第四十六話 反撃へと繋がる準備段階
「──なんて言ったが、はてさてうまくいくことやら」
シェルファ経由で知り合った大将軍と第二王子とが激突するのをタルガは眺めていた。
偶然の出会いが有効に働いていた。主城に向かうルシアと偶然顔を合わせたタルガは『もしもこの力の波動の主が敵意ありで、排除する必要がありそうなら、真っ向からの勝負だと敗北は確実だ。無駄死にしないためにも、時間稼ぎや情報収集やらしてくれると助かる。その間に弱点だなんだ分析して、勝機を見つけておくから』と伝えていた。
ルシアはといえば『今は民間人なんだから大人しく避難することだ』なんて言っていたが、『シェルファの嬢ちゃんへの良い土産話になりそうだから断る』と冗談交じりに返せば呆れたようにため息を吐かれたものだった。
……おそらくはすでにタルガが件の力の波動を看過してはならない脅威と判断していると見抜いた上で。
加えるならば、ルシア自身件の力の波動に関して何らかの情報を得ており、かの大将軍が誰かの力を借りたいと(自覚があったかは不明だが)考えていたからだろう。
その判断は間違っていなかった。
第二王子の言葉は突拍子もないものであったが、炸裂する力の波動が先の発言を裏付けている。
(あの黄金の剣は未知そのものだ。遠目に観察するだけでもあの刃は既存の鉄なんかとは別種の『未知なるもの』だし、あの刃へと『どこか』からトンデモない力が供給されているのも感知できる。剣が持ち主へと力を分け与えるってのは聖剣の特徴と一致しているし、『未知なるもの』で構築されているってのも既存の法則の外、すなわち神からもたらされたとされている聖剣であれば説明はつく。仮にあの黄金の剣を聖剣とするなら、必然的にあの剣と同等の力の波動を噴出する第二王子の肉体に大悪魔エクゾゲート『レベルの何か』が乗り移っている、あるいはそれほどまでに第二王子が成長した、と)
第二王子の発言全てを信じるのは流石に愚鈍過ぎるが、かといって真実が変わるわけでもない。
最低でも黄金の剣と第二王子、双方が『別々に』同等にして強大な力を宿しているのは感知できている。
であれば。
大将軍のインパクトの裏で話を聞いた通りであるならば、
「さっきのは本当なんですよね? ソラリナ国の王族は聖剣の力を引き出すことが可能な血筋であり、第一王子たる貴方にもその資格があるというのは!?」
「そう、言ったはずだ。現に、あの聖剣は……王たる俺が持っていた、ものだしな」
そう言うのは片腕を斬り裂かれ、地面に転がる第一王子改め国王。タルガは斬り裂かれた王の片腕の断面を魔導で塞ぐように治しながら、
「くそ、よりにもよってシェルファの嬢ちゃんにあんなことしやがったクソ野郎に頼るしかないとは。何が大魔導師だ、情けない!!」
「くだらん私情は不要だ。大魔導師タルガよ、貴公は国家の敵と落ちた弟を打倒する手立てを思いついているのだろう? さっさと話すがいい」
「チッ! あんな化け物が敵と回っていなかったら捨て置いていたってのに!!」
ガリガリと苛立ちを隠そうともせず乱雑に頭をかき、心底気に食わないと言いたげに表情を歪めて、それでもタルガはこう続けた。
「あの黄金の剣が聖剣であり、聖剣が伝説通りの力を与えるものであり、お前が聖剣を使用可能な血筋であることが真実だとするのが前提だ。本当に、本当の本当に真実なんだよな!?」
「くどい。全て真実だから、さっさと次に進めろ」
「偉そうに……。『勇者』が強者たりえたのは聖剣から供給される力の数々のお陰だ。その力は大陸に攻め込んできた悪魔を討伐、あるいは封印した。そう、件の大悪魔エクゾゲートは討伐は無理として『勇者』に封印されたんだ。討伐ではなく封印された大悪魔エクゾゲートが『勇者』より格下ってことはないだろうから、同等あるいはそれ以上の怪物だったのは予想がつく」
そしてもう一つ、とタルガは繋ぐ。
「第二王子が大悪魔エクゾゲートを取り込んでいる、かどうかはこの際どうでもいいとして、第二王子自身も黄金の剣とは『別に』強大な力の波動を撒き散らしている。まあ力の波動の対比なんてのはあくまで目安、実際にやり合えば相性だなんだの問題もありはするから、それだけで勝敗が決するわけではないにしても──第二王子自身と聖剣に極端な力の差があるわけではないのは確かだ」
「つまり?」
「『勇者』の封印能力であれば、同等あるいは少し格上である第二王子を封じることができるのは『勇者』と大悪魔エクゾゲートとの一件が証明している。同じように封印してやればいい」
ゆえにこそ、国王の力が必要なのだ。
あの黄金の剣が本当に聖剣であれば、聖剣の力を引き出すことができる『血筋』、すなわち国王だけが第二王子を封じることができるのだから。
「だが、弟は大悪魔エクゾゲートの封印を解除したみたいだぞ。封印したとして、破られるのではないか?」
「封印とは外から内よりも内から外のほうが強固なものだ。『勇者』の封印能力を参考にして、『賢者』が編み出した封印術なんて外から内より内から外のほうが百倍強度に差があるくらいだからな。元ネタはより極端だった、という記録も残っているし、封印が破られることはないだろうよ。そもそも大悪魔エクゾゲートの封印を破った云々がこちらに封印が無駄だと思わせるブラフである可能性もあるしな」
とはいえ、本当に大悪魔エクゾゲートを取り込んだ可能性もゼロとは言えない。それほどに第二王子が纏う力の波動は理不尽極まっているのだから。
──『最強』たる大将軍ルシア=バーニングフォトンが大魔導師として名を馳せたこともあるとはいえ誰かを引き連れることを是としたほどには。
そこまで考えて、改めて『可能性』を並べたタルガは今もなおぶつかり合う戦場の中心に叫びを放つ。
「そうだよな、可能性は低くはない。とするならば、今の第二王子は……チッ、ルシア! 大悪魔エクゾゲートは『体液』を軸とした超常を得意とする! 精神的な相性なのか、精神的に弱い奴でないといけないのか、憑依の性質上普通の悪魔は誰にだって憑依できるわけではないらしいが、大悪魔エクゾゲートは別。憑依した肉体が流す『体液』を浴びた生物であれば、そういった条件を抜きに誰にだって乗り移れるんだ!! だから、念のため第二王子の返り血を浴びないよう気をつけ……って、言うまでもなかったか」
忠告のために叫びながら、言葉にすることで情報を整理していたタルガは改めてルシアの姿を見て、ふと肩の力を抜く。
ルシア=バーニングフォトンは一切の返り血を浴びていなかった。聖剣に大悪魔エクゾゲートといった過去の伝説を持ち出さないと説明つかないような怪物とぶつかりながら、なお。
おそらく大悪魔エクゾゲートなんて関係ない。自身は耐性を得たり解毒薬を用意した上で血の中に毒を流しておいて、返り血の形で浴びた敵を感染させるという戦法もありはする。
可能性は低くとも、そこまで考慮した上で立ち回ることができるからこそ彼は最強なのだ。
「余計なことに思考と時間を使ったな、失敗失敗。国王、少しでも傷を治しておくから、聖剣を受け取ったらがむしゃらに突っ込んで第二王子を封印しろ。俺らの仲でコンビネーションだ作戦だ息が合わずに失敗するのが関の山、俺のほうで臨機応変にサポートする形のほうがまだしもマシだろうし」
「待て」
「なんだよ、国王。まさか怖気付いたか?」
本当に怖気付いたのか、それとも第一王子、いいや今は王様たる者に対する態度ではないことを叱責するつもりのか。どうせそんなところだろうと見限っていたタルガへと、王と君臨した彼はこう言った。
「すなぬな。ここで民間人はもう避難しろとでも言えれば格好もつくのだが、今は少しでも多くの力が必要だ。サポートすると、そう言ってくれるのならば、存分に頼らせてもらうぞ」
「な、ん」
「ん? どうかしたか???」
「い、いや、なんでもない」
予想とは違う返しではあった。
この場面で己が矢面に立つことに何の疑問も抱かず、かつ理想ではなく現実を見据えての『上限』を的確に線引いたのだ。
はっきり言おう。
そこまでできるなら、なんでシェルファの時は馬鹿を晒しやがった?
(ああ、そうか。婚約破棄だなんだって時は策謀が渦巻いていたはずだ。そういう小難しいのを見抜くような目はなくて、だけど今のように殺すか殺されるか二択しかない単純な状況であれば臆することはない、と。自分さえ良ければそれでいいクソ特権階級ではなく、応用がきかない綺麗な信念の持ち主だった、と。『使われる』立場ならともかく、『使う』立場の人間がそれじゃ良いように利用されるだけ、というか実際利用されていたようだし)
ようするに馬鹿は馬鹿なのだ。別に危機的状況だからと都合よく覚醒したのではなく、最初の最初からこんな男だったということ。
ゆえに彼はこれからもシェルファとの婚約破棄のような策謀渦巻く展開になれば良いように操られることだろう。何せ本質は何も変わっていないのだから。
逆に言えば。
第二王子を敵と回した今、何があろうとも馬鹿は馬鹿のまま臆することなく立ち向かうことだろう。
ある意味で純粋な正義を胸に。
穢れを知らずに。
(未来はともかく、少なくとも今この瞬間に限り頼っても足を引っ張ることはない、と。まあだからといってシェルファの嬢ちゃんにやったアレソレを許す気はないが)




