人魚の話
王の命の下、第一王子カスぺルと侍女ローネの捜索がされた。
けれどもそれが形ばかりであることを、イーサクは知っていた。
九年前、イーサクはたった六歳であったが年齢を重ねる毎にあの事件がおかしいことに気が付いた。けれども、王宮に味方がいない中、そのことを言及することもできず、王妃によって腑抜けにされた父にも相談したが、一笑にふされた。
「生きていた。兄上がやっと戻ってきたと思ったのに」
今度ばかりはイーサクは黙っていられなかった。
犯人は王妃に決まっていると、彼は部屋を出ると真っすぐ王妃の間に足を運ぶ。
「弟よ。そんなに急いでどこに行くのかな?」
けれども廊下の途中で、彼は王妃の実子である第二王子マグヌスに邪魔される。
「どいてください。マグヌス兄上」
こうなれば彼も「敵」としか思えず、彼はそう言って無理やり先に進もうとした。
「イーサク。私の努力を無に帰すのか?この国を導くのは君でしかありえないというのに」
「……マグヌス兄上?」
彼はマグヌスの顔を仰ぐ。
「私の部屋へおいで。話をしよう」
☆
まだ海水浴には早い時期で、今のウィラもノアも人間である。なので海の上に建てられた小屋に移動した。小屋の中には難破船から持ち出したと思われるものがいくつもあり、その中に衣服も見つけ、二人は着替えた。
もちろんウィラが先に小屋で着替え、ノアは外で待機。その後にノアの番である。
くしゃみをしながら待つことになったが、ヒルダと二番目の姉は自業自得と冷たかった。
「それで、そのヘタレのノアが……」
ウィラは何度ヒルダの手を掴んだかわからない。
彼女は魔女から聞き出したのか、ノアが人魚になった過程から知っており記憶のない彼に話して聞かせた。ところが、ノアのことをヘタレ、意気地なしとののしる言葉を忘れず、ノアは軽くショックを受けた状態で、ウィラは申し訳ない気持ちでいっぱいになって姉を止める。
いつの間に小屋の周りにはほかの姉たちも集まってきて、ノアを非難するので、ウィラは本当にどうしていいかわからなかった。
話せたら自分が話すのにと口惜しく、ノアが怒っていないか心配になる。
「ウィラ……。いや、あなたの姉さんたちの気持ちもわからないではない。過去の俺はそんなに……」
(そんなことはない!とても優しくて、頼りがいがあって!)
ウィラは首を横に振って、ノアの腕を掴んだ。
「待って、待って!ウィラ。だめよ。甘やかしたら。このヘタレのせいであなた死にそうになったのよ。しかも人間になるなんて馬鹿なことまで!」
小屋に身を乗り出し、尾っぽで水をはじきながら、ヒルダはウィラを止める。
「それはヒルダのせいだとおもうけど」
「シルヴィア姉様!」
思わぬ背後から口撃をうけることになり、ヒルダは振りむいた。
発言したのは一番上の姉シルヴィアで、説教モードに入っていた。
「あなたが二人の間に入ったからでしょう?ゆっくり見守っていれば結ばれたものの。ウィラがおかしな勘違いして、それでノアが人間に戻って、ウィラが追いかけて。これ、あなたの行動が発端よね?」
「そうだな。確かに」
「それは言えてますね」
一番目に、二番目、三番目が同意して、四番目の姉は明後日の方向にある何やら海面に浮かんでいる食べ物らしきものを見ている。
「フレア!それは食べたらだめです!」
三番目の姉は四番目の不穏な動きを慌てて止めにはいり、一番目と二番目は溜息をついた後ヒルダ(五番目)に向き直った。
「わかってるわよ。そんなこと」
ヒルダが不服そうに返して、ウィラとノアは向き合う。
「なんか、その。過去の俺があなたに勘違いをさせてしまったみたいで……」
記憶はまったくないはずなのに謝られ、ウィラは可笑しくなってしまった。声は出せないが口を押える。
「そのあなたの声も、俺のせいで」
「そうよ!ノアのせいでウィラの声が出なくなったじゃないの」
「ヒルダ!」
どうしても自分にも非があるのを認めたくないようで、ヒルダはノアに言及し、一番目と二番目がヒルダを叱る。
「とりあえず、これからのことを考えましょう。ヒルダは少し黙りなさい。ウィラとノア。ノアはまだ記憶が戻っていないのでしょう?ということは、ウィラに対して気持ちはないってことなのかしら?」
一番目はその場をまとめるようにノアに確認する。
「そ、そんなことは。いや、記憶はないけど、愛しいとは思っている」
「ノア!あなたはまた!」
「ヒルダは黙っていろ」
ウィラがノアの言葉に感激……と思うとヒルダが入り込み、それをパウラ(二番目)が止めた。
「埒があかないわね。パウラ(二番目の姉)、ヒルダをちょっと連れ出してちょうだい」
「え?」
「わかった」
男まさりのパウラ(二番目の姉)はヒルダを抱えるとすぐに海底に潜っていく。
「だ、大丈夫なのか?」
あまりの強引さにノアが心配するが、ウィラは姉たちのいつもの光景なので慣れたもの。
「ノア。いつものことだから。それよりもあなたの気持ちと今後のことを知りたいわ」
言葉が話せないウィラの代わりにシルヴィア(一番目の姉)が答え、定める様に彼を見つめた。
「……俺は」
シルヴィア(一番目の姉)の視線を受け止めた後、彼は隣に座るウィラに向き直る。
「俺はあなたと過ごした九年間の記憶がない。だけど過去の俺が君を好きだった気持ちは理解できる。ウィラ、その名を聞くと愛しい気持ちが込み上げ、あの腕輪を触ると温かい気持ちになった。あの海藻の腕輪はあなたが作ったものだろう?」
(まだ持っていたんだ!)
ウィラは嬉しくなって頭を思いっきり縦に振った。それをノアは目を細めて眺める。
「今の俺、カスパルも、あなたのことが気になっている。一生懸命で可愛いあなたが」
(ノア!)
「だから、あなたを人魚に戻したいと思っている。人間に戻った俺を追って、人間になり、あなたは声を失った。俺は、多分過去の俺はそんなことを望んでいない。今の俺もだ」
(ノア?!でも魔女のおば様は私はもう人魚に戻れないって。私は人間のままノアの傍にいたいのに)
彼の告白に身が解けてしまいそうな幸福を味わっていたウィラは海底深くの海淵に落とされた気分になった。
「あなたを人魚に戻して、俺も人魚に戻る。海を見ると懐かしい気持ちでいっぱいになるんだ。多分人魚の生活を俺は好きだったのだろう」
(ノア!なんてこと!)
ウィラは感激してとうとう彼に抱き着く。
驚きながらもノアは抱き返した。
「簡単にいくかわからないけど。俺もあなたの傍にいたい」
(ノア、ノア。嬉しい。でも私たちはもう人魚には戻れないはずなの)
「我儘をいうねぇ。ノアよ」
しゃがれた声がして、一同は一斉に海のほうを向く。
そこには老婆の人魚がいて、皮肉な笑みを浮かべていた。
「魔女!」
「魔女……。それではあなたが俺の母上なんだな?」
「母上……、気色悪い言い方だね。まったく」
「ではお母さん。そうだな。この言い方がしっくりくるか」
言い直すと魔女は満更でもないと口元を綻ばせた。
「さて、ノアの願いを叶えてやろうと思ってやってきた。一度人間になった人魚を元に戻す方法はある。ウィラとノアではやり方が違うがね。ウィラはノアのために人間になったんだろう。人魚に戻るためにはノアの血が必要だ」




