第三十六話 突破口はここにあり
「ルシア様ぁ! やばいやばいメッチャ来てますってどうするんですかあれえ!?」
新入り少女兵士が街の入り口で素っ頓狂な声を上げていた。ちなみに背中から羽は生えていない。『彼女』はすでに少女兵士から抜け出したということだ。
そわそわと意味もなく両手をバタつかせる少女兵士に比べて、大将軍にして公爵家長男たるルシア=バーニングフォトンは静かに腕を組み、迫る白と黒の竜巻を見据えていた。
「シェルファがうまい具合にやってくれるから心配するな」
「いや、いやいやっ! だってあれ禁術ですよ!? ルシア様の妹さんがどれだけ凄いのかは知らないですけど、あれをどうにかできるほどなんですか!?」
「多分な。なに、最悪シェルファが失敗したなら、私がぶった斬ってやるさ」
「触れたものを分解する竜巻をどうやって斬るって言うんですかあーっ!!」
と。
その時であった。
ゴッァ!! と街の入り口から荷馬車が飛び出す。全身ローブで覆い隠した者が引っ張る荷馬車にはシェルファにレッサー、後は赤いローブで全身を覆った何者かに数十もの子犬、そして大量の木箱が積んである。
「まったく、あの大魔導士タルガよりも優れた魔導の腕を持ちながら、とっくに魔力を捨てていただなんてな。どうしてそう思いきりがいいのやら」
「結局妹さんは何をするつもりなんですか!?」
「魔導が導く超常と、召喚術や禁術には大きな違いがある。禁術だからこそ有効な手というものもあるんだよ」
「だからあ! 結局何をどうするんですってえ!!」
ーーー☆ーーー
迫るはありとあらゆる物質を分解する破滅。命を優先して殺す三大禁術が一角『冥王ノ息吹』へと突き進む荷馬車には『切り札』を積み込む際に合流した(全身真っ赤なローブで覆った)キキや子犬たちが乗っていた。
「カエッテ、キタ、ト、オモッタラ、ドウイウ、ジョウキョウ?」
「えっと、人類滅亡の危機を防ごうって感じ? ぶっちゃけあたしもついていけてないっていうか、お嬢様これ本当にうまくいくの!?」
「問題ありません。すでに証明済みですから」
わしゃわしゃと複数の子犬を抱きしめて、ナデナデしていたシェルファは言う。
「シロ、止まってください」
「ン」
ザザァッ! と荷馬車が急停止する。
反動で盛大にお尻をうったレッサーがにゃあ!? と鳴いているのを尻目に、シェルファは数十メートルも離れていない白と黒の竜巻を見据える。
天まで突き抜けし、極大の破滅。
触れたもの全てを例外なく分解するその力は魔導にて導かれし超常ではない。ゆえに魔法陣を使い進路を操作することはできない。
一から十まで魔力で構築された暴虐。
はじめから制御方法が仕込まれていない、無秩序に破壊を撒き散らす状態が理想通りとされている災厄。
人の手で生み出すことが可能な人類滅亡因子を前にして、シェルファはくだらないと言いたげに息を吐く。
「制御不能と匙を投げた、出来損ないの力になど価値はありません」
ですから、と。
シェルファは言い放つ。
「消し飛びなさい」
瞬間。
荷馬車に飛び乗ったシロ、そしてキキや子犬たちが一斉に大量に積んであった木箱を『冥王ノ息吹』めがけて投げつけた。
ーーー☆ーーー
真っ直ぐに投げ放たれた木箱は白と黒の竜巻に接触した途端に分解、チリとなる。強度や粘度に関係なく、気体にしろ液体にしろ固体にしろ例外なく分解する『冥王ノ息吹』に木箱を投げつけたところでチリとなって霧散するのは当然である。
ゆえに、狙いは木箱を投げつけることではない。
その中身こそが本命なのだ。
ブッジュバァ!! と木箱の中身が溢れ出る。
濃い紫の粘液──すなわち『魔沼』が常温で蒸発、紫の湯気が噴き出した。
蒸発した紫の瘴気が白と黒の竜巻に巻き込まれる。ありとあらゆるものを分解する『冥王ノ息吹』が巻き込んだ瘴気の色に染まっている。
瞬く間に全体が紫に染まり、ぐじゅり!! と『冥王ノ息吹』が異音を発する。
ぐぢゅっ、べぢゅっ! と異音が響くごとに白と黒の竜巻が小さく朽ちていく。ありとあらゆるものを分解する性質が削ぎ落とされていく。
「『冥王ノ息吹』に真っ向から挑んでも分解されてしまうでしょう。ならば、その性質を支える土台を崩せばいいんです。例えば『魔沼』。魔力を殺す力を使えば、一から十まで魔力で構築された『冥王ノ息吹』の性質を支える魔力を殺すことも可能でしょう」
シェルファの言葉を証明するように、次から次へと投げられた木箱の中に入った『魔沼』がその性質を遺憾なく発揮していく。竜巻という特性上、自分から瘴気を巻き込み、満遍なく全体に回していく。
回避しようにも『冥王ノ息吹』を制御する術はないため、天敵が投げ込まれているとわかったとしても進路を変えたりはできないのだ。
一定ラインを超えた。
その途端、『冥王ノ息吹』は崩れ落ちるように消え去った。
べちゃり、と。
常温の中、蒸発しながら瘴気を撒き散らす『魔沼』の塊が地面に落ちる。
「お、おおっ! 消えた、消えたのっ! やったのっ!!」
「ヨク、ワカラナイ、ケド、ウマク、イッテ、ヨカッタ……キャッ!?」
ぴょんぴょん跳ねたレッサーが勢いのままキキに抱きつく。二人共に背中に大胆なスリット入りのメイド服を着ているため、派手にはだけまくっていた。
「コレ、デ、カイケツ、カ」
「…………、」
「ン? ドウシタ? マダ、ナニカ、アル、ノカ???」
「ああ、いえ。あの竜巻に関してはもう大丈夫です。そうではなくて……ああ、これは認識を阻害されていたのかもしれません。実際にうまくいくかどうかではなく、試そうともしなかったということがおかしいんですから。とはいえ、こうして違和感に気づけたということはそこまで強く作用してはいないということなのでしょうが」
「ナン、ノ、ハナシ、ダ?」
「『魔沼』弱毒化の目処が立ったかもしれない、という話です。仮定でしかありませんが、思考に横槍を入れて気づかないよう小細工しているようですし、無駄足になることはないかと」
「ヨク、ワカラン、ガ……ヨカッタ、デ、イイノカ?」
「ええ。ようやく次に進むための目処が立ったのですから。これまで通り『先行投資』ができるだけの財力を手にするためにも、『問題』に対処するためにも、『魔沼』の弱毒化を達しなければどうにもなりませんでしたから」
シェルファは白と黒の竜巻に巻き込まれ、また白と黒の竜巻の消失によって地面に落ちた『魔沼』を見据えていた。
『魔沼』。
濃い紫の粘液は色が薄くなっていた。
これまでどんな液体に混ぜようとしても弾くだけだったというのに、だ。
(『魔沼』には魔力を殺す性質があります。言い換えれば魔力に反応するということです。となれば、炎に水をかければ炎は消えてしまうけど、水もまた蒸発してしまうことと同じく、何らかの『変化』が起こるはずです。それは単純に体積が減るだけなのか、弱毒化されるのか、はたまた別の反応を示すのかは不明ですが、試そうと考えすらしなかったのは確実におかしいです)
魔力殺しの性質は判明していた。ならば、とりあえず試してみようと考えるはずだ。少なくとも各種溶液のいずれかに溶けるかという実験が行き詰まっていた現状でさえも、『魔沼』に魔力を反応させたらどうなるかを調べようとも考えなかったのは不自然だ。
シェルファがそこまで考えが及ばなかった、という話なのかもしれない。何らかの溶液に溶かして弱毒化する必要があり、それ以外の選択肢を考えようともしなかったくらいに視野が狭くなっていただけなのかもしれない。
だが、もしもそうでないのならば。
認識の阻害。思考回路に介入し、『魔沼』に魔力を混ぜた結果どうなるかを試そうとも考えないように小細工していたとするならば。
(埋葬に言語といったわたくしたちとシロたちとの共通項。そこに加えて『魔沼』と魔力とを混ぜた結果を先んじて封殺する認識の阻害。一つならば偶然と片付けられるのかもしれませんが、こうも重なっては偶然で片付けるには無理があります)
呪いの地。
瘴気に覆われしかの地には何かがある。
それが何であるかは未だ不明だが──『魔沼』を利用するならば、この謎を解明しておく必要があるだろう。
何せシェルファの仮説が正しければ、謎の奥に佇む何かはシェルファ(あるいはもっと広範囲に及ぶ生物)の認識を阻害しているのだ。今は『魔沼』に関することだけで済んでいる『かも』しれないが、認識の阻害の範囲が広くなれば最愛の人を認識できなくなる、といった重度の症状を引き起こしかねない。
謎の奥の何かの考えは不明だが、安全を確保するには謎を暴き、何かの狙いを暴き、必要ならば敵対することも視野に入れるべきだろう。
何はともあれ、だ。
「シロ。さっき投げた『魔沼』を回収したいのですが、手伝ってはもらえないでしょうか?」
「ン。イイゾ」
「ありがとうございます。回収が終わったら、そうですね。キキたちにも甘いものを買ってから、帰りましょうか」
「ンッ!」
白と黒の破滅は粉砕できた。
それを一つの区切りとして、少し休んでもいいだろう。
これにて第一部完、です!
開拓全然進んでないだとか、無駄に謎ばっかりばら撒いたままだとか色々残ってはいますがその辺りは第二部にて回収できればと。
というわけでここから先は閑話として日常編を挟んでいこうと思います。日常、と強調しておかないと物騒な方向に突き進んでしまいそうですしね。
それでは今後も本作を楽しんでもらえたならば幸いです。




