第三十三話 白と黒の竜巻
ゴッァッ!! と街から飛び出した荷馬車が爆走していた。シロがその強靭な筋力でもって引きずっているのだ。
ちなみに毎度のごとく(慌てて引き返してきたシロに拾われた)レッサーが荒れ狂う荷馬車の上でドッタンバッタンお尻を強打していた。
……ちなみに置いていかれた件に関してはなぜかキキの身柄を一日自由にさせてもらうことを条件に許されていた。
「ま、まま、待って跳ねてぶつかって待ってえ!!」
「レッサー、慣れないですね」
「こんなグラグラ揺れる中、平然としているお嬢様がおかしいのっ。なんでそんな平然としていられるわけ!?」
「揺れに合わせて重心を調整しているだけですよ」
「サラリと言ってるけど、それ絶対簡単なことじゃ……ふにゃあ!?」
再度跳ねてお尻を打ったメイドが猫のような悲鳴と共にうずくまる。人が軽く浮くだけの衝撃の中、揺れに合わせて重心を調整するだなんてできるわけがない。
いや、シェルファはできているようだが、シェルファを一般的な女の子と同じ枠組みとして扱うにはいささかスペックが高すぎる。
「コッチ、デ、イイノカ?」
「ええ。街の近くの山岳地帯といえば、あそこ以外にありません」
南西三キロ先。
シェルファの視線の先には標高五百メートルもない小さな山が見えていた。周囲を小規模な林で取り囲んでいるため軍勢は見えないが、山の麓にでも拠点が展開されているはずだ。
「ルシアお兄様……」
ルシア=バーニングフォトンとシェルファが出会ったのは十歳の時であった。その頃には望んでシェルファを『そのような形に』磨き上げたはずの両親ですら気味が悪いと遠ざけており、半ばシェルファを自由にさせていた。その辺りは放っておいたほうが公爵家の利益となる行動をするから、という点も加味した上でのことなのだろう。
だから、ルシアと出会うことができた。
『教育』されていた頃はその存在を隠蔽されていたので、兄二人は妹の存在を知らなかったのだから。
……流石に『兄二人が知る』母親が出産したならばその存在を隠し通せるわけがない、ということに関しては、単純な答えでもって説明がつく。
とにかく、だ。
表舞台に出てきたがゆえにルシアはシェルファの存在に気付くことができ、気づいたその日のうちに逢いにきてくれた。
息も絶え絶えに王都の片隅にある古びた家の地下室──すなわち、シェルファの存在を隠蔽するための箱庭──まで駆けつけたルシアはその胸に手を置き、こう続けた。
『「手遅れ」なことは重々承知だ。今更こんなこと言われても不愉快かもしれない。それでも、それでもだ! 許されるならば、これからは兄として貴女のそばに立ってもいいだろうか?』
恨んでいるのならば、恨んでくれていい
顔も見たくないなら、すぐに立ち去ろう。
復讐したいのならば、その全てを受け入れよう。
だけど、と。
ルシア=バーニングフォトンは妹を前にして、そう告げた。シェルファの兄として生きると、気づいたからには今からでも家族として接していきたいと、そう告げてくれたのだ。
家族、というものは噂でしか知らない幻であったが、もしも噂の中でしか語られてこなかった『兄』という存在が自分にもいるというのならば──欲しい、と。シェルファはそう望んだ。
だって。
本当は、ずっと、寂しかったから。
『わたくし、そういったものは噂でしか聞いたことがないのですが……世間一般での兄は妹に対して貴女だなんてかしこまった呼び方をしないのではないですか、ルシアお兄様?』
『ッ!? ……、ああ。ああっ、その通りだ、シェルファっ!!』
まさしく感情のままに手を伸ばし、抱き寄せてくれたルシアの腕の中の温かさを、シェルファは一生忘れることはない。
思い出の中の『兄』に想いを馳せて、シェルファは改めて前を向く。山岳地帯、その麓を囲むように広がる林の中に荷馬車が突入する──その寸前であった。
ゴッゥボァッッッ!!!! と。
五百メートルはある山が下から噴き出した白と黒が渦巻く竜巻のような何かに呑み込まれた。
「え……?」
直後に荷馬車が林の中に突入する。頭上を覆う木の枝が邪魔で先の竜巻の全貌は見えないが、葉をつけた枝と枝の隙間からのぞく白と黒のマーブルは……、
「まさか、あれは……禁術、ですか?」
全貌は見えず、ゆえに断言はできない。
だが、もしも先の竜巻がシェルファが考えている通りの力を持っているならば──山岳地帯にて発見されたダンジョンへと足を踏み入れているとされるルシア=バーニングフォトンは、どうなった?
「シロ。急いでください……急いでっ!!」
「ッ!! ワカッタ!!」
白と黒の竜巻という明確な異常が見えたからでもあるのだろうが、あのシェルファが焦りを隠そうともせず叫んだことでただ事ではないと伝わったのだろう。だんっ!! とさらに強く地面を蹴り、シロが荷馬車を引いて前に進む。
そして。
そして。
そして。
林が、途切れる。
そこに広がるは白と黒の竜巻に触れるものの全てが分解されていく光景であった。
地面や突き出た岩石が触れた途端にチリとなり、竜巻に呑まれていく。
白と黒に覆われてよくは見えないが、奥にあるはずの山はすでに五百メートルどころか、数十メートルあればいいくらいに小さく──すなわち、そんなに小さくなるまで分解された、ということだ。
物質を殺す暴虐。
魔力を使い超常を誘導するのではなく、己が魔力のみで超常を構築する技能。そう、召喚術と同じ方式で構築された、人類が手を伸ばし掴み取った、破滅そのものである。
三大禁術が一つ、『冥王ノ息吹』。
その竜巻が触れた物質はそのことごとくが砕け、散り、失われていく。
一度解き放たれたら最後、周囲の物質を全て分解するまで止まることはない。
『冥王ノ息吹』は魔導のように超常を操るのではなく、超常そのものを生み出す技能……なのだが
術者にできることは『冥王ノ息吹』を生み出すまで。制御方法は確立されていないのだ。
ただただ全てを滅ぼすだけの終末、それゆえに『冥王ノ息吹』は禁術とされている。
「……待って、ください」
『冥王ノ息吹』にはいくつかの性質がある。
一つ、周囲の物質を殺すために移動を繰り返す。
一つ、『冥王ノ息吹』が標的と定める物質には優先順位があり、より近く、より多いものを標的と定め、分解する。
一つ、例外として、より近く、より多いものがあろうとも、索敵範囲内に『命』がある場合は優先して標的と定める。
一つ、もちろん複数の場所に『命』があれば、より近い『命』を分解し終わってから、遠くの『命』や物質を標的と定める。
「そんな、嘘です。だって、そこには、だってっ!!」
シロもレッサーも『何か』が起きていることは分かっていたが、真相を正確には把握できていなかった。
シェルファだけが。
多くの知識を持つシェルファだけが、分かってしまった。
ずず、……と。
白と黒の竜巻がシェルファたち──あるいはその後方にある街に集まる『命』目指して動き出していた。それすなわち、より近い『命』は全て分解し終わったということ。
山岳地帯で発見されたダンジョンにいるはずの兄が白と黒の竜巻に呑まれ、その『命』を分解された何よりの証拠であった。




