第三十七話 実験
「よっと。これくらいで良かったか、シェルファの嬢ちゃん」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、タルガ」
「はっはっ! いいってことよ。基本運輸のみではあるが、他ならぬシェルファの嬢ちゃんの頼みなら買いつけからやってやるのもやぶさかじゃないってな。つーか、その分余分に料金もらってんだしな」
森に覆われし呪いの地の外。辺り一面草しかない草原に一台の魔導馬車、及びそれに繋げられた荷台から複数の木箱が草原に下ろされていた。
運んできたのは『スピアレイライン運輸』が会頭タルガ。国を股にかける運輸組織のトップが直々に荷物を運んできたのだ。
いや、彼の口ぶりからして本来は行っていないはずの『購入』の段階から『スピアレイライン運輸』名義で行ったようである。
「そんなことより、だ。メイドさんはともかく、まあなんかいっぱいいる子犬も置いておくとして──そこのローブで全身隠した二人は何者だ?」
背中が大胆なメイドやわんわんガウガウ! と元気な子犬たちの他に、濃い青のローブや赤のローブで頭の先からつま先まで覆った二人へとうろんな目を向けるタルガ。
対して、だ。
まるで挑むようにだんっ! と前に一歩踏み出し、濃い青のローブの何者かがタルガと向かい合う。
「オマエ、コソ、ダレダ?」
「タルガ。『スピアレイライン運輸』が会頭、あるいは大魔導師なんてこっ恥ずかしい過去のほうがわかりやすいか?」
「……???」
「おっと、伝わってない感じだな。いやはやこりゃあ恥ずかしい。自分は有名だと自惚れていたみたいだな、反省反省。まあ、なんだ、シェルファとは昔からの仲とでも思って貰えばいいさ」
「ムッ」
軽く肩をすくめて、改めてタルガは濃い青のローブの何者かをジロリと見据える。
「で、お前さんは?」
「……シロ。ムレ、ノ、ボス、デ、コイツ、ノ、ナカマ、ダ」
「群れ……。群れ?」
首を傾げたタルガが困ったようにシェルファへと視線を向ける。シェルファはというと濃い青のローブと赤のローブの二人の背後に回り、
「タルガなら言う必要もないと思いますけど、他言無用でお願いします」
「ああ訳ありってことか。りょーかい」
その言葉を答えと受け取ったのか、シェルファが二人の頭を覆うフードを外す。現れたのは獣の因子を組み込んだような毛並みに覆われた顔──そう、獣人とでも呼ぶべき者たちであった。
「シロとキキです。本人たちは何も悪くないのですが、見た目で判断する人もいるので内緒ということで」
「人間の中には亜種族ってだけでうるさいのもいるからな。『新種』ともなれば自己愛凄まじい馬鹿どもが騒ぎ立てるわな」
「そういうことです」
「しっかし、なんだ。こいつら呪いの地の内部にいたって感じか? 召喚術云々みたいな抜け穴でもなければあそこに住むなんてできそうにないが」
「シロたちは確かに呪いの地に住んでいましたが、どうやってかは未だ不明です。あるいはそれも……とにかく、今は気にしないでください」
「りょーかい。それより、だ。ここまで連れてきたってことは仲良くやってるってことか?」
「ええ」
「そう、か。……まあシェルファの嬢ちゃんのガードの固さは散々思い知ってるからな。今更男が一人増えたからって早々靡くわけないよな」
後半については思わず漏れた本音であり、シェルファには聞こえない小さなものであったが──ぴくり、と。獣の因子が混ざった耳をぴくつかせたシロやキキには聞こえていたようだ。
こてん、と。
二人揃って不思議そうに首を傾げていたため、言葉の意味までは伝わっていないようだが。
「しっかし、魔力が充填された魔鉱石をこんなに買って、どうすんだ?」
そう。
大量の木箱の中に入っているのは魔力充填機能を持つ魔鉱石。昔に採掘され尽くされたのか、ダンジョンを切り崩すのが主な採掘方法とされている鉱石である。
シェルファは木箱を開けて、中に入った魔鉱石を手に取る。そのまま太陽に掲げるように頭上に持っていき、色の濃淡や光の透過具合から充填魔力量を確認、それをシェルファたちが持ってきたドラム缶の上に持っていく。
ジュッバァッ、と。
中に詰まった『魔沼』が噴き出す紫色の粒子、すなわち瘴気へと突っ込む。
きっちり十秒数えてから、一度魔鉱石を瘴気の外に持っていき、新たな魔鉱石をドラム缶の中に放り込む。
しばらくしたのちに、最初に瘴気の中に突っ込んだ魔鉱石を改めて瘴気の中に突っ込む。
再度十秒経過したのちに魔鉱石を瘴気の外に持っていき、太陽に掲げて充填魔力量を確認する。
そんなことをしながら、シェルファは言う。
「実験です」
「実験?」
「ええ。わたくしが望む結果になるかどうかはともかく、何らかの変化は起きるでしょう」
瘴気は風の影響を受けることなく真上にのぼる性質があるため、自分から瘴気に突っ込まない限りは問題ないとはいえ、生命線たる魔力を殺す性質に忌避感があるのかタルガはジリジリとあとずさっていた。
その間にもシェルファは正確に魔鉱石に充填された魔力量を読み取り、そして、
「……、やりました」
はじめは静かなものだった。
徐々に実感が湧いてきたのか、魔鉱石を掲げる手が微かに震えを発していく。
「魔力が減る速度がはじめに比べて遅くなっています。瘴気の性質が弱まった証明です。は、ははっ、やりました! 弱毒化に成功しました!!」
ぐっ! とガッツポーズをこぼすだけでは足りなかったのか、その場でぴょんぴょん跳ねて口元を緩く綻ばせるシェルファ。
そして。
そして、だ。
瘴気から遠ざかっていたタルガと違い、瘴気に怯えることなくシェルファの隣に立っていたシロへと半ば飛びつくように抱きついたのだ。
「ンッ!?」
「なっ!?」
周囲の反応なんて見えていないのだろう、完璧な令嬢としての側面なんて吹き飛ぶくらいに喜んでいるシェルファは歓喜をこぼしていく。
「やりましたーっ! 不可能の突破、諦めが作る限界値を破ってやりましたっ!! ここからです。財源の確保に『問題』への対応、全てはここから始まるんですう!!」
「ヨ、ヨク、ワカラン、ガ、ウレシソウ、デ、ナニヨリ、ダ」
「な、なんっ、嘘だろ。シェルファの嬢ちゃんってそんなだったっけ? 年相応な部分もありはするが、どこか他人事みたいに物事を捉えていて、そんな、だって、一定の距離感を保っていなかったか!?」
そもそも抱きつく先が濃い青のローブの少年というのがいただけない。せめてもう一人の少女なりメイドなり子犬たちなら良かったが、男だなんて看過できるものか。
「こいつは気ぃ引き締めないといけないかもな。つーか、もう手遅れな気がしないでもないが……いや、まだだ! 俺は諦めないぞ!!」
なんというか、今のシェルファの笑顔が全てを物語っている気がしないでもないが、タルガは己に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
まだ決着はついていない。
だったら逆転だってできるはずだ。
はい、第二部開始です!
ばら撒いていたアレソレを回収しながらも、シェルファたちの関係性にも変化が出てくることでしょう。
……何やら物騒な単語が見受けられますが、本作はあくまで恋愛ストーリーですので!!




