十五の誕生日
「ウィラ様。おはようございます」
今日は待ちにまったウィラの誕生日だった。
ウィラはこの海の王である、人魚の王の六番目の末娘だ。
上の姉たちが金髪碧眼に対して、ウィラだけは母親似で、茶色の髪に緑色の瞳をしていた。華やかさにかけると彼女は小さい頃から自分の容姿を気にしていたが、王を始め姉たちはそんなウィラを溺愛していた。
王は王妃を早くに亡くしており、六人の娘を大切にしすぎるあまり、外の世界に興味を持たせないようにしていた。しかしながら、勉強のためだと娘たちに十五の誕生日が来たら一度だけ海面に上がることを許していた。
「ウィラ様。今夜はいよいよ海面に上がる日ですね。その前にパーティーがありますからお忘れなきように」
「わかってるわ。それまでには帰るから」
朝食を食べると彼女はいそいそと自分の部屋から出る。そのまま、王宮の外に出かけようとしたのに、姉たちはウィラを見つけると次々に声をかけてきた。
一番上の姉は母親ように海面に上がった際に大きな鳥や魚に気を付ける事、二番目の姉は凶暴な魚にあったらぶちのめすようにと語り上の姉に咎められ、三番目の姉は海の上に広がる宝石のような星々について話し始め、自分の世界に入ってしまった。その隙を狙ってウィラが抜け出したのだが、四番目の姉が現れ、海面に浮かんでいるものを食べてはいけないと忠告し、一度食べて酷い目にあった苦い過去を語る。
そんなことしませんと言いそうになったが、ウィラは口を噤み、四番目の姉と別れた。五番目の姉が出てくるかと思っていたが彼女は姿を現せず、ほっとして王宮を出る。
「ノア……?」
彼女が目指す場所は魔女が棲む洞穴だった。
ノアは人魚には珍しい黒髪の持ち主であり、魔女の息子でもある。したがって魔女の洞穴に住んでいる。人魚の仲間は彼の髪色、瞳の色を嫌い、魔女の息子でもあることからつまはじきにしていた。
しかし、ウィラは七歳の時、母と散歩中に、怪我をしているノアを助けた。怪我を治療するため城に連れて帰ろうとしていたのだが、ノアががんと譲らず結局彼の棲み家の、魔女の洞穴に連れて戻った。
なぜか、そこで母と魔女が意気投合して友達になった。そして、数か月後、母――王妃は体調を崩して亡くなることになる。
王は王妃の病気を治せなかった魔女に恨みを抱いたのだが、それからもウィラはこっそりと洞穴に行き、魔女とノアに会っていた。
――ノアは寂しい子よ。一緒に遊んであげなさい。
王妃にそう言われたせいもあるかもしれない。ウィラはノアに会うのが楽しく、何度も洞穴に通い、気が付けば八年の月日が流れていた。
十五歳の誕生日をノアにも、魔女にも祝ってほしいとウィラは今日も洞穴に向かっていたのだが、彼女は動きを止めた。
視線の先で、洞穴から出てきたノアの腕に、彼女の一つ年上の姉、五番目の姉ヒルダが手を絡めたのだ。
――追ってはいけない。
そうは思っていても、ウィラは衝動を止められず、そのまま二人の後をつけた。
恋人たちの逢瀬の場所ともされる珊瑚の森に二人は入っていき、ウィラもその後をそっと追う。二人の会話が聞こえないため、聞こえる距離まで近づき、やっとその声が耳に届く。
「……好きだ」
「そう」
告白するノアに、答えるヒルダ。
ウィラは二人の会話をそれ以上聞きたくなくて、珊瑚の森を一気に抜ける。その後は無我夢中で、彼女はどうやって王宮の自分の部屋に戻ったかわからなかった。
夕刻前に誕生日パーティーが始まり、着飾った人魚が王宮の大広間に集まる。
ウィラ自身も今日は特別なティアラを髪に飾り、王から贈られた桃色の真珠のネックレスをつけていた。人間と違ってドレスを着ることもないが、女性は胸当てでお洒落を競う。ウィラも色鮮やかな珊瑚で縁取った胸当てをつけていた。
波打つ金色の髪、海の支配者にふさわしい青色の瞳。
ウィラは美しい姉たちを見ながら溜息をつく。
(私はどうして、お父様に似なかったのかしら?)
彼女の髪色は茶色。醜いと言われる砂の魚と同じ色、そして瞳は藻のような緑。
(ごめんなさい。お母様)
彼女の容姿は母親そっくりで、自分の容姿を残念に思ったことにウィラは罪悪感を覚える。ウィラがこのように落ち込むことはあまりない。ただ今日は、ノアと姉のヒルダの逢瀬を見てしまい、気持ちが沈んでいた。
(ノアはやっぱりヒルダ姉様みたいな、大人っぽくて華やかな女性が好きなのね)
ノアと一番よく会っていたのはもちろんウィラだ。
王妃が亡くなってから、ウィラがノアと会うことが難しくなった。それでも侍女に協力をお願いしたりして、彼女はノアや魔女にこっそり会いにいっていた。それをヒルダに問われ、ノアのことを白状したのだ。そしたら会いたいと言われ、渋々会わせた。
会うのはいつもウィラと一緒のはずだった。
(けれどもノアはヒルダ姉様を好きになったのね)
二人の逢瀬を思い出すと泣きたくなった。
けれども、ウィラは懸命にこらえると、笑顔を作る。
(今日は私の十五歳の誕生日。外の世界が見れる日なの。きっと楽しいことがあるわ。ノアのことは忘れてしまおう)
簡単に忘れることなどできないだろうが、彼女はそう言い聞かせ、必死に笑みを湛え続けた。
「ウィラ。さあ、海面に行きなさい。後ろから兵がついていくから安心するがいい」
可愛い娘一人をさすがに一人で行かせることはしなかった。遠く離れず、王宮を守る兵士が二人ほど、彼女について海面に上がる予定だ。これは、昨年までの姉たちも同じで、ウィラは頷くと皆に見守られ、海面をゆっくりと上がり始めた。