサクが幼いことを利用してディオーナはマグヌスをどうにか引き立ててきたが、その努力も無に帰そうとしていた。


「あの娘。早く侍女に引き入れ可愛がってあげましょう」

「母上。ぜひとも」


 王妃と第二王子がそのような会話を頭上で交わしているとも知らずに、ウィラはイーサクとの散歩を楽しんでいた。

 

 

 ☆


「ねぇ。ローネ。兄上のことが好きなの?」

   

 イーサクにそう問われ、ウィラは顔を火照らせる。


「やっぱりね。みんな兄上なんだよね。僕はまだまだ子供ぽいから」

   

 ウィラは何か言ってあげたいが、言葉を話せないのでただ彼を見つめるしかない。


「ローネ。実は僕好きな人がいるんだ。その人はローネによく似ていて、その人も兄上に会ったら兄上のこと好きになってしまうんだろうなあ」


 イーサクは悲しい顔をして、ウィラは彼を慰めようとその手を握る。


(彼も私と同じ。私も、ノアがヒルダ姉様を好きだと思っていたもの。真相は違っていたみたいだけど……。魔女のおば様がノアは私を追って人間に戻ったって言ってくれたけど、今となってはわからないわね。ノアは全く覚えていないから)

  

 彼女はイーサクを慰めようとしたのに、自分まで落ち込んでしまった。そんな彼女の様子に気が付いて、イーサクは足を止め、彼女の顔を窺う。


「ローネ。どうしたの?僕は大丈夫だよ。君こそ大丈夫?僕の好きな人はいなくなってしまったんだ。だからもう兄上とか関係なしに失恋なんだ。ローネは、本当に兄上のことが好きなの?」


 彼女が黙ってしまった理由。ノアのことであるから間違ってはいない。

けれども、ウィラはどう反応していいかわからず、ただイーサクを見つめ返す。


「……イーサク、ローネ。悪い。邪魔をしてしまったか」


 二人が見つめ合っていると声がかかり、バツが悪そうな表情をしているノアが立っていた。


「兄上!何を言っているんですか。僕とローネは別に!」


 必死なイーサクの隣で、ウィラも首を横、否定しようと手を大仰に振る。

 

(勘違いなんてされたら泣いてしまう。私が好きなのはノアだけなのに!)


 けれどもそんな二人の否定も意味がないようで、ノアの表情は変わらず、ウィラはとうとう泣き出してしまった。


「ローネ!どうしたの?」

「ローネ。どこか痛いのか?」


 イーサクとノアが交互に聞いてくるが、ウィラは首を横に振ることしかできなかった。


  


 その夜、ウィラは眠れずベッドから起き上がり、バルコニーに出た。

 夜空と海を眺めていると水音がして、見下ろす。するとそこに影が見えた気がした。人魚の影のような気がして目を凝らしていたが、それは単なる魚で、彼女は小さくため息をつく。


(人魚のわけないわ。こんなところに出てきていいはずもないもの)


 人間の世界に来てから四日間で、彼女は人の人魚に対する思い込みを知った。人魚は船を難破に追い込んだり、人間を惑わす悪い生き物をされている。

 このことを知り、彼女はますます自身が人魚であったことを悟られてはいけないと思った。同時にノアがこの九年の間人魚として暮らしていたことも秘密にすることを決めた。

 ある日、ノア自身が思い出して後悔するのではないかという思いもあり、彼女は彼が思い出さないように、心がけていた。

 それはノアがウィラのことを思い出さないことと同意義であったが、この城で幸せそうな彼の様子を見ていると、それがいいかもしれないと思い始めていた。


(父上、姉様たち……。何も言わずに出てきてしまった。怒ってるかしら?ごめんなさい。でも私はノアを追いたかったの。こうしてノアの幸せな姿が見えて、ほっとしたわ。これから、私はきっと彼から離れて暮らすことになる。それでも、私は後悔しない。もともと私の勝手な思い込み人間になろうとした私のせいで彼は人間に戻った。私のせい。でも、今のノアを見ていたら、それが良かったかもと思う)


 空に星が広がり、その下に黒い海が横たわっている。

 彼女は眠気が訪れるまで、その風景を眺め続けた。


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