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第八話 噂

 

 タルガは王都にある本店に帰る最中、酒場に寄っていた。とりあえず一番強い酒をボトルで煽っていると、近くの席の酔っ払いどもの会話が耳に届いた。


「聞いたか、ついに王様がお亡くなりになったって話」


「そうなのか!? 俺、今の王様結構好きだったんだがなぁ。俺たち庶民が生活しやすいようにと法律から何から見直してくれていたしさ」


「まあ、病に臥せってからは貴族寄りに戻りつつあったがな。王様が満足に動けないことをいいことに貴族共が好き勝手やってたんじゃねえかね」


「その辺は予想でしかないがな。しかし、あれだ、こうなると次の王様は婚約破棄だなんだ騒いでいた第一王子になるのかぁ。噂では弟のほうが優秀って話を聞いたこともあるが」


「あれだろ、婚約者だった公爵令嬢が男爵令嬢に嫌がらせをしていたから、未来の王妃の資格なしとして婚約破棄したとか。……なあ、これは知っているか? その婚約破棄騒動だが、実は公爵令嬢は無実だったんじゃないかって噂」


「なんだそれ? じゃあなんで婚約破棄ってことになったんだ???」


「そりゃあ、あれだ。適当な冤罪でっち上げて婚約破棄すれば公爵令嬢が悪いってことになり、第一王子の名声に傷をつけることなく婚約を破棄できる、とか。いやまあ単なる噂でしかねえんだがな」


 二本目のボトルに口をつけながら、タルガは目を細めていた。王様の死去、は時間の問題だったので予想通りではあるが、その次の公爵令嬢が無実だった云々という噂が流れているのは予想外であった。


 第一王子が王となる大事な時期にそのような噂が流れている。もしもこれが広範囲に及ぶものであるならば、何かしら『目的』がある可能性は高い。


 誰かが面白半分で話題の出来事には裏があったのだと人々が食いつきそうな噂を流した、ならばまだいいが──なんとなく、気になった。


(万が一にもシェルファの嬢ちゃんが巻き込まれるようなことになったら目も当てられないし、ちょっと探ってみるか)



 ーーー☆ーーー



 ぐちゃぐちゃにかき混ぜたような、極彩色の視界が元に戻っていく。『ヤツ』の力が弱まり、消失する。



 ゆえに、獣人の少年は視認する。

 正面。木々が薙ぎ倒されたその中心に二人の少女が立っていることを。



 傷一つなかった。

『ヤツ』とぶつかり合ったことは薙ぎ倒された木々の様子からも確かである、ということは、彼女たちは『ヤツ』とぶつかってなお無傷で生還した、ということか?


「ダッ、ダイジョウブ、カ!? 『ヤツ』、ニ、オソワレタ、ハズ!!」


「『ヤツ』というのは三メートルを超える巨大な一つ目野郎ですか? それなら、追い払いました。できれば仕留めたかったんですが、カウンターのみだと逃げる敵を仕留めるのは難しいものでして」


「オイ、ハラッタ……?」


 信じられないという感情を乗せて呟いたシロは改めて少女たちを観察する。


 華奢であった。全身もふもふなシロと違ってヒラヒラした『毛』で顔以外を覆った者たち。彼女たちが同族を殺しただろう『ヤツ』を追い払えるだけの力を持っている、とはシロの嗅覚では感知できていなかった。


 とはいえ、だ。

 実際に戦っている光景を見ることはできなかったが、彼女たちが『ヤツ』とぶつかり、退けたことはわかる。わざわざ首を突っ込み、危険な生物とぶつかったのはおそらくシロを助けるためだ。


 先ほど会ったばかりのシロのために彼女たちは戦ってくれたのだ。


「……、タスカッタ」


「気にする必要はありません。わたくしがしたいことをしただけですので。……そうですよね、今はもう何も気にせずわたくしがしたいことをしていいんですよね。婚約破棄や勘当に対してさして興味はありませんでしたが、自由に動けるようになったというのは楽でいいですね」


 何事かぶつぶつ言い始めた真っ黒な『毛』の少女の隣ではヒラヒラな『毛』の生足むき出し少女がびくびくしていた。


「お嬢様、なんでそんなに平然としているの!? さっきのって、両手を広げたぐらいおっきな目ん玉の化け物っ、いくら『魔沼』がお金になるからってこんなところに留まるのは危険だって!!」


「かもしれないですが、せっかくの宝の山を諦める理由としては弱いですね」


「……、本音は?」


「もふもふを諦められるわけないです」


「もお! お嬢様のばかあーっ!! かんっぜんに目的が変わっちゃってるじゃあーっん!!」


 ヒラヒラな『毛』の少女が頭を抱えていたが、真っ黒な『毛』の少女は微笑みを浮かべて流していた。


 シロへと近づく。

 その華奢な手を彼に伸ばす。


「立てますか?」


「モチロ……ウグッ!?」


 立ち上がろうと足に力を入れたシロが顔を歪める。ズキズキと痛む右足に視線を向ければ、足首が赤く腫れていた。視界が歪み木の枝から落ちた際に折ったのだろう。


 流石のシロもこの状態では満足に移動することも難しい。


「足ですか。ちょっと見せてください」


「ナニ、ヲ、スルツモリ、ダ!? マサカ、サッキ、ミタイ、ニ、ダキツク、ツモリ、カ!?」


「ひとまず見るだけです。大人しくしてください」


 大きな声を出しているわけではないというのに、その声には不思議な力があった。有無を言わせず足首を見せてしまうほどに。


 じっくり観察されてから、ようやくなんで言うこと聞いているんだと目を瞬くシロを放って真っ黒な『毛』の少女は考えをまとめるためか言葉を漏らす。


「希少薬草が多く生えているここならば治療薬の材料を揃えるのは可能ですから、この程度ならば治せるでしょう。ですが、あのような怪物が徘徊している場所に長く留まるのは危険ですよね。一度外に出るべきか、ですがそれにも時間がかかりますし……」


「オマエ、ガ、オレ、ニ、カマウ、リユウ、ハ、ナイ。オイテ、イケ」


「ふざけないでください。もふもふを見捨てるくらいならば、世界だって敵に回してやります」


 どこまで本気なのか迷いなく返す少女にシロは困惑していた。わざわざ引き返して『ヤツ』からシロを助ける、などという弱肉強食を無視した思考回路。


 それに、命を救われた。

 今だってシロのために行動しようとしている。


 であればシロはどうするべきか。

 そんなの決まっていた。


「チカク、ニ、ナワバリ、ガ、アル。ソコナラ、ココヨリ、アンゼン、ダ」


「いいんですか? 縄張りにわたくしたちを近づけたくなかったようですけど」


「……コンカイ、ダケ、トクベツ、ダ」


 ぶっきらぼうにそう吐き捨てるシロ。

 その顔はほんのり赤くなっていた。怒っている、のではなく、照れているために。


「そうですか。ではお言葉に甘えるとしましょう。早くその怪我を治してあげたいですしね」


 言って、目元を柔らかくする真っ黒な『毛』の少女。その目に温かな心地を感じたシロは慌てて首を横に振る。温かな何かを振り払うように。


「トニカク、ハヤク、ナワバリ、イクゾ! 『ヤツ』、ガ、モドッテ、クルカモ、ダシ……グゥ!?」


「ああもう無理して立とうとしないでください。わたくしが抱えるので、縄張りまでの道案内はよろしくお願いします」


「オ、オォ!?」


 ふわり、と浮遊感と共にであった。

 抱きかかえられた。外見年齢で言えば少女たちよりも幼い小さな体躯なれど、その中身は強靭な筋肉の塊そのものである。見た目以上の重さがあるというのに、少女は気にした様子もなく抱き上げたのだ。


 ……人間が言うお姫様抱っこ状態であるとまでは、シロは気づいていなかった。


「ナ、ナンダ、ハズカシイ、ゾ!」


「足を怪我しているのだから我慢してください。はう、もふもふ……ごほんごほんっ! ほら、早く縄張りに行きますよ!!」


 でれっと表情を崩した少女が取り繕うように叫んでいたが、崩れた表情は完全には隠せていなかった。

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