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王妃の侍女


「何ですと?」


 王妃ディオーナに呼び出されたノア(カスぺル)とイーサクは思ってもいない提案をされた。

 最初に声を上げたのはノアで、王妃は倦怠的に顔を反らし再度説明する。


「ローネを私の侍女にしようと思うの。昨日陛下にも許可をいただいたのよ。なので今日の午後から私の部屋に来てもらうわ。部屋は侍女頭に頼んで用意してもらうから大丈夫よ」

「ま、待ってください。そんな急に」


 イーサクは突然のことに慌てて少し大きな声を出してしまった。彼にしては珍しいことで、ディオーナは不快感たっぷりに目線をくれる。

 それから庇うようにノアがイーサクの前に立った。


「王妃殿下。畏まりました。あなたの命に従いましょう。私が侍女頭の元へ彼女を連れていきます。よいですね」

「……いいわ」


 ディオーナは片方の眉毛を器用にあげて驚きを表した後、頷いた。ノアの背後のイーサクは不服そうだが、それ以上何もいう事はなかった。


「兄上!」


 王妃の間を出てからすぐにイーサクが彼を呼ぶ。


「話はあとだ。まずはローネの部屋に行く。わかったな」

「……うん」


 強く言われ、イーサクは黙ってノアの後を追い、ウィラ(ローネ)が滞在している客間へ足を運んだ。




 二人が揃って部屋を訪れるのは珍しい。

 しかも二人とも緊張した面持ちをしていて、ウィラは何やら嫌な予感を覚えて部屋に招き入れた。

 

「ウィラ。落ち着いて聞いてほしい。君は今日から王妃の侍女に配属される」


 イーサクがまず口を開き、ウィラはその内容を理解するのに少し時間がかかった。


(私がこの国の王妃様の侍女?どうして?言葉も話せないし、何の技術をもっていないのに)


 ウィラは人魚の王の娘で、いわゆる王女だ。侍女も数人抱えていて、どれも皆それぞれ仕事ができる者ばかりだった。


「心配しなくてもいい。俺もイーサクもできるだけ力になる」


 驚いたまま顔を強張らせているウィラに、ノアが優しく微笑む。

  それに見惚れそうになるが、ウィラは気持ちをしっかりさせ、二人を見返した。


「これは父上、王も同意していることで、断ることはできないんだよ。ごめん。ローネ」


 イーサクはとても悲しそうな顔をしており、ウィラは慌てて首を横に振る。

 そして、近くにあった紙の束を掴み、「心配しないで」と覚えたての文字を書いていく。


「……ありがとう。もう綺麗な文字が書けるようになったんだね」


 紙を見せられ、イーサクは嬉しそうに笑った。


「筆談は必須だな。記録用の小さな紙束があったはずだ。それを用意しよう」

「それはいいね。兄上。ローネ。何か伝えたいことがあれば、紙に書いて伝えるんだ。わかったね」



 ウィラはただ頷こうと思ったが、紙に書いて「わかった」と伝える。


「ローネは賢いね」


 まるで子供にするように頭を撫でられ、ウィラは少しばかり傷つく。


「イーサク。ローネを子供扱いしすぎだぞ。拗ねているみたいじゃないか」

「そうなの?そういえば、ローネって何歳?」


 ウィラはノアが自分の表情に気が付いてくれたことを喜びながら、イーサクの質問にも答える。


「十五歳。僕と同じか」


 数字が書かれた紙を眺め、イーサクは手を叩いて喜んだ。


(同じ年なのね。もっと年下だと思っていた。私のことを子供扱いするけど、イーサクのほうがもっと子供っぽいわ)


「なに?ローネ。何か言いたいことがあるなら、書いてよ」

「いや、これは書いてもらわないほうがいいかもしれないぞ。イーサク」


 ノアがおどけて、イーサクが複雑な表情をする。

 その二人の様子がとても面白く、ウィラは声を立てられないが笑ってしまった。


(ノア、私の知っているノアとは大分違うけど、弟想いのとてもいい人ね。彼は今幸せそうだわ)


「笑ってくれた。本当ローネが気落ちしなくてよかった。あの王妃が何かしないか、とても心配だけど」

「イーサク」


(どういう意味?)


 ノアは先ほどまでとは一転して厳しい顔で弟を見ていた。

  

「わかってるよ。兄上」

「めったなことを口にするな」


(二人は王妃様と仲が悪いの?そういえば、今の王妃様は二人の本当の母上ではないと聞いたことがあるわ)


 最初入ってきた二人の様子を思い出し、ウィラは少し心配になる。


「イーサク。ほら。ローネを不安にさせてしまったぞ。ローネ。安心しろ。俺たちがついている」

「そう。大丈夫だから」


 (そういわれると余計心配になるわ。王妃様ってあの綺麗な人よね。姉様たちみたいな)


 遠目になるが、ウィラは王妃を見たことがあった。ヒルダをもう少し成熟させ妖艶な魅力を身に付けさせた、そんな印象の女性だった。


「連絡は紙だな。誰か信頼のおける伝達係をみつけよう」


 ウィラが王妃の姿を思い出しいている間に、二人は何やら連絡方法を話し会っていたみたいだ。

 伝達係を誰にするか考えている中、扉が軽く叩かれ、この五日ウィラの世話をしてくれた侍女が入ってくる。


「イーサク殿下。そろそろ講義の時間です。ノア殿下は騎士団へ……」

「そうだ。ジョビナ。君にしよう!」


 侍女ジョビナは言葉の途中でイーサクにそう声を掛けられ、その場でぎこちなく動きを止めた。


「イーサク。突然でジョビナが困っているだろう。ジョビナ」


 弟のフォローをするのに慣れたノアは、困惑するジョビナを呼び寄せる。

 彼女は助けをもとめるためか、ウィラに目線を向けながら、二人の傍にやってきた。


(この人は確かに信頼おける。意地悪もいわれたことないし)


 この五日で何名かの侍女と接することがあったが、中にはウィラをやっかむ者もいて、初めて経験に戸惑ったこともあった。そんな中、このジョビナだけは普通にウィラに接してくれた。イーサクがいないときに文字を教えてくれたのもジョビナだった。


 こうしてウィラが困った時に助けを求める手段も整え、王妃の侍女となるべく午後を待つことになった。



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