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婚約破棄されたので呪いの地を開拓しようと思います  作者: りんご飴ツイン


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第五十九話 最善にして最小

 

 光の速度。一秒に大陸どころか惑星を七周から八周するほどの超高速挙動。そんなものを持ち出されてはどんな存在も等しく粉砕されるに決まっている。


 まさしく必殺。

 歴代『勇者』の中でも最高峰に位置するミリファ=スカイブルーにふさわしい力である。


 だから。

 しかし。



 地面を蹴り、前傾姿勢にて女悪魔へと突っ込むその状態で止まっていた。いいや、正確には光速にて突き進んで、なお、止まっている風に見えるほどゆっくりとしか移動できていなかった。



「くふふ☆」


 女悪魔の無邪気な笑みが響く。

 いつの間に展開したのか、周囲に文字や数字で形作られた陣を従わせた美女の笑い声が。


「確かに光速にて突っ込めば吾の脆弱な肉の器程度は砕くこともできたろうが、逆にいえば突っ込むことができなければ無意味というわけじゃ」


 笑う、笑う、笑う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()女王はこう続けた。



「ならば後は簡単じゃ。一センチとは光速にて踏破するのに十年かかる距離である、と定義すればお主の必殺は吾に届くことはなくなるのだから」



 敵対者を倒すために敵対者へと力を振るう。極大の戦争を人類の勝利と終結させた『勇者』ミリファ=スカイブルーのような強者でさえもそこはそこらの戦士と変わることはない。


 だが、女王は違う。

 敵対者を倒すために世界へと力を振るう。戦場そのものを歪め、自分に有利な環境へと変異させる。そう、ただ敵対者を倒すそのためだけに彼女は世界そのものに横たわる唯一絶対の法則を歪めたのだ。


 ゆえに、一センチとは光速にて踏破するのに十年かかる距離と変異した。そういうものだと、世界全体が再定義された。


「む、ちゃ、くちゃ……なっ!?」


 さしものミリファも愕然と目を見開いた、その時であった。



「その程度想定していないと思ったか、『女王』」



 ボッバァンッッッ!!!! と爆音が炸裂した。かの大規模魔導『殲滅』を連想させる爆撃が女悪魔へと襲いかかったのだ。


 周囲に撒き散らされる爆風でさえ洞窟近くの木々や家を薙ぎ払い、発火させるほどに高度な爆撃系統呪法を放ったのは『賢者』。


 彼は言う。

 それだけの破壊を振るいながら、なお、


「座標指定型呪法。これなら距離という概念がどれだけ狂おうとも関係ない。が、まあ、俺様の呪法でどうにかできれば苦労はしないわな」


 だから、と。

 その頭脳にてかつて勃発した極大の戦争を人類の勝利へと導いた最も賢き者はこう繋げた。


「さっきのは『女王』が展開した距離を歪める呪法の陣を崩すためのものだ。距離さえ正常に戻ればミリファの剣は届くんだからな」


 言下に光速が彼我の距離をゼロとする。

 ズッゾッッッン!!!! と黄金の剣が真っ直ぐに女悪魔の胸の中心へと突き刺さる──はず、だった。


「ふむ。吾も舐められたものだのう」


 ブレる、霞む。

『勇者』の剣が貫くは虚空にして残像。そう、光速から繰り出された突きを宝石の美女は身を捌くことで回避したのだ。


「ッ!?」


「光速の速度域に対応できるよう肉の器を組み替える程度、吾にできぬとでも思っておったのかえ?」


 轟音が炸裂した。

 果たしてそれが美女の繊手がビンタでもするように振るわれたのだと視認できた者はいたのか。


 動作自体は頬を狙い平手で叩くものでも、速度が跳ね上がることで結果もまた飛躍する。


 咄嗟に剣腹を盾のように構えることができたのは『勇者』ミリファ=スカイブルーであったから。それでも、だとしても、女悪魔は真っ向から拙い抵抗を打ち砕くだけの力を持つ。



 轟音は炸裂したのだ。

 それは、つまり、黄金の剣が砕ける音であった。



 竜巻にも似た突風が吹き荒れ、キラキラと黄金に光る粒が流れる。ズザァッ! と『賢者』の頬を裂き、黄金の剣の残骸が洞窟内へと飛ばされたのだ。


「づっ、ぁ……おお、ァッ!!」


 黄金の剣、すなわち聖剣の刃が半ばより砕かれるのと引き換えにミリファは女悪魔の平手を逸らし、後方へと逃れていた。


『賢者』の隣へと跳ね飛んできた『勇者』の隻腕は何とか聖剣を掴んではいたが、肉の塊のように力なくぶら下がっていた。骨でも砕けたのか、神経が千切れたのか。


「が、ばぁっ! 『賢者』っ! 何か作戦は!?」


「作戦、か」


 無理な挙動にて回避を成功させたのだろう。光速なんて速度域には対応できていない『賢者』では何をどうしたかまでは視認できていなかったが、筋肉が断裂した腕や足を見れば察しはつく。


 そこまでしても届きさえしなかったと、その情報をもとに『賢者』は思考を回す。彼の武器はそれしかないのだから。


(せめて対等とまでは言わずとも勝負になれば『女王』が楽しかったと退く展開もあったんだが……そう都合よくはいかないか)


 ならばどうするか。

『賢者』の迷いが、優柔不断が招いたこの絶望をどう切り抜けるべきか。


(一番はシェルファに憑依した大悪魔エクゾゲートをシェルファごとエネルギーとして消費することだった。そうすれば『女王』が観測していたとしてもつまらないと捨て置いていただろう。そう、そうして顔を出す起点を潰す道筋は見えていた。万が一にさえも俺様は対応していたんだ)


 だが、現実としてシェルファは己の手で道を切り開いた。『女王』が興味を持つだけの素質を見せてしまった。


 そこで無理矢理にでも軌道修正すれば良かったのか。大悪魔を誘導するための魔法陣に『賢者』が横槍を入れて失敗と終わらせれば良かったのか。


(あの時はまだ可能性の段階だった。詳しく精査する時間なんてなかった。だから、賭けてしまった。ああそうだ、あそこで俺様が『確実』から目を逸らしたのが原因なんだ。ったく、何が最も賢い者だ。くだらねえ優柔不断によってシェルファ一人で済んだはずの犠牲を拡大させているじゃないか!!)


 これはもしかしたら何の罪もない少女を見殺しにしなくてもいいのではと揺らいでしまった末の末路。


 ならば、どうすればいい?

 ここから逆転するための手段はどこにある?


(誰かに魔導を使わせるにしても、俺様が学問と定義した魔導で引き寄せられるのは第二位相に位置する超常存在たる夢魔ミリフィアや大悪魔エクゾゲートまで。第零位相たる頂点に君臨する『女王』クラスの力を引き寄せるだけの魔法陣は構築できていないから太刀打ちは不可能。呪法であってもそれは同じだ。俺様の技能では直に目撃した『女王』の呪法さえも再現できない)


 魔導と呪法には繋がりがある。

 ゆえにこそ、なのだ。魔導があくまで特定の式へと状況に応じたパラメータを入力することで答え(魔法陣)を構築するがゆえに同じ魔導を扱うにしても毎回違った魔法陣となるように、呪法もまたあくまで土台は式。だからこそ、その目で見た陣をただ真似ただけで同じ現象は起こせない。


 というか、真似るだけでいいならば女王の力を悪魔ならば誰でも使えるという話になる。その程度の差しかないならば、位相として力の差が如実に出ることはないのだから。


 足りない。

 一度見た程度で式を割り出し、パラメータを入力して、その場に応じた答え()を構築するだけの能力は『賢者』には備わっていない。


 彼に頭脳という武器があるのはあくまでクローンを利用した寿命の延命によって普通の人間以上の時間を作ったがために過ぎない。時間さえあればまだしも、今この瞬間に対応できるだけのカードは持っていない。


 ならば、どうする?

 どこをゴールとするべきだ?


「参ったな。『確実』なんて皆無だぞ」


「『賢者』っ!!」


「騒ぐな、ミリファ。最善は見えたからよ。まあ毎度のごとくそんなのやだと暴走しそうではあるがな」


 その言葉に新人少女兵士の肉体に憑依することで現世に関与している夢魔ミリフィアが安心したように小さく息を吐く。


「まったく、遅いのよねえ。まあド級クソボケならなんとかすると信じて……ごほんごほんっ。とにかく、これからどうすればいいのよねえ!?」


「まず夢魔ミリフィアが後ろに転がっているシェルファたちを連れてこの場を離脱する」


「うん、で?」


「俺様とミリファで『女王』をぶっ倒す」


「うんうん……え? どうやって???」


「馬鹿が。敵の目の前で作戦を明かす奴がいるものか。いいからさっさとシェルファたち連れて逃げろ。それが、最善にして最小だ」


 夢魔ミリフィアはすぐにはその言葉の真意までは理解できなかった。大規模な攻撃を仕掛けるから、シェルファたちを巻き込まないようにしたいということということにしてしまうところだった。


 だけど。

 がしがしっと荒っぽく、それでいて『賢者』らしくもない柔らかな笑みと共に頭を撫でられたものだから、何となくわかった。分かって、しまった。


「『女王』はあくまで楽しむことが目的だし、興味を失いさえすればなんとでもなる。だから、まあ、後腐れないようなんとかするさ」


「ま、さか」


「任せたぞ、夢魔ミリフィア。これが最善にして最小なんだから」


「まさか!!」


 その時、『賢者』は過去の亡霊が二人と『勇者』の肉の器が一人だけの犠牲でなんとか『女王』を食い止めようと全滅を前提とした作戦を立てていた。


 その時、夢魔ミリフィアはどうしようもなく最善しか選べないクソ野郎に対して、かつて情報源として近づいてきたのだと気づいた時以上の怒りを感じていた。


 その時、『勇者』ミリファ=スカイブルーは全てを察した上で自分が死ぬのは仕方ないとしてもそれ以上の犠牲は看過できないとしていつも通り『賢者』の想定の外へと突き抜けるために聖剣を握る隻腕へと力を込めていた。


 そして。

 その時、女王はただただ無邪気に力を解放した。標的へと攻撃が必ず当たるよう座標そのものへと干渉する呪法と共に禍々しい閃光を解き放った、次の瞬間であった。



 座標が狂う。

 女王の意思さえも覆して。



 ゆえに、閃光はあらぬ方向へと突き抜けた。

 そして、そして、だ。


「貴女が何の目的があって襲ってきたのか、そんなものには興味ありません」


 カツン、と。

『賢者』、夢魔ミリフィア、『勇者』ミリファ=スカイブルーよりもさらに前に踏み込む影が一つ。


「ですが、貴女がわたくしの大切な人たちを傷つけたのは事実。()()()()()()()()()()()()()()()が、これ以上続けるというならば返り討ちとさせていただきます」


 腰まで伸びた黒髪に漆黒の瞳の少女。

 シンプルな黒のドレスを纏いし彼女は言う。


「さあ、どうします?」


 シェルファ。

 過去の伝説さえも軽く一蹴してみせた女王へと元公爵令嬢でしかないただの少女が真っ向から向かい合う。

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