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短編

とある猫の著書(翻訳:青井渦巻)

作者: 青井渦巻

 猫が書いたノンフィクション小説を翻訳した。

 私、青井渦巻という人間は、猫が好きだ。それ故に、ほとんど確実に翻訳できたと自負している。猫語翻訳というのは、未だに実行された事例のない作業であり、なかなか熾烈を極める繊細なものであったが、まあとにかく完成したのだから、それを外野にああだこうだ言われる筋合いはないと思われる。だいたい、諸君は猫語など翻訳できないのだから、私に文句をつけると言ったって、子供のような屁理屈を捏ねる以外にはできないのだ。私は諸君の屁理屈をマトモに聞くつもりはないので、そこに注意してもらいたい。例えば誤字報告だが、原文からしてそういうニュアンスを含んでいたとすれば、修正するに及ばない。私は読者諸君に、そこのところを分かっておいて欲しいのである。

 言いたいことはあるかもしれないが、とにかく、以上の事を理解し、まずは受け入れてもらいたい。その上で読み、まだ言いたいことがあったなら聞こうじゃないか。

 僕は猫です。立派な毛並みの黒い猫です。朝は毎日、ガールフレンドと毛繕いしあっています。

 僕は猫横丁に住んでいます。猫横丁には縄張り意識の高い猫が少ないので、争いが無くとても平和です。そんな猫横丁に住む猫達はだいたい僕と顔見知りですが、友達という程ではありません。あまり深く関わらずにいるからこそ、争いが起きないのかもしれません。


 今日は商店街の大通りを歩く予定です。ですが、まずはガールフレンドと毛繕いしあいます。これをやっておかないと、僕のイメージが悪くなってしまいます。イメージというのは、もちろん周りの猫からの評判ではなくて、ガールフレンド目線の事情を言っています。

 早速、彼女の元へ向かいます。そして、いつものように空地の草むらを思いきり走って揺らすと、どこからともなく現れた彼女が笑顔で僕を迎えてくれました。


「にゃー」


「にゃーご」


 僕らの言語は人間には分からないかもしれませんが、翻訳するには非常に特異なニュアンスも含まれているので、人間の聴覚に準じた鳴き声をそのまま記す以外には方法がないのです。しかし、あえて言うならば、この日の僕らのコミュニケーションはとても有意義なものでした。少しのユーモアを交えることで、お互いの信頼をより深めることに成功したのです。猫語を解して頂けるなら、納得して頂けると思います。

 さて、毛繕いを終えた後は、尻尾を振り合いながら愛しのガールフレンドと別れ、予定通りに商店街へ向かいます。ガールフレンドを連れて行っても構わないのですが、どうやら彼女は照れているみたいです。僕の隣を歩くのに、まだまだ慣れていないのでしょう。でも、それでもいいのです。僕は、あの子が本当に寂しい時だけ傍に居られれば、それ以外はずっと離れ離れだって悔みません。お互いを信じているからこそ、そんな風に言い切れるんです。


 商店街の大通りは、見渡す限り人間だらけでした。まあ、僕の体格からすれば、見渡す限り人間の()()()ばかりだった…と表現するのが適切なのかもしれないけれど。それはともかく、僕は行き交う人の隙間をスルリと抜けながら、まるで踊るような優雅さで商店街の先へ進んでいきます。


「にゃん」


 たまに掛け声もいれてみます。こうすると、より自分の気持ちに正直に踊れるのです。

 人の多い商店街に赴いて、こんな風に踊るのが大好きなのです、僕は。はっきり言うと、特にここに来る合理的な理由はないのですが、そんなのはおかまいなしです。どうしてもというのなら、八百屋に並ぶリンゴをおもむろに咥え、走り去ったって構わないけれど。事実、そういう日もあります。僕はなんといっても猫ですから。


 さあ、そうこうしていると陽が暮れます。商店街の大通りを何度も往復し、もうヘトヘトの僕の足ですが、まだ最後の仕事が残っています。それは――


「にゃーん」


 ゴミ捨て場での食料発掘作業です。これをしないと僕はそのうち飢えてしまうので、毛並みを気にして少し躊躇う部分もあるけれど、思いきって飛び込んでしまいます。こうやって飛び込むまではいつも躊躇うものですが、一度飛び込んでしまえばあとは夢中になります。まるでお宝を探しているようで、とても心が踊るのです。


「ぎゃーす!」


 この鳴き声に、人間の皆さんは心当たりがあるでしょうか。これはカラスという野蛮な連中の鳴き声です。とても狡猾な連中で、ゴミ捨て場にある僕らの食糧を奪いにやってくるのです。もちろん猫には逃げるなんて選択肢はありません。誇りを懸けて勝負をし、勝った側がすべてを貪れるのです。争いのないこの猫横丁ですが、唯一争うことがあるとすれば、この戦いだけでしょう。


「ふにゃぁんっ!!」「ぐえーっ!!ぎゃーすっ!?」


 なんだかんだあって、僕は今回の死闘を制しました。哀れなカラス達は尻尾を巻いて…否、クチバシを縮めて空へ逃げていきます。2対1という不利な条件ではありましたが、勝負は多少の卑怯さだけで決まるものではありません。僕はその上、ただひたすらに強いという事実を持っているので、あれ程度であれば取るに足らないのです。


 しかし、戦いのこともあって今日はくたくたです。無事に手に入れた食糧も、なんとか持っていけそうな少量だけを抱えて、家路に着きました。ちなみに、僕の家がどこにあるかは秘密です。なぜなら、猫はミステリアスな方がモテるからです。


 でも、ひとつだけ言っておくと、僕は野良猫です。少しだけ時間がかかって、失くした物もあるけれど、もう1人前の野良猫になれました。

 きっと、もう1匹でも平気。

 なんだか出鱈目な翻訳をしてしまったように思う。そもそもこの猫はなんなのだろう。私は最初、猫が小説を書くなど馬鹿げていると思った。しかし、翻訳作業を進めていくにつれ出来上がる文章には、紛れもない生物の意思が感じられ、私は感動よりも恐怖の感情を覚えた。猫が普段からこのようなことを考えて行動しているのだとすれば、我々人間という種族は、他の生物の対してなんと無関心なのだろうか。人間には種族を慮る気持ちがないようにすら感じられた。

 読者の中に、猫と本気でコミュニケーションをとれる方が居るならば、私は今すぐあなたに問いたい。猫とは、本当にペットなのですか?と。自分でもなにを言っているかが分からなくなってきたので、そろそろこの短いクチバシも縮めておきたいと思う。ご清覧ありがとうございました。

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