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駆け落ち


(逃げてしまった……)


 ウィラはどう答えていいかわからず、中庭から逃げてしまった。

 王族に背を向けたわけで、罰せられてもおかしくない行動であった。けれども昼過ぎになってからもお咎めが下ることはなかった。それよりも色々な人から興味本位で話しかけらたり、嫌味を言われたり、シャリーンが傍についていなければ大変な目にあっていた。


 川で洗濯を終え、服を干す場所に指定されている建物の屋上へ昇る。その中で王妃の衣服を干す区域を見つけ、そこにウィラはシャリーンにも手伝ってもらい衣服や寝具を干していく。

 王族の衣服や寝具は、洗濯係がまとめて洗濯するのではなく、各担当の侍女がウィラのように洗濯して干すことになっている。

 使用人や騎士たちの衣服などは、王族とは離れた場所に干されていた。


「ウィラ。マグヌス殿下に何かされたみたいだけど大丈夫?」


 シャリーンに聞かれ、ウィラは首を横に振る。

 肩を掴まれたりしたが、彼女が心をかき乱されているのはノアの質問だ。


(ノアはウィラという名前を憶えているの?それが私だと気が付いた?いや気づかされたのね。あのマグヌス殿下は何を考えているのかしら?)


 ウィラは謎な事ばかりを言っていたマグヌスを思い出す。

 

(何か目的があって、私を連れだしたのよね。でもなんなのかしら?)


「ウィラ。世話を任された時も、昨日も意地悪してしまったけど、今はあなたの味方のつもりだから、何かあったら話してよね。信じられないかもしれないけど」


(そんなことない!)


 昨日は本当に疲れてしまったけど、今日はずっと親切にしてもらい、午後は庇ってくれたりして、ウィラはシャリーンに感謝していた。

 なので、洗濯物から手を放し、かごに一旦戻すと紙に文字を綴る。


「ありがとう。話したくなったら話してね」


 信じているという言葉を読み、シャリーンは安堵したように笑う。


(本当のこと、すべて話したら信じてくれる?だけど、人間は人魚のことを悪い生き物だと思っているから嫌われてしまうかもしれない……。そうだから、私はノアに真実を話したくないの。私がウィラだと話したら、全部教えてほしいと思うかもしれないから)


 ウィラは難しい顔をしながら一心に洗濯ものを干し続けていた。




 ウィラからの手紙の返事を受け取ったノアは、手紙を持ったまま立ち尽くしていた。

 ジョビナからではなく、別の侍女から手紙の返事を受け取った。その信ぴょう性を疑ったが、彼の手紙も同封されていたので、万が一の可能性もある。


 ウィラはまだ文字を習ってばかりで日が浅く、書ける文章が限られている。


 その書きぶりも幼い子供のような頼りないもの。

 似せて書くもの簡単である。けれども本物である可能性は否定できす、彼は再び手紙に目を通した。

 

「今日の夜か。ウィラ……」


 マグヌスがローネをウィラと呼び、何か記憶が繋がった気がした。

すると、もう彼にはローネではなく、あの可愛らしい娘をウィラとしか思えなくなっていた。


(イーサクはウィラを異性として好んでいるわけではない……)


 中庭で彼はマグヌスに「僕はローネをそういう意味で見ているわけではありません」と答えており、ノアは封をしていた自分の気持ちを見つめなおす。


「覚えていない。だけど、ウィラ……。その名を聞くと胸が騒ぐ。あの娘がウィラであれば」


 高ぶる気持ちを抑えるように、ノアは目を閉じる。

 そしてマグヌスが「ウィラ」という名を知っていたこと、またその名と娘のことを結び付けたことから、彼が何かを知っているという状況に行き着く。



「確かめるしかない。それから……彼女に会う」


 この手紙もマグヌスが画策したかもしれない。

 彼は王妃の実の子供だ。王妃はノアを一度暗殺しようとしている。


(九年前のことはまだ証拠が集まっていない。だから弾劾はできない。王妃の操り人形と化している父は公平な判断が下せない)


 ノアは手紙をしまうとマグヌスに会うために部屋を出た。




「手紙?」


 一日の終わりに部屋に戻ってくると、手紙が置かれていた。

 そこにはカスぺルという名と、会いたいという言葉。場所、時間が書かれている。


(私がウィラか確かめたいの?でも確かめてどうするの?少しでも思い出したの?それであれば)


 指定された時刻は皆が寝静まる時間であり、まだ余裕があった。

 ウィラはベッドに座り、行くべきかどうかを見極めようと思った。




「カスぺル。どうして君はそう素直じゃないんだ」


 マグヌスの部屋を訪ねたノアは部屋に入ったとたん、異変を感じた。

 彼以外の気配を多数感じ、それらは友好的ではないものだった。腰回りを咄嗟に障り、剣を携帯していないことに舌を打つ。

 それであれば助けを求めようとしたが、その口は背後から塞がれた。

 荒事になれた者の仕業で、ノアの脳裏に九年前の出来事がよぎる。

 甲板で空を見ていたら、急に背後から切り付けられ、海に蹴落とされた。


「まあ、僕の部屋に来ることは予想済だったから、こうして君を捕まえることができたけど」


 ノアの口は布でふさがれ、手足は縄で縛られた。

 抵抗できなくなった彼に、マグヌスが近づく。


「しばらく我慢してね。後でウィラにも会わせてあげるよ。色々語りあってみたら?」


 マグヌスは微笑み、男たちはノアの鳩尾に拳を入れその意識を奪った。


 その夜、第一王子カスぺルと侍女ローネが王城から姿を消した。

 カスパルの部屋には身分違いの恋ゆえに、駆け落ちすると手紙が用意されていた。


 その事に違和感を持ったのは、第三王子イーサク、そしてローネの友人のジョビネとシャリーンだけだった。




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