最終話 呪いの地を開拓しようと思います
そういえば女王を殺すためとはいえ境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』に女王の膨大な魂のエネルギーをぶち込んでいたが、それはどうなった?
『うっわぁー。ちょっとやりすぎたかもですね』
呪いの地『魔沼』。
シェルファが初めて見た時から大地より立ち込める禍々しき紫の粒子が木々どころか空まで染め上げていたものだが、今はもう森そのものが紫に覆われて視認できない状態だった。
おそらく『賢者』辺りが生前から『魔沼』が無秩序に撒き散らされないよう森や土地に細工でも施していたのか不自然なまでに周囲に流れるようなことにはなっていないが──今のままではシェルファたち人間があそこに立ち入ることはできないだろう。
そう、これまで呪いの地で人間であるシェルファやレッサーが生活できていたのは召喚術の失敗によるペナルティーで肉体を悪魔のそれと変異させていたからだ。そして、その源は女王の呪法にあった。
召喚術によるペナルティーそれ自体が女王の悪意なれば、女王が死んでしまえば召喚術によるペナルティーそのものも失われる。つまりわざと召喚術を失敗したってペナルティーを受けることはなく、呪いの地に適応することはできない。
『シロ。あそこに戻るんですか?』
『マァ、ナ。「ソト」、デハ、オマエ、ニ、メイワク、ヲ、カケル、シナ』
『そんなこと気にしなくていいですのに』
大陸では人間至上主義を掲げる者も少なくなく、シロのような獣人(?)は差別の対象となる可能性がある。そのことは何度か呪いの地の外に出ているシロもわかっている。
ゆえに、だ。
『ハナレテ、クラス、ノガ、イチバン、ダ。ソレ、ハ、オマエ、ノ、ホウ、ガ、ワカッテイル、ダロウ?』
『でも、でもっ!!』
『ベツ、ニ、サイゴ、ノ、ワカレ、ト、ナル、ワケ、ジャナイ』
ぎゅっ、と。
シロはシェルファの華奢な身体を抱き寄せ、そしてこう言った。
『オマエ、ハ、オレ、ノ、ツガイ、ダカラ、ナ』
『ふっぅ!?』
『ゼッタイ、ニ、ハナサナイ、カラ、シンパイ、スルナ』
そうしてシロやキキ、数十の子犬たちは呪いの地に帰っていった。そう、付き合う前は同棲も同然だったというのに、付き合ってすぐに別居することになったのだ!!
ゆえに。
女王撃破のその日、つまり三日前のことを思い出してシェルファは拳を握って感情のままに叫びを放つ。
「開拓です! 呪いの地を開拓してやりますう!!」
呪いの地、紫で覆われて輪郭すら見えなくなった森の外でのことだった。レッサー、タルガ、ルシア=バーニングフォトンを伴ったシェルファは燃えていた。
人目につかない、ではなく、そもそも人が立ち入る可能性がない土地。つまりは絶対に人間に見つからないからこそシロたちはあそこに帰ることを選択した。自らの存在が露見していらぬトラブルを招きシェルファたちに迷惑をかけないために。
それが一番なのかもしれない。
別居という形にはなっているが、別に一生会えなくなったわけではない。絶対に離さないと言ってくれた。これからだってシロとシェルファの関係は続いていく。
それでも、嫌だった。
これまでずっと一緒だったのに、それがいくらかしか会えないようになるというのだ。一日に何時間、何分、何秒? それがいくらであっても、どうしても少ないと感じてしまう。寂しいと、思ってしまう。
──『魔沼』を除去するだけなら簡単だ。お金さえあれば、魔力をたらふく充填した魔鉱石をしこたま用意して中和すればいい。
だが、それではせっかくの安全圏を失ってしまう。そうして引き摺り出したところでシロは自分の存在がシェルファの重荷になるのではと気にするだろう。もしかしたらそれが原因で別離してしまうことになるかもしれない。
だったらどうするか。
そんなの決まっている。
「『魔沼』を浄化せずに、人間のままで呪いの地に踏み込めるようにしてやります」
「お嬢様、それ本当にできるの?」
「できるできないではありません。やってやるんです!!」
一つ目の悪魔に挑んだ。
生命を根絶する白と黒の竜巻に立ち向かった。
大悪魔を支配する第二王子に悪魔を統べる女王だって撃破した。
だからどうした。最愛とずっと一緒にいられないというのならば、そんなものは敗北と同じだ。勝ったなんて言えるわけがない。
「お兄様、タルガも! 手伝ってもらいますからねっ。こうなれば使えるものはなんだって使ってやりますから!!」
「シェルファの嬢ちゃんの頼みならまあ。……くっそう、なんで恋敵のために働いているんだ?」
「妹の頼みなら喜んで。……あいつがシェルファにふさわしいか確認しないといけないしな」
さあ始めよう。
一つ目の悪魔や白と黒の竜巻、大悪魔を味方につけた第二王子に悪魔を統べる女王といった不条理さえも乗り越えてきたその力の全てを振り絞って、離れ離れが最善というクソッタレを開拓する挑戦を。
これにて本編は完結となります!
呪いの地を開拓しようと思います、とタイトルに繋げるこの形が一番綺麗だと思って途中を変えさせてもらいましたが、これからもシェルファたちの物語は続いていきますので、あくまで本編はということで。
というわけでこれからもシェルファたちの物語を楽しんでもらえればと思います。何せまだ『ツガイ』になっただけですしね!




