第六十三話 最後の勝利者
シロ、『賢者』、『勇者』ミリファ=スカイブルー、夢魔ミリフィアと対峙するは悪魔を統べる女王。ピンクのフリフリのドレスを身に纏った少女へと憑依したかの超常存在の口が開く。
「邪魔じゃ、邪魔なのじゃ! 吾が標的はシェルファのみ!! 吾をコケにしてくれたクソ売女だけはこの手でぶち殺さないと気が済まないのじゃあ!!」
感情をむき出しとしたその姿。薄い赤のツインテールを乱雑に揺らし、憎悪のままに表情を歪める様を見据えて、『賢者』はあっけらかんと言う。
「よし、殺すか」
「待ってよっ。前までならまだしも、今の女悪魔は女の子に憑依しているじゃん! 今殺そうとすれば、憑依されている女の子も殺すことになるって!!」
『勇者』ミリファ=スカイブルーの言葉にボサボサ頭に赤黒く汚れた白衣の『賢者』は露骨に渋面を浮かべる。
「ちえ、流石に見てわかるもんを誤魔化すことはできないかあ。俺様としては『確実に』、それでいて最善にして最小の犠牲で終息させるためにも殺せる時に殺したいんだがな。世界を歪めるのではなく、直接殺しにくるくらいには弱っている今がチャンスなんだし。というかここで変に最高点目指そうと時間を浪費した結果、女王が本来の力取り戻すなり援軍がやってくるなり面倒な展開になるのは嫌だろ?」
「そんな理由で目の前の女の子を見捨てるなんてあり得ないよ。だから、ほら、何とかしてよ『賢者』」
「馬鹿はすぐそうやって丸投げする。言っとくがこちとら『賢者』名乗っておきながら後手も後手、周回遅れまっしぐらだからな? 無理無理、あんなんとりあえず殺すしかないって。なあに、魂ごと殺す方法はすでに示されているんだし、同じこと繰り返せばそのうち勝てるんだ。下手に他の方法選ぶ必要ないさ」
「とにかく、先に女の子助けるのは決定事項だから」
「チッ。そうだ、ミリファはそういう類の『馬鹿』だったな。力不足だろうが何だろうが理想を曲げず、毎度毎度ゴリ押しで帳尻合わせてやがったっけか。こんな潔癖症極めた理想が貫けたくらいだし、かつての大戦は今この状況よりも難易度低めだったのか?」
「で、結局どうするのよねえ!? あの女の子ごと殺すの、それとも女王を引き剥がしてから殺すの、どっちなのよねえ!?」
割り込むように新人少女兵士を夢を軸として夢遊病にも似た形で操る夢魔ミリフィアが叫ぶ。
「どっちもクソも後半はアテがないからな。帳尻合わせるにしてもかつての大戦のように暴力でゴリ押しすればいいってわけでもなし、正直お手上げだな」
「…………、」
静かに、だが確かに黄金に染まるシロが拳を握り締めた、その時であった。
「くふ、くはは、ははははは!! お主ら、そんな、ふざけるのも大概にするのじゃ!! 悪魔を統べし第零位相が一角たる吾を下に見るでない!!」
先の不遜にして無邪気な態度の名残りもなかった。侮辱だと、こんな状況あってはならないと、怒りに全身を震わせる女王。
対して、シロはただ一言、こう返した。
「アイツ、ニ、モウ、マケタ、ト、マダ、キヅイテ、イナイ、ノカ」
「ほざけッ!! 吾は女王、吾こそが蹂躙する側にして支配する頂点じゃぞ!! それを、負けたじゃと? そんな結末で終わることなど出来るものかあ!!」
そして。
そして、だ。
「困りましたね。その人には聞きたいことがあったのですが……仕方ありません。死に損ないの女悪魔を追い出し、殺してから、お話するとしましょう」
あくまで軽く、淡々とした声音であった。
シロと並び立つはシェルファ。黒を基調とした少女は男爵令嬢に女王が憑依したことなど軽く受け止め、ならば追い出せばいいと言ってのけたのだ。
「というわけで、トドメを刺させていただきますね?」
「……ッッッ!!!!」
女王などその程度だと、軽く淡々と処理できるのだと、態度で示すシェルファを前に女王は今まで感じたこともない怒りで声を上げることすらできなかった。
ゆえに、全ては行動でもって示される。
女王の右手が上から下に振り下ろされ、その軌跡に沿う形で数百メートルもの高さまで伸びる灼熱の刃が噴き出した。
ーーー☆ーーー
数百メートルもの灼熱の刃。
それそのものは決して侮れる暴虐ではなかっただろうが、あの女王が直接的に他者を害するために力を振るったことが異常であった。
敵対者を殺すためだけに世界そのものを歪めることを是として、実際にそこまでやってのける力の持ち主が何の理由もなしに直接的に他者を害するために力を振るうとは思えない。
すなわち、弱体化。
先の魔法陣によって魂が消費され、その分だけ女王の力が削がれたということだ。
十分の一か百分の一か、それとももっと下まで落ちているのか。とにかく今の女王に世界を歪めるだけの力はなく、あったとしてもシェルファが相手では無効化されるなり逆に利用されるのが関の山。
そんなことは頭に血がのぼっている女王だって理解しているだろう。であれば、この灼熱の刃の狙いは──
「吹き飛ぶのじゃ!!」
炸裂。
灼熱の塊が凄まじい勢いで膨れ上がり、起爆したのだ。
灼熱の刃そのものは女王が具現化したものであり、シェルファであれば即座に分析・対応した魔法陣を生み出せたのかもしれないが、その余波までは操れない。
すなわち空気を熱することで衝撃波と変えたならば、それはあくまで物理現象。直接的な超常ではない現象に関しては魔法陣で操ることはできない。
だから、
つまり、
「ハァッ!」
黄金が、唸る。
シロの振るった右腕が熱波を左右に引き裂く。と、その時には吹き荒れる熱波を推進力に肉薄していた女王と激突していた。
ガンバギドガドゴボギザシュッ!! と女王の拳がシロの鼻を潰し、シロの蹴りが女王の肋骨を砕き、返すように頭突きが炸裂すればその頭を掴んで下から膝を叩き込み、胴へと拳がめり込み、爪が二の腕を抉り裂く。
単純な膂力であれば魔法陣で逸らされることはなくダイレクトにシェルファへと通るだろうが、そんなものをシロが黙って見過ごすわけがない。
「づ、が、ばっ!? 吾が、このような、吾を誰だと思っておるケモノ風情があ!!」
「テキ、イガイ、ノ、ナニモノ、デモ、ナイ!!」
黄金の毛並みから放たれるは『勇者』たりうる無双の力。そして、ぐぢゅり! と傷口を塞ぐは『聖女』たりうる治癒の力。
聖剣のカケラを体内に取り込むことで素質を解放したシロは止まらない。迫る拳を避け、カウンターにて爪を叩き込む。
「が、ぶ!?」
この短期間で殴り合う互角状態から回避、そして反撃と繋げられるだけの進化を遂げるは戦闘の最中にこそ敵に対応するように急速進化を遂げる『武道家』の力。
続いて、
「『ホノオ、ノ、ショ』ッ!!」
展開されるはシェルファも知らない法則で成り立つ陣、そこから放たれるは漆黒に染まりし炎。
槍のように束ねられた漆黒の灼熱を女王は横に飛び退くことで回避しようとするが、避けきれずに脇腹を大きく焼き抉られる。
大陸の外の人間が扱う、魔導とは異なる技術。すなわち『魔法使い』の知識が生み出す熱量に女王が表情を苦悶と歪める。
「次、から……次にい!!」
──聖剣には持ち主の才能を引き出す力があり、シロの祖先は『賢者』が手を加えたクローンである。
『勇者』、『聖女』、『武道家』、『魔法使い』、その他にも様々な英傑のエッセンスを組み込んだ祖先から脈々と続く血筋が聖剣の力によって表出しているのだ。
黄金に輝くシロの猛威が女王を追い詰める。世界を歪めるのではなく、直接的に敵を殺すために力を振るうしかできないほどに弱体化した女王の命へと爪撃が届く、その寸前であった。
「シロ。右頬を横倒しのQとなるよう裂いてください」
「オウッ!!」
なぜ、だとか、そんな余計な問答を挟むことはなかった。シロの爪が女王の右頬を抉り、横倒しのQを刻む。
「続いて右手の甲に右斜めの4、左耳たぶに8と8を横に貫くように6、左腕に逆にしたAをお願いします」
「ンッ!!」
爪がさらに唸る。シェルファの指示通りに女王の肉体へと傷が刻まれていく。
文字に数字。その連続。
そう、それすなわち呪法の陣を構築しようとしているのだ。
「く、はははっ!! 同じ手が二度も通じると思うでない!! 吾が憑依体へと陣を刻むというのならば、崩せばいいのみ!!」
瞬間、女王は己の左手を引き千切った。
欠損。土台からして変化させることで五体満足を前提とした陣を崩し、呪法発動を阻止しようとしたのだ。
「悪魔を統べる女王を舐めるでない!!」
だから。
しかし。
ザ、ザザッ、と足で地面を削りながら、シェルファは小さく息を吐く。
「そちらこそ元とはいえ令嬢を舐めているのではないですか?」
「なに、を……ッ!?」
「令嬢とは社交場を戦場として、表情や言葉遣いにて血を流さず闘争を繰り広げる生き物です。であれば、対象を観察するだけでその者の思考パターンや感情を読み取り、次の行動を予測するなど挨拶程度ですし、そこから相手を望むように誘導してこそ令嬢と呼べるのです。わかりますか? 貴女がそうやって陣を崩そうと腕を千切ったのは、そうするようわたくしが誘導したんですよ」
つまり。
つまり。
つまり。
「そうやって腕を千切るのも、何なら先の戦闘でシロがつけた傷さえも利用して、初めて目当ての効果を示す陣が構築されます。ですから、ほら、結果が出ますよ」
れっきとした文字や数字だけでなく、偶発的に刻まれた傷さえも利用した陣。かつて一つ目悪魔がシロに放った五感を狂わせる呪法を逸らすために刻んだ魔法陣と同じく簡略化、あるいは複雑化された文字や数字として機能するよう見極め、利用したのだ。
単に法則を利用するだけでなく、そこから臨機応変に利用して、偶発事象さえも組み込むことで完璧とまでは言わずとも望む程度の効果は発揮できる陣と仕上げるその技能。そして、そうなるよう誘導するだけの手腕。
もって結果は示された。
境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』──ではない。示されしは憑依を応用した呪法。
すなわち魂を肉体から追い出すための呪法である。
入ることが可能なら追い出すことも可能なはずだ。あくまで可能であると推察されるだけで、そういった呪法を知っているわけではなかったが、シェルファは望む呪法を組み上げてみせた。
シロたちを救った治癒系統呪法だって、土台がありはしても既存のそれから昇華したものだったのだ。であれば、憑依という土台から昇華した呪法を組み上げることだってシェルファにとってはそう難しいことではない。
つまり、示された結果は男爵令嬢の肉体から女王を引き剥がすというもの。先と同じように肉体に刻むことで女王の持つ呪法構築のためのエネルギーを利用して陣を発動、その結果勢いがつくように陣を調整していたのか、女王の魂がある一点目掛けて射出された。
シェルファが足を使い地面に刻んだ陣へと。
すなわち境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』が完成したと同時、陣に触れないようシェルファが飛び退いた時にはもう終わっていた。
突っ込む。魂だけの女王が陣に触れ、先と同じように魂をエネルギーと変換されるだけにあらず。魂を肉体に入れる、あるいは出す。そういった呪法の法則を応用し、一度触れた魂は決して離れないといった性質を陣に追加していたのだ。
『待て、吾は、こんな、たかが娯楽で吾が死ぬなど、そんなのありえないのじゃ!!』
「くだらない娯楽をやめとすることを選ぶ猶予は与えていました。分岐点にてあくまで殺戮を娯楽と呼び、戦闘を続けることを選んだのは貴女です。あくまで選んだならば、その結果もまた享受するべきでは?」
『だって、違う、だって吾は常に奪う側で支配する立場だったのじゃ!! 与えられることはあれど、奪われることなどないはずなのじゃ! だから、それなのに、なぜ吾が奪われておるのじゃあ!?』
「そんなのわたくしの大切なものに手を出したからに決まっているでしょう」
シェルファがそう吐き捨てたと共にであった。
境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』が女王の魂を完全に喰らい、エネルギーと変え、紫の沼が濁流のごとき勢いで噴き出した。
「あ」
「ア、ジャナイ!!」
危うく紫の沼に呑まれ魔力を殺されそうになったシェルファへとシロが突っ込む。ほとんど突進する形で境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』から距離を取る。
移動しやすいようにと、俗に言うお姫様抱っこの形で。
「アブナッカシイ、ナ」
「……ぁ、う……」
「ナンダ、カオ、ガ、アカイ、ゾ。ハッ!? マサカ、ダメージ、ウケタ、ノカ!?」
慌てたようにシロが顔を近づけてくる。なぜ? シェルファの額と自分の額を合わせて、熱がないか確かめるためにだ。
「……ッ!?」
ぼっふんっ! とシェルファの頭に瞬時に血がのぼり、思考が茹で上がり、意味のない呻き声をあげるだけしか出来なくなる。
だって、額と額が重なっているのだ。そこからシロのもふもふ加減や体温が感じられるし、すぐ近くにシロのたくましい顔が広がっているし、こんなのほとんどキスする寸前なのだ。
先程まで悪魔を統べる規格外の怪物と渡り合っていたとは思えないほどにふにゃふにゃと全身から力が抜けるシェルファ。そんな彼女の様子に尚更誤解を広げたシロが心配そうにシェルファを抱く腕に力を加えたりするものだから、ふにゃふにゃ具合は悪化し続けるのであった。




