第1幕(6)
枝に絡まった髪をほどくと、あっさり降りられた。降りた後も、この男性の腕に抱えられたままだけど……。
「えーと……だ、大丈夫……か?」
「た、たぶん……」
言っていて、お互いに半信半疑だった。いや、疑い95%だけど。
なんたって、私は首から下がないんだから。普通に考えたらただの死体だろうに。
お互い何て言えばいいか、わからなくて沈黙が流れると、別の音が聞こえてきた。
ドアを開ける音、誰かの叫び声、複数の足音……この家の人が、元・私が庭に出たのを見つけたのだ。
「と……とりあえず、ここを離れよう」
男の人は、私を小脇に抱えたまま、颯爽とその場を後にした。
首ってけっこう重たいらしい。男の人は鍛えているように見えたけど、あっという間に息が上がってしまった。それでもなんとか、人目の少ない裏通りに逃げ込んで、ようやく息を付けた。彼が。
「ここまで来れば……」
「あの、すみません。ご面倒をおかけしまして……」
「いや、なに。気にするな。お前を守るのが、昔からの俺の職務だったんだ」
男の人は、すごく優し気な視線を私に向けた。
「……あの……お知り合いでしたっけ……?」
「なに? 俺のことを忘れたのか?」
「はぁ……どうも、そうみたいで……」
”忘れた”じゃなくて”知らない”んだけど……とりあえず、そういうことにしておこう。
男の人は、無茶苦茶なことを言ったのに、妙に納得したように頷き、神妙な顔で私の方を見た。
「俺は、『テオドール・ロルフ・フォン・バーケルト』。お前……『ラヴィニア・ペトラ・フォン・リーデル』の幼なじみで、付き人だった」
「は、はぁ……」
『テオドール』?『ラヴィニア』?
……どこかで聞いたような……
「お前は、俺たちとともにこの国の未来を担う聖女の試練に挑んだ。だが選ばれず、”魔女”と蔑まれ、挙句斬首刑に処せられたのだ」
「ざ、斬首刑!?」
そんな死刑、日本にあったっけ?
いや、そもそもここ……日本なのか?
ここに来るまでに見た街の風景、人が着ている服装……どれをとっても現代日本のものじゃない。このテオドールと名乗る男の人だって、なんだか……ファンタジーアニメに出てきそうなチュニックとズボンと皮のブーツ、それに腰には剣を提げている。おまけにそれらの上から大きなマントを羽織っている。
完全に、冒険者の恰好だ。
それにこのテオドールさん(?)が言っていた言葉も。
『聖女』に『試練』に『魔女』に『斬首刑』……日本じゃ縁遠い言葉ばかり。おまけに物騒すぎる。
だけど、どこかで最近聞いた気もする……。いったいどこで……?
「あ」
私は、目と口をあんぐり開けて、間の抜けた声を出してしまった。テオドールさんは、思い出したものだと思ったみたいだ。
確かに思い出した。でも彼の思っている記憶とは違う。私の知る世界で見た記憶と、ようやく合致したのだ。
『ラヴィニア』『テオドール』『聖女』「試練』『魔女』…………見た。確かに見た。
私が必死にプレイしていたあの綺麗な歌のあふれたゲーム――
『HARMONIER~聖女と魔女は祝福を歌う~』の世界だ。