侍女シャリーン
ウィラの指導をするのは、以前彼女の世話をしたことがある者だったが、ノアに焦がれるあまり、嫌味をぶつけてくる侍女だった。
嫌々ながら指導役を引き受けたのは明白で、仏頂面で説明する。
「どうせ失敗してもカスぺル殿下が庇ってくれるのでしょう?なので、適当でいいでしょ?」
指導という指導もしてくれずに、夕刻が来て、王族が食事を終わらせた後に、侍女たちは食事をとる。
ウィラは人間が魚を食べるとは知っていて、食する様子を見ても驚かないが、彼女自身は食べない。世話をしてもらっている時に知っていたはずなのに、その指導役の侍女は彼女に魚をよこした。
彼女は心の中で魚に詫びながらも、残してパンだけを口にする。
部屋はありがたいことに一人部屋で、一番端っこの日当たりの悪い場所であったが海が見えるところで小さな窓から海を眺めた。
(……働くって大変なのね。いかに今まで知らなかったことが多いのか、一気に教えてもらったわ。あと、侍女の仕事も。王女って本当に何も知らない身分だったのね)
彼女の仕事は、掃除と洗濯だけであったが、それだけでも海底の王宮で王女として暮らしていた時よりも色々なことを知り、労働の大変さを理解した。
侍女のベッドは、客間とは比較にならないくらいの固いベッドであったが、それでも疲れていたので横になる。眠りに落ちそうなところで、扉が軽く叩かれた。
「ローネ。開けて。手紙を持ってきたの。遅くなってごめんなさい」
(手紙!ジョビナね)
ウィラが扉を開けるとやはりそこにいたのはジョビナで、二通の手紙を持っていた。
「カスぺル様とイーサク様に頼まれたの。もっと早く来られたらよかったのだけど」
申し訳なさそうなジョビナに、侍女の仕事をやっと理解したウィラは首を横にふる。そしていそいそで紙の束を出して、そこにお礼の言葉を書いた。
「気にしないでいいのよ。はい。手紙。返事を書いたら、私に渡してね。ジョビナで探してくれたら誰かが教えてくれると思うわ」
ジョビナの笑顔にウィラは半日で抱えた疲れを癒さる気がしていた。
彼女は悪意にさらされることに慣れておらず、すっかり疲れていたのだ。
「どうしたの?ローネ。……そういえば指導役はシャリーンだったかしら?何かあれば教えてね。カスパル様とイーサク様も味方なのだから」
ジョビネにそう言われたが、今日散々シャリーンに嫌味を言われたので二人の好意に簡単に甘えることもできないと、ウィラは曖昧に微笑んだ。
「私に打ち明けてもいいから」
ジョビナは彼女の肩を軽く叩くと、急いでいたのだろう。
早足でいなくなってしまった。
(ジョビナはいい人だわ。でも、何かされたわけじゃないし。私だって甘えてばかりではいけないわ。魔女のおば様にも働かないといけないと言われたし。私はもう人魚の王女ではないもの)
扉を閉めると彼女は受け取った手紙を開けた。
カスパルもイーサクも二人を案じる手紙で、ウィラは眠いと思いながらも教えてもらった単語を思い出して必死に返事を書いた。それを同じ封筒の中にいれると枕の下に置く。そうしてウィラはやっと眠りについた。
早朝、シャリーンによって彼女は起こされる。扉を何度も叩かれ、慌てた彼女は枕元の手紙を忘れてしまう。それを思い出したのは早朝の花摘みの後だったが、部屋に置いてあるので大丈夫だと彼女は考えていた。
ウィラの朝は早朝の花摘みから始まる。
花園に行き、庭師に断りをいれながら籠一杯に花を摘む。それを王妃の間に飾るのだ。王妃は枯れた花を嫌がるので、王妃が王の寝室から戻ってくる前に花を入れ替える。それから掃除を行い、王妃が戻ってきたら世話役ではないウィラは休憩になる。
朝食はパンと野菜スープで食事を終えると、シャリーンはすぐに次の仕事を彼女に命じた。
次は、着替えを済ませた王妃の衣服と使われていない寝具のシーツの洗濯で、王城の傍の川に行く。川がすぐそばにあるので井戸を使うことなく、川の水を使って洗濯をすることになっていた。
シャリーンは何もせず彼女の隣に立ち、何度も洗濯のやり直しを命じる。しかも王妃は1日に何度も着替え、その度に彼女は洗濯をさせられ、ウィラは今日1日で何度洗濯をしたのかわからなくなっていた。
夏にはまだ少し早い春時の水はまだ冷たく、ウィラはずっと海底にいたのに、水を冷たく感じる自身に驚いた。
人間の皮膚は、人魚と異なり長く水に触れると変化すること。
それも新しい発見で、彼女には辛い肉体労働であったが、辛いばかりではなかった。
シャリーンは、泣き言も言わず、美しい手を使って、彼女の指示通りに一生懸命洗濯をするウィラに一日の終わりには完全に白旗を挙げていた。
侍女頭にも厳しく指導するように言われ、自身もウィラへのやっかみがあったのだが、彼女と一日一緒に過ごしていると、その人柄もわかるようになり、シャリーンは考えを改めるようになっていた。
そうしてウィラは知らず知らずのうちのシャリーンから優しいまなざしを受けるようになっていたのが、本人は疲れ切っており、夕食を取るとそのまま泥のように眠った。ジョビナが扉を叩いたことに気が付くこともなかった。
☆
「なぜ、カスぺルに泣きつかないのです」
王妃は侍女頭から報告を受けた後、苛立ちまぎれに呟く。
「なかなか頑固な娘のようですね」
向かいに座っている彼の息子、第二王子マグヌスは可笑しそうに笑う。
「だから娘の出方を待つのではなく、こちらから事実を作るのです」
「……そう、その手がありましたね。私としたことが……。それでは「事実」を作り上げなしょ」
「私もお手伝いしましょう」




