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第1幕(3)

「詩ちゃん!」

「あれ、梨花ちゃん」


 ふわふわした可愛い女の子が、隔離練習中の私のもとに訪ねてきた。

 彼女は小泉 梨花。同じクラスで同じ部活。可愛らしいソプラノヴォイスの持ち主で、確かな発生技術のもとに情感豊かに歌い上げる、我が部の歌姫と呼べる存在だ。

 部内で孤立せずになんとか付き合いができているのは、彼女の存在も大きい。


 そんな梨花ちゃんが、全体練習を抜けて、ここに来た。


「詩ちゃん、この前言ってたゲーム、どうなった?」

「ゲーム? ああ『HARMONIER』のこと? もちろん、全クリアしたよ!」

「え、もう? 早くない?」

「いやぁ、やり始めたら止まらなくなって」


『HARMONIER~聖女と魔女は祝福を歌う~』そんなタイトルのゲームに、私は最近夢中になっていた。

 内容は、とある王国を救う歌姫を選ぶ試練に、何故か候補者が2人選ばれてしまったというところから始まる。そのうち一人が主人公だ。主人公は典型的な庶民の女の子で、ライバルは典型的なお嬢様。

 そんな2人が、王国に恵みをもたらしている精霊の力を授かった6人の騎士たちの助けを借りながら試練を乗り越えていく……というもの。

 

 いわゆる乙女ゲームだ。

 普段はやらないジャンルだったんだけど、メインの題材が”歌”で、作中で流れる歌がすごくキレイだと評判だったから、つい買ってしまった。そしたら……見事にどストライクだったのだ。

 攻略対象6人+隠しキャラ1人、計7人分のルートと、その後の大団円ルートまですべて一気に制覇してしまった……!


「そ、そっか……好きな作品見つけられたのは、良かったね」

「うん! あ、でも梨花ちゃんどうしたの? まだ練習中じゃないの?」

「ああ、うん。先輩から伝言だよ。今日は橘先生から次のソロの発表があるから、早く集合するようにって」

「あ、そうか。今日だっけ」

「そうだよぉ」

「どうしたの? 嬉しそうだね」

「えへへ」

「あ、そっか。橘先生が来るから?」


 梨花ちゃんは、ほんの少し頬が赤かった。

 橘先生と言うのは合唱部の顧問で、今年来たばかりの新任の先生だ。20代で、物腰穏やかで、モデルかと思うような甘いマスクにプロポーションで、しかも昔声楽をやっていたこともあって艶のある美しいお声をお持ちだ。学校中の女子が、一瞬にして虜になった。梨花ちゃんも、その一人だ。


「ソロって……今度の市内コンサートの?」

「うん、あれで全員の仕上がりを見て、コンクールのメンバー決まるんだって。部としては、今年のコンクールの前哨戦ってことだね」

「そんな……固く考えなくてもいいんじゃない?」

 

 いつもの調子で軽くそう言うと、梨花ちゃんは真っ赤な顔をして私の目を見た。何かを、真剣に心に決めた時の顔だ。


「ど、どうしたの?」

「私……次のコンクールで絶対ソロ頑張る。それで、優勝できたら……先生に、告白する」

「え……!?」


 生徒が、先生に? いや、優勝したらって全国で? ていうかコンクールは3年生がソロになるんじゃ……?


 返す言葉は色々思いついていたけれど、彼女のひたむきで思いつめたような瞳を前にすると、どれも口にはできなかった。私が口にできたのは、ただ一つ。


「が、頑張って」

「うん!」


 そう言って、花が綻ぶような笑顔で、ありがとー!と言って抱きついてきた。こういう素直で人懐こいところは本当に可愛いなと思う。


 どうせ自分は選ばれないし、気楽なもんだ……なんて考えていた自分を、少しだけ恥じた。彼女の希望が叶うかどうかはわからないけど、出来る限りの手助けはしよう。


 そう思っていた――


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