第五十話 例え最強でなくとも
その時、エイリナ=ピンクローズリリィ男爵令嬢は舌なめずりをこぼしていた。
(『冥王ノ息吹』、それにこの力の波動は悪魔さえも掌握している、とか? 好機、ああこんなの好機以外の何物でもないのですわ!! あれは、うふっ、あの構図、そして戦力差は、うふふっ☆ 今なら『勝ち筋』に乗れそうですわね。そう、そうですわ、第一王子が予想以上に馬鹿だったせいで王妃となって働かずに豪華絢爛ハッピーライフとしゃれ込むことはできなくなり、暴力なんて汗臭いものを持ち出さなくてはいけなくなりましたけど、だけど! ここからわたしは飛翔するのですわあ!!)
つまり。
だから。
ーーー☆ーーー
三大禁術が一角、命を優先して殺す術者にさえコントロール不能な『冥王ノ息吹』。
王都に炸裂した破滅は全部で十三。一つでさえも二千もの兵士を殺した猛威が、である。
あの時はシェルファたちがどうにかして消し去ったが、あんなのはイレギュラーに他ならない。普通は、そう上手くいかない。破滅は存分に破壊を撒き散らす。
つまり、だから、『冥王ノ息吹』を打ち破る手段なんてどこにもない。術者の制御すら離れた、ただただ破壊のために暴れ回る欠陥品はあの時のように、いいやあの時以上の命を奪う。
「ここからだ」
響く。
大悪魔エクゾゲートを取り込み、聖剣の性質を利用して神の力を引き寄せることで『勇者』と同等の祝福を得た第二王子の言葉だけが。
「魔力だけで構築された『冥王ノ息吹』は魔導よりも多くの魔粒を撒き散らす。そう、『あの時』二千人ほど始末した実験の通りなら、あと少しで現世と異界の境界は崩壊する。今はまだ大丈夫と、このままのペースなら自分たちが死ぬまではそこまで影響がないからと、無能どもは汚染を許容したんだろうが、その危機感のなささえも我が手中だと気づけなかったのが運の尽き。ゆえにこそ、ここから始まる」
トン、トン、トン、と。
ゆっくりと、静かに、だが確かに第二王子が歩を進める。
その口が。
致命的な言葉を吐き出す。
「異界から大挙して押し寄せる悪魔どもが弱者を駆逐する完全なる弱肉強食の時代がなぁ! はっはぁーっ! 楽しみだ、向上心のカケラもない弱者どもはどうやって死んでいく? ああ、ああっ、想像しただけでたまらない!! こんなにもイカした奇術ショーには心当たりがないなぁっ!!」
それは。
その言葉は。
「……、ふざけるな」
我慢なんてできるものか。溢れるに決まっているではないか。ゆえに、だから、ルシアは魂の奥の奥から溢れる想いのままに叫ぶ。
「ふざっけんなよ、クソ野郎が!! 人が死ぬのがそんなに楽しいか!?」
「もちろん。というか、そんなの我に限った話でもないだろう?」
魂からの叫びに、しかし第二王子は不思議そうに首さえ傾げていた。
「善良なる民衆とやらは平気な顔で処刑をエンターテイメントとして楽しむし、自分たちには関係ない過去の戦争を娯楽として消費する。人間なんてそんなものだ。他者の死を快楽と変える生き物なんだ。弱者たる民衆と強者たる我との違いは己の手で死を撒き散らすか否か程度なんだよ」
「貴様……」
「我に言わせれば最強の座に君臨しながら今の今まで殺しの快楽を率先して味わってこなかったのが不思議でならないがな。大将軍、今まで何やっていたんだ? これ以上の快楽なんて他にないだろうに」
「貴様ァッ!!」
最後の一歩が踏み出される。
間合いへと第二王子が踏み込んでくる。
「それだけの力を持っていながら弱者の側に立ったこと、それが勝敗を決した。ならば、その末路もまた存分に味わえ、弱者よ」
振り上げられしは聖剣。
黄金の刃へと漆黒の光が集う。『勇者』と大悪魔、双方の暴虐が集う。
結末が到来する。
聖剣が振り下ろされると共に、空間が引き裂かれるようなどうしようもない世界の悲鳴が響き渡る。
だから。
だからこそ。
ゴッヂャアッッッ!!!! と。
甲高い音と粘ついた音、双方が混じり合った轟音が炸裂した。
音速さえ超過したその絶望は回避できるものではなかった。だから、ルシアは真っ直ぐに踏み込んだ。その手にあるのは耐久度を底上げした紅の剣のみ。伝説の武具だなんだと特別な力が備わっているわけではない量産品でしかない。
大悪魔や『勇者』に並ぶ伝説なんて持ち合わせているわけもなく、だから後は己の力で補った。
真っ向からでなく、受け流す。
聖剣の側面へと両手で握り締めた紅の剣をぶつけ、添えて、軌道をズラそうとしたのだ。
だが、いかにルシアが特別な武具や力を用いず、己の身一つで最強と至ったほどの技術の持ち主といえども限度はある。砲弾に対してかすっただけで済んだとしても人体が砕けるような致命傷を受けるように、真っ向からの直撃を回避することで被害を軽減できたとしても、なお、死を突きつけてくる理不尽な暴虐であれば意味はない。
甲高い音と粘ついた音が連続する。耐久度を底上げしたといえども量産品の剣やいかに鍛えているとはいえ人間の域を出ないルシアの肉体があげる悲鳴だ。
それでも、だとしても。
「お、ォォ、おおッッッアアア!!!!」
実際にはコンマ一秒にも満たない激突だった。それだけ第二王子が振るう暴虐は高速を極めていたのだ。
耐え抜く。
ほんのコンマ一秒、しかして『冥王ノ息吹』を十以上も用意できるだけの力持つ怪物の一撃が突きつけてくる死を跳ね除ける。
ゴッガァッッッ!!!! と。
再度の轟音。それは横に逸れた聖剣が地面に叩きつけられ、そのまま王都を、いいやその先の地平を引き裂いた音だった。
まさしく地割れであった。新たな谷が生まれたようなものだった。
地形を変えるほどの暴虐の受け流し。
引き換えに大将軍の両腕はぐちゃぐちゃに壊れていた。
まるで骨つき肉を猛獣が貪り砕いた後のようだった。未だくっついているのが不思議なほどである。
半ばより砕けた剣を、ルシアは握り締める。
いかに壊れようとも、まだ『ある』なら使えると言わんばかりに。
「随分と頑張って耐え凌いだようだが」
ニタニタと。
第二王子は嘲笑う。
「あんなのは我にとって単なる一撃に過ぎない。あれで殺せなかったならばもう一度放つだけだ。さて、何回目で最強は崩れることやら。はっはぁーっ! 最強、最強ねえ。確かに地力『のみ』なら、大悪魔や聖剣がなければ圧倒されていたのは我だっただろうな。だが、結果として力の差はここまで広がった。強くなろうと貪欲になれなかったことを悔いて、最高にイカした奇術ショーと消費されるがいい!!」
次が来る。
一撃凌ぐだけで両腕を犠牲とするほどの暴虐が。
「豪華絢爛ハッピーライフへの礎となることですわあ!!」
バッボォッ!! と。
ニタニタと嘲笑う第二王子の顔を覆うように凄まじい爆撃が炸裂した。
「ッ」
僅かに、揺らめく。
衝撃に一歩後ずさる第二王子だが、ダメージを受けたわけではないだろう。不意打ちが決まった、それだけだ。
そう、それだけあればいい。
もうここぐらいにしか、突破口は存在しない。
「お、おおおおおおおおおおおおおッ!!」
ぶぢ、ぶぢぶぢぶぢぃっ!! とただでさえくっついているだけの両腕が砕けていくのも構わず全力を、いいや限界さえ突破した力を込める。
『誰が』助力してくれたかは知らない。
だが、『誰が』くれたものであれ、このチャンスを無駄にする理由はない。
二千人もの部下が犠牲となった。
今もなお大勢の民間人や兵士が犠牲となっている。
死という娯楽のため、たったそれだけのためにだ。そんなの許せるものか。そんなのはここで終わらせてみせる。
例え第二王子がどれだけ強くとも。
例えルシアが最強の座から蹴落とされたとしても。
そう、この手から最強がこぼれ落ちようともこれ以上の悲劇をくい止めたいと、そのためならどんな強者にだって立ち向かえる。
だから。
だから!
だから!!
ガッギィン!! と。
振り抜かれた紅の剣が聖剣を真上へと弾き飛ばす。
「な、あ!?」
くるくると上空へと聖剣が飛ぶ。
つまり、だから、
「今、だあ!!」
大魔導師タルガが叫ぶ。今の今までルシアと共に戦うのではなく、聖剣を第二王子から奪った『後』、再度第二王子へと奪われるのを阻止するために待機していたがために。
最悪大将軍と大魔導師が順番に殺されてしまうだけで終わっていた可能性もあった。その恐怖に耐え凌ぎ、今この瞬間到来した勝機を掴む。
すなわち現国王ジークランス=ソラリナ=スカイブルーを風系統の魔導で飛ばしたのだ。
「弟よ」
上空に舞う聖剣を隻腕のジークランスが掴む。
王族の血筋が『勇者』の力を引き寄せる。
「どうやらこの国はお前が思っているほど弱くはなかったようだぞ」
「……ッッッ!!!!」
カッ!! と黄金の閃光が炸裂した。
現国王ジークランス=ソラリナ=スカイブルーが突きつけた聖剣から迸ったその閃光が第二王子を貫き、最強へ至った絶対的強者を封印する。




