第五十三話 算出すれば唯一絶対の答えが出るのならば
前提を並べよう。
異界に住む超常存在の力、呪法を引き寄せる魔導が撒き散らす魔粒による汚染は生物の生命活動に影響を与える。
魔粒は上に舞う性質がある。となれば、今はまだ人間等複数の生物が生きていられる地上に比べて上空の汚染度は進行しているということ。そこに魔力だけで構築される三大禁術が一角『冥王ノ息吹』を複数展開すれば、魔導など比較にならない量の魔粒が汚染を極度に推し進め、ついには異界と現世との境界を砕く。
異界と現世との境界の崩壊による悪魔の侵攻、そして『冥王ノ息吹』による生命の根絶。双方を阻止するには『賢者』が常時展開している呪法、境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』の底上げが必須。
そのために必要なのが悪魔が宿すエネルギー。それも大悪魔エクゾゲートクラスの膨大な量が必要なのだ。
第二王子はどうしてだかシェルファに目をつけていた。手の甲にキスをする、それによって『体液』、唾液をシェルファへと感染、憑依呪法の発動条件を満たすほどに。
……ちなみに大悪魔エクゾゲートが異界ではなく現世に封印されていた影響で魔法陣の影響を伸ばすべき方向性に誤りがあったがために大悪魔エクゾゲートの憑依呪法を引き寄せることで成立する魔導『魂魄移行』は計算式は正しいはずなのに不発と終わる魔導として知られていた。
大悪魔エクゾゲートをエネルギー源として境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』を底上げするにしても今から王都まで出向く時間はない。その前に異界と現世との境界が崩壊するだろうし、そうでなくとも今もなお『冥王ノ息吹』が大勢の命を奪っているのだから。
解決策は一つ。王都の第二王子をどうにか追い詰めて憑依呪法を使わせること、そして憑依先にシェルファを選んでもらうこと。この二つが満たされたならば、シェルファの肉体に憑依した瞬間に大悪魔エクゾゲートの魂をエネルギーと消費することで世界を救うことができる。
ここまでが前提。
ならば、答えは一つしかない。
シェルファへと大悪魔エクゾゲートの憑依呪法が直撃する、その瞬間。大悪魔エクゾゲートは現世に存在するというパラメータを入力した上で構築し直した計算式にて導かれた魔導『魂魄移行』、すなわち魔法陣が展開された。
魔導『魂魄移行』が不発と終わるのは大悪魔エクゾゲートがどこにいるかというパラメータが一般にまで出回っていないから。それさえ分かっていれば、後は時間との勝負。
計算式の再構築、及び今この状況に合わせた答えの算出。
それだけか、と思うかもしれないが、それが簡単にできれば世界に魔導師はごまんと溢れることだろう。
だが、現実として道具に頼ることなく魔導を行使する者なんてほとんど存在しない。それだけ答えを導くのは困難であり、また答えを正確に現実のものとして描くことが困難なのだ。
ゆえにこそ、学問。
答えは存在するが、探求するだけの気力や頭脳なしには会得不能な力である。
それを、シェルファはこの短期間で果たした。
『な、あ!?』
だから、
シェルファが周囲に揺蕩う薄い紫の霧、『魔沼』──境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』を引き裂き展開した魔法陣に誘導された魂がシェルファの肉体から逸れて洞窟の最奥、触れたものをエネルギーと消費する陣に直撃する。
『ぶ、べばばぶがあ!?』
魂が。
苦痛に震える。
『ふ、ざける、な。我は、絶対的な強者だぞ。まだ、まだまだ、弱者どもが死に絶える最高にイカした奇術ショーを堪能できていないんだぞ。なのに、こんな、強者たる我は常に踏みにじる側であるというのに! なんで我が、こんなぁっ!!』
「そう言われましても、仕方ないではないですか」
陣に直撃したと共にエネルギーと消費されていく魂からドロドロとした怨嗟の叫びが迸る。
対してシェルファは淡々と、軽々しく、こう言った。
「わたくし、こんなところで死にたくありませんもの。ですから、まあ、世界平和のために死ぬのは貴方たちだけでお願いします」
『しぇ、るふぁ。シェルファああああッ!!』
叫びが小さくなる、消えていく。
第二王子ジグバニア=ソラリナ=スカイブルーと大悪魔エクゾゲートの魂が完全に陣に呑み込まれ、カケラも残さず消滅する。
同時、エネルギー充填と共に増幅された境界守護術式『リ・レージャ・ラニア』が濃度を急速に上昇、上空へと舞い上がり、大気圏を埋め尽くす。
ーーー☆ーーー
その変化はソラリナ国が王都のルシアたちからでも確認することができた。
ゴッッッ!!!! と。
上空が紫と染まったかと思えば、凄まじい勢いで降り注いだ紫の閃光が『冥王ノ息吹』を一つ残らず貫いたのだ。
生命を優先して分解する破滅が一発で霧散する。そう、シェルファたちが『魔沼』を放り込んだ時と同じように。
そして。
そして、だ。
「誰だか知らないが、我が国の民を救ってくれたようだな。とりあえず王都のほうは大丈夫、だとするなら、弟の気配を探知することで何とか間に合わせるべきか」
「おいタルガ! お前大魔導師なんだろ!! シェルファのもとに瞬時に駆けつける魔導使えないのか!?」
「そんなの使えればすぐに使っている、じゃなくて、ますよ!! 憑依系のように理論上可能でも現実的には不可能に近いのよりはマシにしても、転移系は単純にして基礎の塊の破壊系に比べて計算が複雑すぎる!! 転移系の魔法陣を瞬時に構築できるのはシェルファの嬢ちゃんくらいで、俺では座標だなんだを元に数週間は計算に費やしてようやく転移魔導発動できるかどうかなんだよ! クソ、あの野郎! 俺のシェルファの嬢ちゃんに指一本触れてみろ、ただじゃおかないからな!!」
「おい、何を言っている? シェルファは私のだ!!」
「あァ!?」
「あァン!?」
混乱が極まっていた。
さしもの大将軍や大魔導師といえどもその手が届かない範囲でシェルファに危害が加えられたならばどうしようもない。
そして、今すぐシェルファのもとまで駆けつける手段がないならば、第二王子の毒牙にシェルファが貪られるのを止めることはできない。
分かっていた。それでも認められるわけがなかった。だからこそ、思考は空転し、今この瞬間に論ずるべき『現実』から目を逸らすような叫びが飛び交っているのだろう。
その足はせめてもとシェルファと出会った場所に向かっていたが、走るにしろ馬を使うにしろ魔導馬車を使うにしろ、駆けつけた頃には決着はついている。
ギヂリ、と。
情けなさに拳を握り締めた、その時であった。
「聖剣の力を使えば、転移ができるぞ」
ブォン、と。
隻腕に握る黄金の剣を振るいし現国王はそう言った。
「な、に?」
「本当、か???」
呆然と聞き返す大将軍や大魔導師に対して、現国王は肩をすくめて、
「この状況で冗談でも言おうものならお前らから殺されかねんからな。もちろん本当だ。というわけで俺は王の義務として逆賊を討ち、我が国の民を救いに向かうが……お前らはどうする?」
「愚問だな。妹を救うのは兄の務めだ」
「惚れた女救うのは当然だよな」
「あ?」
「何か、お義兄様?」
「誰が兄だ誰が」
「いやいやいずれはそうなるんですから、今のうちに慣れておきませんと」
「シェルファはもう公爵家云々に縛られる必要はないからな。付き合うのも結婚するのも自由だが、私としては私より弱い奴に妹をやるつもりはなくてな。わかったか、前々からチョロチョロと妹の周囲を飛び回る羽虫野郎」
「なるほど、そういうことで。つまりお義兄様を倒せばシェルファの嬢ちゃんと結婚しても良いと。第二王子のクソ野郎殺した後にでもぶっ潰してやるよ、お・に・い・さ・ま」
「よし斬ろうそうしよう」
彼らが不安を誤魔化すように闘志をぶつけ合っている間にも準備ができたのか、猛烈な黄金の光が聖剣から溢れ、虚空に扉のような亀裂を生み出す。
その先に広がるは──
「うふっ、うふふっ☆ ここで第二王子を討ち取れば豪華絢爛ハッピーライフ間違いなしですわあ!!」
だんっ!! と。
そういえば終盤にさらりと顔を出していた(謎の臓物を浴びて頭の先から爪先まで真っ赤に染まった)男爵令嬢が一番にその亀裂へと飛び込んでいった。
ーーー☆ーーー
終わってしまった、その後に。
シェルファはこう呟いていた。
「数式に当てはめて、計算を繰り返せば、必ずや唯一絶対の答えがでるような話であればこんなにも簡単なんですよね」
だけど、なぜ、シロのことになるといくら考えても答えの一端すら見えないのか。
この想いがどういったものかわからない、ではない。
『オレ、ハ、オマエ、ガ、スキ、ダカラ!!』、と。あの真っ直ぐな言葉のせいで気づかされた。気づいて、しまった。
だからこそ。
この想いをどうすればいいのか。
本当にこの想いのままに突っ走っていいのか。その先に今以上の光景があればまだしも今以上に悲惨な光景が広がっていたならば? そして、万が一今以上の光景が広がっていたとして世間一般のそれとはズレている自覚くらいはあるシェルファにその幸せを維持できるのか。
望んだがゆえに、踏み込んだがゆえに、壊してしまうのではないか。
完璧な視点では答えなんて出せない。
無理解として捨て置かれているだけだ。
そう、いつものように理路整然と理屈のままに答えを出すことができない以上、踏み込んだ先を予測演算することで有限の答えから望むものを選ぶことはできないのだ。
そう考えたら、もうだめだった。
計算すれば唯一絶対の正解が導き出せるのではないならば、『確実』でないのならば、足踏みするに決まっていた。
ああ。
唯一絶対の正解さえ見つけることができればそれで良かった第二王子との激突のほうがよっぽど楽だったと、シェルファは高鳴る胸を押さえて唇を噛みしめる。




