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再会

「あ、目が覚めた」


 ウィラが目を開けると最初に飛び込んできたのは、まだ声変わりが始まったばかりの少し掠れた高い声と、ノアそっくりの少年の顔だった。

 起き上がろうとして、彼女は気が付く。

 周りに水が満ちていないこと、潮を帯びた空気が漂い、何もかもが乾いていること。


「……」


 (何も聞こえない。声がでないのだわ)


 こちらを見つめる少年に何か話そうとして、ウィラはその事実に気が付く。


「声がでないの?」

 

 口を魚のように動かして、喉を押さえていることから、少年はそう判断しようだ。


「僕の言っていることはわかる?」


 問われて彼女が頷くと、彼は微笑む。


「僕はイーサク・サブラデール 。この国の三番目の王子だよ」


 彼は名乗った後、いろいろ質問してきたが、ウィラはどう答えてよいかわからないものばかりだった。

 

「困ったなあ。このままどこの子がわからないまま、お城を追い出すのものなあ。兄さんに相談してみようかな。ちょっと待っていてね」


 イーサクはそう言って、部屋を出て行ってしまった。


(……あのイーサクというのは、あの時の少年だわ。彼は私のことなんて覚えていないみたいだけど。当然ね。あの時、彼は気を失っていたから)


 どうしてよいかわからないまま、でも体がどうなっているか、部屋の様子を知りたくてウィラはベッドから立ち上がった。

 初めて使う足は動かし方がわからくて、足に注意をむけながら、動けと命じて、一歩一歩前に左右交互に進む。

 やっとバルコニーに辿り着いて、彼女は空と海を一望できる風景に目を見張る。

 空は黄金色に輝き、太陽は海の向こうに沈みかかっていた。海には光の帯が広がり、沈んでいく太陽を惜しむようだった。


「あれ、いない。あ、いた!」


 背後で少年の声がして、ウィラは振り向く。

少年の隣に、彼女が探して止まない人がいた。黒い髪は短く切られ、その端正な顔立ちがあらわになっていた。黒い瞳が不躾に彼女に向けられる。


(ノアだわ。ノア!)


 彼女は普段なら泳いで彼の元に行くのにと思いつつ、必死に足を動かす。足はもつれ、ウィラの体はバランスを崩した。

 けれどもその寸前で、ノアが彼女を抱き止めていた。


(ノア、やっぱりノアだわ!)


「あぶなかっしい人だ」


 涙が出そうくらい嬉しいウィラに反して、ノアの声は淡々として、すぐに彼女から手を離した。


「イーサク。この娘か」

「はい。何もわからないみたいなのです」

「……俺のようだな」

「ああ、そう言われてみれば」

「でも俺は小さいときの記憶はあったし、言葉も話せた。この娘は言葉は話せないようだな」

「ええ。どうしましょう」

「歩きもなんだかぎこちない。どこかに囚われていた子供かもしれない。該当する娘がいないか調べさせよう。その間しばらく城で預かればいいだろう」

「そうですね。さすが兄上だ」

「おだてても何も出ないぞ」


(これがノア?でも、私のことがわからない?どうして?)


 ウィラが知っているノアは物静かで、こんな風な物言いをする人ではなかった。




ウィラが人間になり、城に連れてこられてから三日が経っていた。

 世話をしてくれる侍女の話を繋げ、ウィラはノアの情報を得て、彼の状況を理解した。

 二週間前のこと、九年前に死亡したはずの第一王子が海岸に打ち上げられた。彼は行方不明だった九年間の記憶がなかったが、記憶がないだけで、その振る舞いは年齢相応のものだった。

 魔女がカスぺルという名を口にした事から、ノアそっくりの第一王子カスぺルがノアであるのは確かであった。

 姿形は似ているが、別人としか思えず、ウィラは戸惑うしかなかったが。


 基本的にウィラの世話は侍女が行ったが、歩き方がぎこちないので、「ノア」の弟のイーサクが歩く練習をしたり、言葉が話せない彼女に筆談ができるように文字を教えるようにしていた。

またその間、ノアが王城を中心に行方不明になっている娘がいないか探させたが、何も知らせもなかった。

 身元不明にも拘らず王子に特別扱いされているころから、陰口を叩かれたりすることも少なくなかった。

 そんな時、ノアが現れ陰口をたたいた者を睨み、黙らせた。

 そうしてウィラは第一王子と第三王子の大切な娘として城中に広まることになってしまった。


 海底の王宮でずっと暮らし、世話されるのが当然だったウィラだったが、悪意に初めてさらされた時はさすがにショックを受けた。それを庇ってくれたノアへ新たな好意を持つのは自然な流れであった。


(ノア、カスぺルか。あのノアとは全然違うみたいだけど、ノアなのよね。彼が人間の国の王子様だったなんて、みんなが聞いたら驚くでしょうね)


 ノアは長らく人魚の世界では魔女の息子として馴染めていなかったので、こうして人間の世界で王子として暮らしていることが彼の幸せにつながっているとウィラは思い始めていた。


(私のことを忘れているのは悲しいけど。でも危ない目にあっているよりはずっといいわ。魔女のおば様が命が狙われていると言っていたけど、そんなこともないし)


「ローネ。聞いてる?」


 イーサクにトントンを肩を叩かれ、彼女はやっと我に返る。

 ローネというのは、イーサクがウィラを呼ぶときに使っている名前だ。


「またぼんやりしていたね。ローネ。僕たちが君を構ってあげれるのはあと四日間なんだよ。それ以降身内のものが現れない場合は、街で働いてもらうことになる。そのためには筆談でできるようにしてもらいたいんだ。だから頑張って」


 イーサクの励ましに、ウィラは頷く。

 身元不明のウィラは本来ならばこうして城に滞在できる身分ではない。それをイーサクが頼み、ノアが支援して、身内を探すという理由で1週間城に留め置くことができた。それ以降は、住み込みの場所を探してそこで彼女が働くことになっている。

 ウィラは楽観的であり、働くこともよく知らない。

 なので、あまり深く考えることはなくイーサクに言われた通り、今は文字の練習をしていた。幸運なことに、人魚と人間の文字にはそこまでの違いはなく、ウィラの文字の練習はかなり進んでいた。



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