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婚約破棄されたので呪いの地を開拓しようと思います  作者: りんご飴ツイン


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第二十九話 貴方にはいつだって笑っていてほしいから

 

 気晴らしに街まで出ましょう、とは完治したシェルファの言い訳であった。もう無茶はさせないと躍起になっているレッサーに気取られないよう買い出しに出かけたかったのだ。


 もちろん理由は『魔沼』の弱毒化に必要な物資を調達するため。総当たりで様々な液体へと『魔沼』を放り込み、溶かすことで薄められる組み合わせを探すためである。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならば、総当たりで確かめるしかないではないか。


 メイドがまた倒れるのではないかと心配してくれているのはわかっているが、どうにもがむしゃらに突き進むのが癖になっているらしい。逆にじっとしているほうが苦痛なので、こうして少しでも前に進むほうが性に合っているのだろう。


 そんな時、街でシロとはぐれたのだ。

 メイドと二人街中を探して、何やら仮面の不審者に絡まれているのを見つけたからと駆け寄れば──仮面の奥から響く声はまさしく第二王子のものであった。


 第二王子。

 かつて公爵令嬢として社交場を出歩いていたシェルファでさえも一度しかその姿を見たことがない王族である。


 兄である第一王子や妹である第一王女よりも遥かに優秀であり、なぜ前国王は馬鹿を次代の王と指名したのかという意見が多く聞かれるほどである。


 能力『だけ』ならば最も王にふさわしい傑物。

 ありとあらゆる才能を凝縮した、妄想(ファンタジー)の塊みたいな彼がどうしてこんな街にいるのかは不明だったが──シェルファはどうでもいいと切り捨てた。


 何やら惚れただなんだ言っていた気がしないでもないが、たかが王子とシロとを比べれば、どちらを選ぶかなど明白。


 第二王子が手を握ったって、唇を押しつけてきたって彼女の心臓は静かに脈打っていたが、シロの手を取ったその瞬間、周囲に聞こえるのではないかというくらい激しく脈打ったのだから。


 それが、答え。

 言語化はできない『何か』は、しかし身体が如実に示してくれている。


 だから、


「シロ、どうしてあんなことしたんですか? あの程度、どうってことないと思うのですが」


 噴水がある広場から離れて、街道を歩きながら、シロへと声をかける。そう、どうってことないのだ。流石に惚れただなんだと言ってくる奴は社交場にはいなかったが、ああして唇を手の甲に捧げてダンスの誘いとする気取った者は少数ながらも存在する。


 そんなもの、どうでもいいと切り捨ててしまえばいい。


 だが、シロにとっては違ったようだ。濃い青のローブ姿の少年の顔は隠れて見えなかったが、ぷいっとそっぽを向くその仕草が感情を訴えてくる。


 不機嫌そうに、苛立ちを隠さず。

 シロは吐き捨てる。


「イッタ、ハズ、ダ。キ、ニ、クワナイ、ト」


「ええ。ですから、それはどうしてですか?」


「ソンナ、ノ、オレ、ガ、シルカ!!」


「知るかって、そんな無茶苦茶な……。シロのこと、シロ以上に知る人はいないでしょうに」


「トニカク、イヤ、ダッタ、ンダ! オマエ、ハ、サレタ、ガワ、デ、セメル、ノハ、チガウ、ノ、カモ、ダガ、ダケド!! ウ、ウウ……ッ! モウ、アンナコト、サレル、ナヨ!!」


「シロが嫌ならば、絶対に。どうでもいいことですからね。跳ね除けるならばそれでも構いません」


「ソウ、カ」


 ゴシゴシ、と濃い青のローブで仮面の男が口付けた手の甲を拭うシロ。本当に彼自身もなぜそんなに苛立っているのか分かっていないのだろう。困惑に眉をひそめながらも、それ以上の怒りに顔を歪めていた。


 そんなシロの顔は見ていたくなかった。

 シロは純粋なまでに笑っているほうが似合うのだから。


「シロ」


「ナンダ……ッテ、ウギャア!?」


 とりあえず、と飛びついた。

 最近はそうして抱きついてもふもふを堪能するだけでも心臓が激しく暴れるので気恥ずかしく、控えていたのだが──今だけはこうして抱きしめるべきだと、言語化不能な『何か』が訴えてきたがために。


「そんな顔しないでください。あんなどうでもいいこと、忘れちゃってください。あんな奴の行動なんて本当にどうでもいいんです。だから、ね? こうしてシロと出歩くのなんてしばらくぶりなんですから、あんな奴のことなんて忘れて楽しみましょうよ」


「オ、オマエ、ガ、ソウイウ、ナラ……」


 不承不承ながらも、小さく頷くシロ。

 そんなシロの後頭部を優しく、愛おしそうに撫でて、その胸に抱き寄せるシェルファ。


 そして。

 そして。

 そして、である。



「うがーっ! これ完全にあたしのこと忘れられているのお!!」



 すっかり忘れられていたレッサーの叫びが響き渡る。二人きりではないと思い出した瞬間、なぜか頬が熱くなったシェルファは慌てて離れようとして──ぎゅっう、とシロの強靭な腕に抱き寄せられた。


「ふあっ!?」


 体格としてはシェルファよりもシロのほうが小さい。だが、彼は数十メートル程度軽々と跳躍できるだけの身体能力の持ち主なのだ。多少の体格の差なんて問題ではない。その腕は、シェルファの華奢な身体くらい楽に拘束できる。


「シバラク、ブリ、ナンダ。モウ、チョット、シテ、モ、イイゾ。アッアクマデ、オマエ、ガ、シタイ、ダロウ、カラ、ダゾ!」


「あ、ふあ、ええと、シロ、待っ、見て、レッサーが、見て、う、ううううっ」


 これまで散々見られていようがお構いなしだったくせに、と疑問には思っていた。身体の奥から迸る熱がそんな疑問、焼き尽くしてしまったが。


「はぁ。もういいの。好きなだけイチャイチャしやがれなのーっ!!」


「イチャイチャ……?」


「なんの話ですか???」


「そこは疑問に思うの!? もうこいつら、もおっ!!」


 何やらレッサーが叫んでいたが、あいにくと身体の奥から迸る熱でそれどころではなかった。見られるのが恥ずかしい、と。これまでなかったはずの感情が魂を揺さぶっていたからだ。

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