第三十二話 残り二十秒
──残り二十秒。
ジュッドガァッッッ!!!! と魔鉱石でできた床や壁をドロドロに溶かしながら、人間を丸々吞み込めるほどの閃光が襲いかかる。
陣自体は不可思議なものであったが、具現化されし現象はまさしく最上位魔導『焼却瞬光』。軍部の頂点に君臨するルシアでさえ、賢者の再来と名高い大魔導士にして『スピアレイライン運輸』が会頭タルガと殺し合った時に一度目撃しただけであるほどに高難度の魔導である。
……厳密には溝を作ることで異界から超常を誘導する魔法陣を用いていないのだから、魔導とは呼べないのかもしれないが、その破壊力が最上位魔導のそれと同等であるならば些細な違いである。
小規模な砦であれば貫き溶かすだけの熱量を秘めし暴虐。余波だけで床や壁を溶かす圧倒的熱量に対して、ルシアは新入りの少女兵士を脇に抱えたまま横に飛ぶことで直撃を回避。
しかし、だ。
ブォッバァ!! と魔鉱石で構築された床や壁さえ溶かす熱波は空間を埋め尽くす。いかにダンジョンの通路が百人規模の部隊を投入しても問題ないほどに広くとも、空間全てを埋め尽くす熱波が襲いかかればどこにいようとも同じである。
あくまでそれが、一般的な兵士の話であれば、だが。
「シッ──」
一息、そして一閃。
左脇で胴体を挟むように(軽装なれどレザーアーマーを装備した)少女兵士を抱えた上で、逆の手に握った紅の剣を振るったのだ。
たったそれだけで、『流れ』が歪む。
斬撃自体は閃光に当たることはなかったが、その場の空気をかき乱す。そうして『流れ』を歪め、迫る熱波を逸らしたのだ。
とはいえ、だ。
余波だけで床や壁を溶かす熱量を秘めた閃光の余波である。それこそ空気を爆発させるように瞬間的に熱し、膨大な熱波を解き放ったはずだ。空気を乱す。もって熱を伝える『流れ』そのものを逸らし、焼け死ぬのを回避する。言葉にすれば簡単だが、そう容易く出来ることではない。
できるからこそ、ルシア=バーニングフォトンは最年少にして大将軍の座に上りつめることができた。特別な道具に頼ることなく、超常的な存在がもたらす恩恵に頼ることなく、その肉体一つで頂点に君臨してみせたルシアにとって、余波を逸らすことなど誇ることではない。
──残り十九秒。
ルシアの脳裏に浮かぶは『遠隔刻印完成まで残り二十秒。余興として楽しい楽しい奇術でも味わってくれよ、ベイベーッ!!』という仮面の男の言葉。
(遠隔刻印というものが何かは不明。だが、残り二十秒で『何か』が起きる可能性は高い。こうして敵対行動に出た以上、万が一あの仮面の男が第二王子であったとしても特別扱いはできない。となれば、最悪大将軍としての地位を失うことになろうとも、『敵』を無力化し、その目的を聞き出す必要がある)
瞬時に思考を回し、そしてルシアは口を開く。
「今すぐ両手をあげ、膝をつき、敵意がないことを示せ。さもなければ、こちらとしても相応の対応をせざるを──」
「はっはぁーっ! せっかくのタネも仕掛けもござりゃあしねー奇術の時間だってのに、ベタで萎えるセリフだなぁ。あんなもんブッパした奴が、そんなありきたりな警告に応じるとでも?」
──残り十八秒。
「……、警告はしました。聞き入れてもらえないとなれば、実力行使となります」
「こっちは最初からそのつもりだしぃ? さあさ、楽しく遊ぼうぜベイベーッ!!」
──残り十七秒。
ザンッッッ!!!! と。
仮面の男の右腕が肩口から斬り離され、噴き出した鮮血と共に地面に落ちた。
──残り十六秒。
「あ?」
トントン、と右腕が床を跳ねる。
距離にして十メートルは離れていたはずだ。そう、先ほどまでそれだけの間合いがあったというのに、気がつけば仮面の男の懐に少女兵士を左脇に抱えたルシアが立っていた。
その右手に握られた紅の剣が振り上げられていた。終点のみが広がっていた。下から脇に差し込み、斬り裂いたのだということが、剣を振り上げている終点だけでしか判断できなかった。
つまり。
仮面の男はルシアの動きの一切を視認することができなかったということ。そう、少女とはいえそれなりの重量があるだろうレザーアーマーを装備した兵士を左脇に担いだルシアの動きが、だ。
「な、んだ? どんな魔導を、いや陣は見えなかったから魔道具か……ッ!?」
「走って近づき、剣を振り上げて斬った。それ以上も以下もない」
「……ッ!?」
──残り十五秒。
「これが、本当に最後の警告と知れ」
鮮血に濡れた紅の剣、その切っ先を仮面の男の喉元に突きつける。そして、言い放つ。
「両手をあげて、膝をつき、敵意がないことを示せ」
──残り十四秒。
「は、はは。ははは、ははははははっ!! そうか、そうかそうかそうかあ!! これがルシア=バーニングフォトン、これが大将軍っ。はっはぁーっ! 流石は『最強』だなぁ!!」
だけど、と。
狂ったように哄笑していた仮面の男が一転、波のない平坦な声音でもって繋ぎ、
──残り十三秒。
ざじゅうっっっ!!!! と。
自ら前に踏み出し、突きつけられた切っ先へと己の喉を突き刺し、貫いたのだ。
──残り十二秒。
「なッ!?」
「所詮はただ強いってだけ。遊び心が足りねえぜ、ベイベー?」
ぶしゅっ、ごぶごぷっ! と突き刺した喉から血を噴き出しながらも言葉を紡ぐ仮面の男。咄嗟に剣を抜き、バックステップで距離をとったルシアは目撃する。
ばっぢゅう!! と。
貫いたはずの喉の穴が粘土をこねるように蠢き、瞬時に塞がってしまったことを。
それだけで終わらない。
今度は右腕。切断した肩口、その断面からじゅるじゅるじゅる!! と勢いよく新たな腕が生えてくる。一秒かけず生えた傷一つない真っさらな手が静かに開閉する。
「ルシア様、あれ、あれっ!!」
「チッ! どんな仕掛けだ?」
「言ったはずだぞ」
──残り十一秒。
「タネも仕掛けもござりゃあしねー奇術の時間ですよってな」
──残り十秒。




