第七話 邂逅、そして
「ったく、久しぶりの再会だってのに俺よりも呪いの地に夢中だもんなあ。婚約破棄されようが、勘当されようが、変わりないことで」
ブッォン!! と爆音が炸裂していた。
魔導馬車。馬車でいう御者が座る場所に車輪の方向変換を担うハンドルや加速を担うアクセルペダル、停止を担うブレーキペダル、そして魔力供給のための首輪を取りつけた魔道具であった。
通常は時速三十から四十キロが限度である魔導馬車であるが、迅速で正確な『運輸』のために改造された『スピアレイライン運輸』仕様は軽く百キロを越す速度を叩き出す。
だだっ広い平原を爆音と共に駆け抜けるタルガは百キロ超えの世界であってもよそに思考を持っていけるだけの余裕があった。
「まあ、婚約破棄だ勘当だでシェルファの嬢ちゃんを縛る枷はなくなったんだ。焦る必要も、貴族だなんだ面倒な連中を黙らせる策略も必要なくなったんだし、辛抱強くいくとするかね」
ーーー☆ーーー
魔道具。
魔導馬車を筆頭に生活に密接に関わっている道具である。
役割は補助、ということになっているが、魔力さえ流せば(誰でも使えるようダウンサイジングしているため大規模なものではないが)登録された魔導を使うことができる。
お風呂のお湯や調理に使う火、夜の闇を照らす光に蛇口をひねることで水を流す。とにかく日常のありとあらゆる場面に組み込まれている魔道具は、まさしく利便性の要であった。
難解で高度、なおかつ失敗した際にはペナルティが課せられることもある魔導、すなわち選ばれし極少数の天才にのみ許された力を一般人でさえも簡単に使用可能とする『補助』。
魔道具に登録された──内部に刻まれた『長持ちする』魔法陣──単一の魔導しか使えないため、場面場面に応じて異なる魔道具を用意する必要がある、というのも、複数の魔道具を売りさばく理由となり、その分だけ儲かる構図となっている。
だが、デメリットもある。
魔導の残留物。空気や土地を汚染するそれはゆっくりと、だが着実に世界を蝕んでいる。今はまだ一部の動植物が死滅するだけで済んでいるが、汚染が進めばやがては人類に牙を剥くことだって十分に考えられる。
「──このドロドロした身体に悪そうなのが汚染浄化の『商品』になる……いや、でも、この沼のせいでここら一帯は生物が住めない環境になっちゃったの! そんなうまくいくものなの?」
「断言はできません。ですが、蒼天花を筆頭に汚染によって数を減らした薬草が多く見られる以上、最低でも魔力を含んでいない植物にとっては快適な環境ということです。後はバランスですね。汚染は殺すけど、人の害にならない程度まで調整できれば、『商品』として売り出せるでしょう」
「なるほど。いや具体的にどうすればってのはさっぱりだから、その辺はお嬢様任せになるんだろうけど、あたしにできることがあったらなんでもするから!!」
「ええ、期待していますよ、レッサー」
と、その時だった。
眉をひそめたシェルファがバッと勢いよく振り返る。その視線の先には緑生い茂る木々しかないはずなのだが、シェルファは何かを探るようにその先を睨みつけていた。
ーーー☆ーーー
獣人の少年、シロと名乗った異形はシェルファたちが縄張りに入らないようにと警告していた。では、そもそもなぜ彼はあの場にいたのか。狩りや定期的な見回りなど様々な理由が考えられるだろうが──とにかく、出歩かなければならない理由があったのは確かである。
(……、カンチガイ、ダッタ、カ?)
彼は群れのボスである。すなわち彼と同じような者が集まってコミュニティを形成しているのだが……そのコミュニティのメンバーが数人死体となって発見されていた。
森の中は決して安全とは言い難いため死者が出るのはあり得ないことではない。彼らは森の中でも強者の部類ではあるが、無敵というわけではないのだから。
だけど、だ。
死体となって発見された者たちには目立った外傷はなかった。傷をつけずに彼らを殺す者となれば、候補は一つしかない。
……もちろん病死など外敵以外の死亡理由もあるだろうが、最悪の可能性から目をそらすわけにもいかない。
「『ヤツ』、ガ、イル、カモ、シレナイ」
ゆえに彼はボスでありながら縄張りの周辺を見回っている。万が一『ヤツ』が仲間を殺したとするならば、対抗できるのは群れの中でも最強たる彼しかいないのだから。
と。
その時だった。
ぐわっぁん!! と視界が歪む。
まるで泥をかき回すように螺旋を描き、形を失い、色を混ぜ合わせた極彩色に埋め尽くされる。
(コ、レハ……ッ!!)
踏み外す。木の枝へと着地する瞬間に視界が歪んだため、目測を誤り踏み外したのだ。
一挙に、数十メートルもの高さから落ちる。激突は、体感にして一瞬。現実の時間がどれほどであったにしろ、命の危機に対する恐怖が現実的な時間を吹き飛ばす。
人間であれば腐った果実のように砕けることもあり得る衝撃が走る。普段であれば視覚を頼りに体勢を整えることで衝撃を殺すこともできていたが、頼りの視覚はとうに狂っていた。
いいや視覚だけではない。
視覚ほどひどくはないが、嗅覚や聴覚、もしかしたら味覚も万全とは言い難かった。
感覚が、狂う。
聴覚や嗅覚は完全には死んでいないためそれらを頼りに周囲の状況を精査することは可能だが、普段よりも格段に精度が落ちるのは否めない。
(『ヤツ』、ダ! 『ヤツ』、ガ、アラワレタ!!)
一息にて数十メートルもの高さまで飛び上がる彼の同族。類い稀なる身体能力を持つ獣人を無傷で殺すほどの怪物が迫る。
その、寸前であった。
珍しい、それでいて先ほど嗅いだばかりの匂いが鼻腔をくすぐる。
嗅覚もまた万全ではないため間違いかもしれないが、そうでないとするならば──
「コノ、ニオイ……ッ!」
──その匂いは遠慮のカケラもなく抱きついてきた少女と、そんな少女を軽くあしらった少女のものであった。
すぐ近くに、いる。
いつものシロであればキロ単位で精査可能だというのに、数メートルもの近くに接近するまで気づけなかった。
ゆえに同じく近くにいるだろう『ヤツ』もまた彼女たちを捕捉している。
そう。
出会ったら確実に殺されるとまで言われている破滅に、だ。
「バカ、ニゲロォ!!」
そして。
決着があった。