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第五話 死の領域に住まう異形

 

 入ってしまえば、普通の森と大差なかった。

 紫の粒子が視界を覆っているが、それだけだ。瘴気のせいで前が見えにくいが、別に歩けないほどではない。薄い霧といったところか。


『魔沼』。呪われし地が生み出す瘴気には魔力を殺す力があるらしいが、シェルファが構築した魔法陣へと微量の魔力を流し、召喚術を失敗したことでその辺りの危険は封殺できている。


「仙草に龍鳳根、千年宝果まで……。『魔粒汚染』の影響を受けやすいとして希少な素材がこれだけ揃っているだなんて()()()()()()()()


 どことなく瞳を輝かせているシェルファであった。貴族が好みそうな高級な服や宝石には頓着せず、魔導や薬草といった方面を好む彼女らしいと言えるだろう。


 年頃の女の子の趣味としては少々珍しい部類ではあるだろうが、彼女にだって年頃の女の子らしい趣味はある。


 例えば──犬や猫といったもふもふの動物が大好きだとか。


「お、お嬢様ぁっ。入ってはみたけど、これからどうするの?」


 おっかなびっくり歩を進めるメイドが主へと尋ねる。ちなみにこの場にタルガはいない。流石に巨大組織のトップが魔力を失っては不都合があるということで召喚術失敗によるペナルティを受けるわけにはいかなかったからだ。


 ちなみに去り際に『困った時はいつでも力になるから連絡をくれ。というか、困ってなくても連絡していいからな』と言い残し、ポンポンとシェルファの頭を撫でたがゆえにお尻云々にて遠慮がなくなったメイドに噛みつかれていた。


「瘴気の発生源まで行きます。辺りに漂っている瘴気の濃度が濃くなる方角に進めば自ずと辿り着くことでしょう」


「うえっ。そんな汚そうな所にいくの?」


「ええ。それが目的ですので」


 と、その時だった。

 ガサガサ、ガササッ!! と草の根をかき分けるような音が響いた──かと思えば、だんっ!! と真正面に降り立つ影が一つ。


 見上げるほど高い木の枝から飛び降りたからか、足元が微かに陥没していた。その影は少年のようなシルエットながらも、四つん這いにてシェルファたちを見据えていた。


 漂う紫の瘴気の中、ギラリと黄金の瞳が光る。その者は刃のように鋭く磨き上げられた爪を持ち、口からは二本の牙が覗き、ぐるるっと肉食獣のそれと似通った唸り声をあげていた。


 咄嗟にメイドが前に出て、シェルファを庇おうとする。戦闘経験なんてほとんどないメイドでさえもわかるほどに重厚な迫力があった。


 殺気、あるいは闘気。

 武人でないメイドには細かい分類までは察知できなかったが、今にも襲いかかってくるだろうことは予測できた。


 せめてその身を盾に主が逃げる時間を稼がんとするメイドの決死の想いは、しかしぐいっと後ろから肩を掴まれたことで阻止される。


 押し退けられた。

 他ならぬシェルファによって。


「お嬢様、何を!?」


「──キエロ」


 腹の底に響く声が、重なる。

 四足歩行か二足歩行かもわからない正面の何かが口にしたのは片言ながらシェルファたち人類に伝わる言語であった。


 そして。

 そして。

 そして。



「か、かわっ、可愛いですう!!」



 頬を挟むように両手を当てて、ぶるりっと背筋を震わせて、歓喜の声をあげるシェルファによって緊迫した空気は霧散した。


 その姿を見たメイドの目は、それはもう唖然としたそれであった。少なくとも主に向けるものではなかった。


「あの、いや、あのお嬢様っ。何を言っているの!?」


「だって、だってえっ!」


 ぴょんぴょんしていた。気味が悪いだの何を考えているのかわからないだの言われてきた漆黒の瞳を幼子がお人形さんを抱いた時のようにキラキラと輝かせて、頬を興奮からか赤く染めているほどである。


「レッサー見て、あの毛並みっ。もふもふ、うはぁっ、もふもふですう!!」


「ナ、ナンダ!?」


 先ほどまで場を支配していたはずの影、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はキャッキャし始めたシェルファを見て気圧されていた。


 刃のごとき爪、八重歯を伸ばしに伸ばしたような牙に加えて、その者は全身を真っ白な毛で覆われていた。汚れ一つない毛並みは確かにもふもふしてそうではある。


 異形の頭の上にある狼のそれに似た真っ白な耳がびくびくしていたし、お尻から生えたこれまた真っ白な尻尾もまた萎れていた。


 先の威圧感から一転、予想外の反応に異形──獣人とでも呼ぶべき誰かは後ずさりしはじめていた。


「オ、オマエ、ヘンッ! フツウ、ニゲルッ!! ナンデ、コウフン、スル!?」


「もうダメ、もふもふ可愛い、我慢できないですう!!」


「ウギャア!?」


 突進であった。鋭い爪や牙を持つ未確認生命体、まさしく獣人と呼ぶべき何かへとシェルファはおっきなぬいぐるみを勢いよく抱きしめるノリで飛びついたのだ。


 ビックン!? と耳やら尻尾やら毛並みが総毛立つ。殺気、あるいは闘気でメイドに決死の覚悟さえ抱かせた者とは思えないほど狼狽えていた。


「ガ、ガウ……ッ!?」


「うっはぁ! もふもふですう。沈む、腕が沈みますう……っ!!」


「ヤ、ヤメ、ヤメロォ!!」


 頬ずりまでされた獣人があわあわしながら叫んでいたが、シェルファはお構いなしであった。わしゃわしゃ撫でて抱きしめてと繰り返して、ふへえと満足そうに吐息を漏らす。


「え、えっと……なんでそうなるの?」


 一人残されたメイドの呟きは、大興奮な主や狼狽えまくっている獣人に届くことはなかった。

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