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婚約破棄されたので呪いの地を開拓しようと思います  作者: りんご飴ツイン


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閑話 年頃の女の子の好きなもの

 

 ──シェルファという『妹』が存在することを知り、『兄』として向かい合うことを決めてから三日が経った、過去の出来事。



「……、困った」


 ルシア=バーニングフォトンは悩んでいた。悩みのタネはもちろんシェルファ=バーニングフォトンについて。


(父親はともかく、母親は確実に自分とは違う)妹は優秀ではあった。だが、どうにも物事を他人事のように冷めた目で見ている影響か、壁があるように感じていた。そのことが良いか悪いかはともかく、どうにも距離感がつかめない。


 もちろん貴族の娘ともなれば大なり小なり演技というガワを被り他者と一定の距離を取るものだが──どうにもシェルファはそんな彼女たちと比べても『ガワ』が分厚かった。


 とはいえ、どうしようもなく手遅れなルシアを受け入れてくれるぐらいなので、完全に人と人との繋がりを断ち切りたいわけでもないのだろうが。


「なあ、アーノルド。妹と仲良くするにはどうすればいいんだ?」


「知りませんよ。つーか妹って、ハハッ。次期当主様はお気楽思考なことで。『あんな』になるまで気づいてやれなかったというのに今更兄ヅラできるだなんて滑稽極まってますよ」


 そう答えたのはアーノルド=バーニングフォトン。ルシアの弟にして、シェルファにとっては兄にあたる少年は眼帯で覆われた左目を撫でながら、


「まあ、年頃の女の子といえば甘いものが好きなんじゃありません? 知りませんけど」


「甘いもの、か。どうせ何すればいいか検討ついてないんだし、それ試してみるか。ありがとな、アーノルド」


「別にお礼を言われるものでもありません」


「それと、お前も意地張ってないでシェルファに逢いに行けばいいんじゃないか?」


「だから! 僕はそこまで滑稽晒す気はありません!! 全ては今更ですから。せめて、やることやりませんと」


「お前がそれでいいなら構わないが……案外シェルファは待っているかもしれないぞ」


「……、ふん」



 ーーー☆ーーー



「よっ」


「あ、ルシアお兄様っ」


 いずれはルシアやアーノルドの働きかけや社交界デビューに合わせて一緒に住むことになるのだが、この頃のシェルファは未だ王都の片隅にある古びた家の地下に閉じ込められていた。ゆえに一緒に住むようになる日まで毎日欠かさずルシアはシェルファのもとを訪ねていた。


 その日はアーノルドの助言に従って王都でも有名な甘味処に自分の足で出向き、何時間も並んでシフォンケーキを買ってきていた。


 早速テーブルに生クリームがたっぷりかかったシフォンケーキを並べて、一言。


「どうだ?」


「ええと、どうとは?」


「いや、ほら、シフォンケーキ。甘いぞ、ほらたっぷり生クリームもかかって、あれだ、メチャクチャ甘いぞっ。嬉しかったりしないか!?」


「はぁ、シフォンケーキ……。そういった食べ物もあるとは聞いたことありましたが、そうですか。これがシフォンケーキというものですか」


「そ、そこからか。いや、でも仕方ないのかもな。よし、とにかく今日はシフォンケーキの味を知ることとしよう! お前を縛っていた鎖はお前が自分で千切ってみせたんだ。これからはなんだってできるんだしな!」


 そう言って、フォークでシフォンケーキを切り分け、突き刺し、シェルファへと差し出すルシア。


 ぷるぷると、震える唇を動かす。


「あ、あーん」


「……?」


「うわ、待って首傾げないで! 私も何やってんだって思っちゃいるが、やっちゃったものは仕方ないじゃないか!! これはちょっと馴れ馴れしすぎたんだよな? 一人で食べられるって話だよな!? ああもう兄妹の距離感がつかめない!!」


 う、うおおっ!! と悶える兄。実はシェルファは『あーん』が何を意味するものなのか知らずに首を傾げていただけなのだが。


 そんな知識は。

 完璧な令嬢には必要ない不純物であるがために。


 それでも、兄の言葉から何を意図した行動であるかを察した妹は馴れ馴れしすぎるという言葉を否定するように身を乗り出す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


 ぱくり、と。

 差し出されたシフォンケーキを食べて、んっ!? と驚きに肩を震わせる。


 そっと手を口にやり、ぱちぱちと目を瞬き、完璧な令嬢としての側面以外の何かが言葉を紡ぐ。


「おいしい、です」


「そ、そうかっ。美味しいか! 甘いもんな、年頃の女の子は甘いものが好きらしいもんだ!! よしじゃんじゃん食えっ。今日はシフォンケーキパーティーだ!!」


 その日、はじめて甘いものを口にしたシェルファがシフォンケーキを好きになったのは好みに合ったこともあるのかもしれないが──はじめての兄からの贈り物であったことも理由の一つだろう。


 我が事のように喜ぶ兄の様子が、たまらなく嬉しかったことを今もなおシェルファは覚えているくらいなのだから。



 ーーー☆ーーー



「シフォンケーキ、美味しいですか?」


「ンッ!」


「ウンッ!」


「がぅがぅっ!!」


「わうっ!!」


 街で買ってきたシフォンケーキを食べたシロやキキ、子犬たちの反応にシェルファは知らず知らずのうちに口元を緩めていた。


 おそらくは。

 あの頃の兄もまた同じような心地だったのだろう。

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