第六十四話 聞きたいこと
「結局あいつ死んだのか」
女王との殺し合いから三日経ったある日。王都に戻ったルシアは一般の兵を指揮しながらも自ら率先して悪魔もどきに破壊された建物の復興を手伝っていた。
そんな時、あがってきた報告は以下の通り。
バーニングフォトン公爵家当主が先の騒動で受けた怪我が原因で死んだ、と。
悪魔もどきは公爵家の屋敷にも攻め込んでいた。その際、当主はメイドや執事、果ては次男アーノルドさえも足止めとしてその場に留まるよう吐き捨て、真っ先に逃げ出したらしい。
本人はクレバーに立ち回ったつもりだったのかもしれないが、どうやら逃げた先でも悪魔もどきが出現、その暴虐にて重傷を受けたとか。
ちなみにアーノルドはメイドや執事を守るために悪魔もどきに挑み、勝てはしないまでも悪魔もどきが『冥王ノ息吹』と変じるまで時間稼ぎはできたようで、そこからはとにかく白と黒の竜巻に呑まれないようメイドや執事と共に逃げたのだとか。
ひょいひょいっと複数の角材を片手で軽く持ち上げながら、報告に来た公爵家のメイドへと『わざわざ伝えに来てくれてありがとうな』と告げ、空いた片手で頭を撫でるルシア。
妹のシェルファもそうだったが、どうにも基本的に距離が近いスキンシップにメイドが心乱されていることなどルシアは気づいた様子もなく、
「アーノルドめ、公爵家の力使えば助けられたくせに見殺しにしたのか」
思い出すはいつかの弟との会話。
『それと、お前も意地張ってないでシェルファに逢いに行けばいいんじゃないか?』
『だから! 僕はそこまで滑稽晒す気はありません!! 全ては今更ですから。せめて、やることやりませんと』
やること。
せめてケジメをつけないといけないなんて考えていたのだろう。
「シェルファはそんなの気にしないだろうに。何せ今回だってそうだったし、な」
ーーー☆ーーー
三日前。
女王の魂を完全にエネルギーと消費して、具現化された『魔沼』から逃げ出すようにシロの手で森の外まで(お姫様抱っこで)運ばれたシェルファ。
そんな彼女たちの周囲には女王に憑依されていた男爵令嬢を脇に挟んで運んできた『勇者』ミリファ=スカイブルー、『賢者』、夢魔ミリフィア、ルシア=バーニングフォトン、タルガ、レッサー、キキ、数十の子犬たちが集まっていた。
そう。
全員にお姫様抱っこ状態を見られているのだ。
「シロ、待って、これ恥ずかしいですっ」
「ナニガ?」
「あう、これ絶対この体勢の意味理解していない感じですっ。と、とにかく、下ろして、凄くとってもかなり名残惜しいですけど、下ろしてくださいっ」
「ン」
と。
素直に下されたら下されたで不満げに眉をひそめるものだから、シロは不思議そうに首を傾げていた。
「ドウカ、シタカ?」
「いえ、あの、やっぱりもうちょっと堪能していたかったと言いますか、いやでも恥ずかしいですし、ああでもやっぱり、ううっ」
「ヘンナヤツ」
「うっぐっ。わ、わたくしだって面倒なこと言っている自覚はあって、いつもだったらこんな矛盾したことは言わないはずで、ですけど仕方ないじゃないですかっ。シロが相手だと完璧じゃいられないくらいシロのことが好きなんですから!!」
ぽん、ぽん、ぽん、と。三秒ほど経ってから、ようやく自分が大声で何を言ったのかを認識したのだろう。途端にひゃうわっ!? と喉の奥からひくつくような悲鳴をあげて、飛び退くようにシロから離れようとするシェルファ。
そんな彼女をシロは両腕で掴み、抱き寄せていた。
「ひゃ、ひゃふ、シロ、なんっ、わたくし、いま、わひゅわひゅっ!?」
「イイモノ、ダナ」
「ひふ……!?」
「ホレタ、オンナ、ニ、スキ、ト、イワレル、ノハ」
「ほっ惚れた、うひゅはっ!!」
「オレ、モ、オマエ、ガ、スキ、ダゾ」
「う、うううう、あううううーっ!!」
と。
悪魔を統べし女王とやり合った直後とは思えないほどイチャイチャしている横では灰色の毛並みを黄金と染めたキキが『勇者』や男爵令嬢といった怪我人の治癒を終えていた。
シロと同じく聖剣のカケラの性質で覚醒した『聖女』の治癒能力は千切れた腕さえも生やし癒していた。
「う、うあ……わたし、確か逃げていた最中だったはずで、あれ、ここは……???」
怪我が癒えたからか、呻き声と共に目を覚ます男爵令嬢。『勇者』ミリファ=スカイブルーは彼女が目覚めたことを確認してから安心したように笑みを浮かべ、脇に抱えた状態から地面に立たせてやる。
「無事で良かった。じゃ、私はそろそろ限界だし、退散しようかな」
告げ、半ばから折れた聖剣を振るい空間へと亀裂を生み出す『勇者』。その亀裂へと一人飛び込み、塞ごうとしたところで『賢者』が割り込むように飛び込んでいった。
それをぼんやりと眺めていた男爵令嬢がハッと表情を弾けさせる。
「あの女悪魔はどうなったですわ!?」
「奴ならシェルファが殺したよ」
そう答えたのはルシア=バーニングフォトン。握る紅の剣を腰の鞘に納めることなく、彼はいつの間にか男爵令嬢のそばに立っていた。
「殺したって、マジですわ!? う、うふふっ、ナニソレさいっこうですわ!! わたしにもようやくツキが回ってきましたわっ!! これは、もう、豪華絢爛ハッピーライフ待ったなしですわよね、ね!?」
ぴょんぴょんとツインテールを揺らしながら跳ねる男爵令嬢。と、ようやく解放されたシェルファが息も絶え絶えな様子で男爵令嬢のもとへと近づいてきた。
「良かった、まだどこか行っていなかったですね。貴女に一つ聞きたいことがあるんです。これだけは、絶対に、はっきりさせておかないといけませんから」
「聞きたいこと、ですわ???」
真剣だと、猛烈に感じさせる目だった。怖いくらいの熱量を感じさせるものだった。
シェルファ。
男爵令嬢が引っ掻き回した結果、未来の王妃となるはずが一転、婚約破棄からの勘当を突きつけられた少女がそんな目をしているとなれば、普通は男爵令嬢を糾弾するために決まっている。
そのことに気づいた瞬間、男爵令嬢はびくびくびくっ!! と全身を震えさせ、腰を抜かし、地面に尻餅をつく。ピンクのフリフリのドレスが土に汚れるのも構わず、じりじりと後ずさる。
「ま、まさかあの婚約破棄騒動についてですわ!? あれは全部宰相の言う通りに従っただけというか、わたしの『正体』バラすと脅されていたというか、できるだけ汗臭い世界に関わることなく豪華絢爛ハッピーライフ掴むためで、その、わたしもジークランスにフラれたから水に流すということでどうですわ? だめ? やっぱり断罪待ったなしですわ!?」
「……? ああ、どこかで見たような気はしていましたが、あの時の女の人でしたか。婚約破棄に関しては裏で話が進んでいることがわかってはいましたが、どうなろうとやることは変わらなかったので放置していたんです。そんな些事より、そう、そうです、それより、それよりですよ」
ついには地面にぽてんと転がった男爵令嬢の顔の横に両手をつき、顔を近づけ、シェルファは口を開く。
「シロのこと、好きなんですか?」
…………。
…………。
…………。
「ん? え、なんですわ? ちょっと待って追いつけない思考がまったくもって追いついていないですわっ」
「ですから! 貴女シロに格好いいだなんだと言って抱きついていたではないですかっ。確かにシロは格好いいですけど、でも、シロはわたくしに好きと言ってくれたんです。だから、その、諦めてくれると嬉しいのですが……」
「え、ええと、シロってあの真っ白毛並みな少年ですわよね? 初めからそこまで真剣じゃないというか、ぬいぐるみとじゃれ合う感じだったというか、多分そちらが想像しているようなことはないですわ、よ???」
「そ、そうですかっ。そうならいいんです、ええっ」
ほっと。
裏表など感じさせない、本当に安堵したと言いたげに胸を撫で下ろすシェルファ。相手が婚約破棄騒動に関わった令嬢だと分かって、なお、そんなことよりシロに好意持つ女がいるか否かのほうが重要なのだ。
「随分と、その、シロとやらを好いているんですわ?」
「えっ!? いや、そんな、えへへっ」
と。
わざわざ気配を殺し、警戒していたルシアが一つ息を吐き、腰の鞘へと剣を納める。
「シェルファがそれでいいなら別にいいが……本当、気にしなさすぎだ」




