第二十七話 新たな鉱脈
大陸の中央に君臨する大国。ソラリナ国が王都。
その中心にそびえるは主城クリスタルラピア。ガラス工芸が名産品として有名なソラリナ国の象徴とされているクリスタルラピアはそのほとんどをガラスで構築していた。
曇りガラスで覆われた、その奥。
机に椅子が一セット、後は来客用にソファが一つという簡素すぎるその部屋は国王が執務室。椅子に腰掛けて、机に山積みとなった書類の山を片付けている金髪に碧眼、精悍な顔つきの齢十五の少年こそ現在ソラリナ国を統べる王であった。
病死した国王の遺言によって次代の王と指名されたジークランス=ソラリナ=スカイブルー、すなわち元第一王子にして現国王が眉をひそめていた。
書類の山を処理している時に入室してきた者の言葉に、だ。
「魔鉱石の、新たな採掘場が見つかった、だと?」
「左様でございます」
そう報告してきたのは骨と皮でできたような男であった。宰相、ゾニア=ナイトギア。ナイトギア伯爵家が当主にして財務や法務など内政関連を統括する宰相の地位に君臨する、まさしくこの国の頭脳と呼べる者である。
前国王にも仕えていた彼は貴族主義が根強い歴代国王から続く政策を一新、せめて全ての民が食いっぱぐれないくらいには平等なチャンスに恵まれた国にせんと改革を目指した前国王の意思を叶えるため尽力してきた。
国王が病に伏せてからは頂点という手札が正常に機能していないことで有力貴族の圧力が邪魔で、うまく改革を進めることはできていなかったようだが。
彼はジークランスの父親が最も信頼していた盟友と呼べる男であった。だからこそ、ジークランスもまた信頼していて宰相の任を託しているのだ。
とはいえ、だ。
件の前国王といえば『困った時はシェルファちゃんに意見を求めること。あの子はお前が考えている以上に優秀だからな。絶対に、手放すなよ?』なんてことを言っていた。宰相に、ではなく、なぜかシェルファに意見を求めるのが最良と助言していたのだ。
だが、いかに父親の言葉とはいえ、民を傷つけるような者に王妃の座を明け渡していいわけがない。いかに優秀だろうとも、だ。
「魔鉱石は魔力を貯蔵する鉱石であります。魔道具に組み込むことで魔力が少ない者でも問題なく魔道具を使えるとして、昨今の魔道具には欠かすことができない鉱石なんです。……わかっていますよね?」
「もっもちろん! 魔鉱石なっ。シェルファの奴が魔導だ魔道具だそんな話ばかりしていたから覚えているぞっ!!」
慌てたようにそう言うジークランスの口から出た人名に宰相は微かに眉をひそめる。とはいえ、今はそのことを追求する時ではないと考えたのか、話を先に進める。
「わかっているなら構わないんです。魔鉱石はダンジョンと呼ばれる古代遺跡に多く使用されています。壁や天井を形作る魔鉱石を切り崩すことで採掘しているというわけであります。とはいえダンジョンは有限、すなわち魔鉱石の内蔵量もまた有限であったのですが……そこにきて、我が国に新たな鉱脈が発見されたのです。国を挙げて採掘に乗り出すべきかと」
「確か、あれだ、ダンジョンは古代人の墓である場合が多いとか。ゆえに墓守として強力な自立人形や罠が配置されている……んだよな?」
己の知識に不安げなのは馬鹿だからか。好意的に受け取るならば、己が馬鹿であると理解している分だけまだマシと捉えるべきなのだろう。
宰相はその辺りには触れず、また言っている内容に間違いもないためこう答えた。
「その通りであります。だからこそ、我らがソラリナ国が誇る大将軍に軍を率いてもらい、ダンジョン内を一掃してもらうべきかと」
「大将軍……あいつかぁ。確かに適任なんだろうが、婚約破棄から気まずいんだよなぁ」
「王よ」
「わかっているさ。私的なアレソレは抜きに、だろう? 大将軍ルシア=バーニングフォトンに命じて、ダンジョン内の危険因子を一掃してもらおうぞ!」
「英断であります、我らが王よ」
恭しく頭を下げる宰相。
その顔がどんな表情を浮かべているかは、ジークランスからは見えなかった。
ーーー☆ーーー
主城クリスタルラピアが中庭。王族が住まう城の景観のためにと尽力している庭師渾身の花壇を眺めるための長椅子に寝転がる少年がいた。
今年で十九歳となるその少年は歴代最年少という冠を持つ『最強』であった。
腰まで伸びた黒髪を後ろで一纏めにしており、右の頬には小さな泣きぼくろが一つ。社交場だろうが戦場だろうがお構いなしにラフな黒のシャツに濃い紺のズボン姿という変わり者であった。腰には外見に不釣り合いな紅色の剣を差していたりもする。
『妹』と違い、温かな印象を抱かれる瞳をした優男にしか見えないが──その正体は東西南北の国境を守護する四人の将軍を統括する大将軍。主に王都守護を担う、大陸でも屈指の大国が誇る八万に及ぶ全兵力の頂点に君臨する『最強』なのだ。
ルシア=バーニングフォトン。
バーニングフォトン公爵家が長男にして歴代最年少で軍部の頂点にのぼりつめた『最強』。ありとあらゆる反対意見をその実力のみで叩き伏せた、まさしく暴力の化身である。
……見た目だけは柔らかな印象を抱かせる優男ではあるので、社交場でもその外でも人気者であった(貴族らしくない格好も中身が伴えば『独特で格好いい』という評価に化けるものである)。
と、その時だった。
国王その人が声をかけてきたのだ。
「ルシア」
「これはこれは。私の妹を振ってくれたクソ野郎様じゃあございませんか。何かご用でしょうか?」
「まだ引きずっているのか? 俺は王だ。未来の王妃としてふさわしくないとなれば、切り捨てるのが王たる役目なんだ」
「妹は公爵家から勘当されたよ。それ自体はクソッタレなお父上様の毎度の暴挙ではあるが、だからといってそれだけで済ませてやれるわけがない」
「…………、」
「ま、過去のアレソレに私が気づいた時には己が手で地位を確立させていた妹のことだから、こうなることもまた読んでいたのか、それともどちらでも良かったのか。とにかく新天地でも元気にやってはいるんだろうけど……それはまた別の話だ。今回も気づいた時には『手遅れ』だった私にとやかく言う資格はないのかもしれないが、それでも笑顔で仲良くしようなんて絶対無理なんだよ」
「そうだろう。それでいて、俺とお前は王と臣下という関係だ。私的な感情はともかく、公的にはきちんと命令に従ってもらうぞ」
「……、ふん。だから聞いたはず。何かご用でしょうか、と」
王が目の前にいるというのに、寝転がったままの『最強』に対して、国王はあくまで淡々と口を開く。
「我が国の領土内に新たに発見されたダンジョン内部の危険因子を一掃してもらう。兵数や武装等、必要なものに関しては大将軍の判断で好きに利用して構わん」
「それはまた大盤振る舞いなことですね」
「俺は軍事に関して……いや、色んなことに関して疎いからな。ならば、デキル者に丸投げするのが一番だ。何せ俺は王だからな。『最強』を筆頭に優秀な者たちが下についているのならば、利用しない手はないだろう」
「……、命令ならば」
吐き捨て、跳ねるように勢いよく起き上がるルシア。彼は国王に視線を向けることもなくその場を立ち去ろうとして──ぼそりとこう言った。
「妹が男爵令嬢に嫌がらせをしたって話、どうして信じた?」
「内外問わず情報を仕入れるため宰相が鍛え上げた諜報部門が裏付けをとったからな」
「……、ふん」
ギヂリ、と。
静かに、だが確かに拳を握りしめて最強はその場から去っていった。
ーーー☆ーーー
そして。
主城の廊下ですれ違う宰相と大将軍。
周囲に誰もいないその場で、会話が一つ。
「貴様が私の妹を陥れたのか?」
「はて? 何のことで???」
視線がぶつかる。しばし無言で見つめ合い、そしてだんっ! と足を踏み出し、交差する。
離れていくその背中を宰相はじっと見据えていた。
その表情は、背を向けている大将軍からは見えていなかった。




