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人魚の姉たち

「ローネ……、ウィラ?」


 戸惑いがちに名前を呼ばれ、ウィラは意識を覚醒させた。

 

(ここは?ノア?でもどうして私たち縛られているの?)


 目の前のノアは心配そうに彼女を見ている。

 手紙に書かれた場所に行ったら、突然口を押えられて、首に衝撃が走ったと思ったら気を失っていた。そして目を覚ましたらこの状況である。


「俺のせいで、あなたが巻き込まれたみたいなんだ。ここは恐らく船の中だ」


 二人は手足を縛られ、木の柱に括りつけられていた。

 部屋全体は暗くて、全体像がつかめなかった。懐かしい潮の香りがして、床が揺れている。


「恐らく俺たちは殺される。だけど、あなただけはどうにかして逃がしたい」


 ノアの悲痛な表情で、それだけ緊迫した状況であることがウィラにもわかった。

 王城から海の上に連れてこられた。そして殺されかかっている。

 ウィラは状況を掴んだが、ノアのように悲観しているわけではなかった。


(海の上。何かできるはずよ。海の中に潜れば、きっと生き残れる)


「ローネ。あなたの本当の名前はウィラなのか?」


 隣り合った状態で、ノアはウィラの挙動を見守っている。


(……彼はやっぱり思いだしたわけではないわ。だったらこのまま伝えないほうがいいかもしれない。九年間人魚として海底で過ごしていると知ったら、きっと彼はショックを受ける。……私のために人間に戻ってくれたって魔女のおば様は言ってくれたけど、本当は違うかもしれない。家族に、イーサクや王様に会いたかったもしれない。王城は彼の家だもの)


 ウィラはノアの質問に答えず、ただ彼を見つめ返していた。


「何か答えられない秘密があるのか?そんなの」

「よし、ここまでくりゃ大丈夫だろう」


 しゃがれた声が聞こえてきて、数人の足音が響く。髪と髭を伸ばし放題、薄汚れた服をきた二人の男が上から降りてきた。


「お頭。娘のほうは生かして売り飛ばしましょうや」

「だめだ。王妃から両方の始末を任されている。九年前に失敗してるからな。今度こそしくじることはできない」

「九年前?まさかお前が!」

「おお、王子様よ。こんなにでかくなりやがって。あれだけ深く切り付けたのに生きてるなんて、しぶてぃ野郎だ」


(この人たちが九年前にノアを襲ったのね。そして、深手を負って彼は生きるために人魚になるしかなかった)


「どうせ、殺すんだ。お頭、娘のほうで楽しみましょうぜ」

「おお、そうだな。たっぷり時間はある」

「ウィラに触れるな!」


 男たちがウィラの手を掴もうしたが、ノアが体を挺して庇う。


「ふん!邪魔するな!」

  

 ノアは殴られたが、そこから動こうとしなかった。


「畜生。ムカつく野郎だ。先にそいつを始末しちまおう。娘はそれからたっぷり可愛がればいい」


 お頭を呼ばれた男が腰にぶら下げていた歪曲した刀を抜いた。


「お前のせいで、こちとら面白くない仕事を引く受ける羽目になったんだ!」


 男が振り上げた瞬間、船が大きく揺れる。


「なんだぁ?」


 バランスを崩しながらも、男は転ぶことなく立っていた。


「お頭、来てください!人魚です!」

 

 上から慌てて降りてきた男が泡を食った様子で叫ぶ。


「なんだと?!」


(人魚?!まさか姉様たち?!)


 頭は悔しさを紛らわせるためか唾をノアに吐いた後、刀を腰の鞘にもどして、慌てて船上に駆け上っていった。その後を部下が揺れる船に煽られながらも追いかける。


「人魚?」


 手足を縛られた状態だが、ノアは吐かれた唾を服でどうにか拭う。男が残した言葉を繰り返し、ウィラに視線を向けた瞬間、大きな音がして、海水が床から噴き出した。

 ノアは彼女を庇うように体を寄せたが、ウィラは期待に満ち溢れた視線で船底に空いた穴を見ている。船内へ海水がどんどん流れ込み、同時に人影が現れる。正しくは人魚の影だ。


「久しぶりね。ウィラ!そしてノア!」


 現れたのはヒルダで、その隣には二番目の姉の姿も見える。

 ウィラは喜びに顔を輝かせるが状況がわかっていないのはノアだ。仰天した表情で、二人の人魚に見入っている。


「何か面白くない反応だわ」

「そうだな」


 ヒルダに二番目の姉が答え、二人は行動を開始した。柱とウィラたちを繋ぐ縄を切り、ヒルダがウィラを、二番目の姉がノアを掴む。


「潜るよ!」


 ウィラが頷くのだけを確認して、二番目の姉はノアを担いだまま海中に潜った。けれどもさすがに元人魚なのか、溺れることはなく、海面に浮きあがるまで、息を止め、ウィラとノアは無事に船から脱出して、近くの岩礁に身を寄せた。

 彼らを浚った船は男たちの悲鳴と共に沈んでいき、とうとう見えなくなる。


「さあて、いろいろ話すことがあるわ。特にノア。あなたにね」


 ノアは人魚のヒルダに指を差され、岩礁につかまりながら、なんだから懐かしい思いに駆られていた。

 ノアという名前の響きも、自身にしっくりきており、記憶はないが恐らく九年間使っていた名前なのだろうと予想する。

 ウィラを見ると、ぎこちない視線をノアに向けていた。


「俺には九年間の記憶がないんだ。すべてを話してくれると助かる」


 人魚という存在、物語で語られるおどろおどろしい存在だと思っていたのだが、目の前の人魚たちはとても人情味が溢れていた。ウィラも二人の人魚ととても親しそうで、ノアはこれから話される内容がとんでもないことだろうが、落ち着いて聞こうと心を決めた。


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