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婚約破棄されたので呪いの地を開拓しようと思います  作者: りんご飴ツイン


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第二十二話 対軍魔導『殲滅』

 

『スピアレイライン運輸』が会頭・タルガは王都にあるこじんまりとした、それでいて思い出深い本店の奥で『魔沼』に関する書物を読んでいた。


『魔沼』について記されたその本を手に取ったのは、『魔沼』に足を踏み入れたシェルファの力になれればと考えたからか。


 もちろん、一般に出回っている程度の知識、シェルファが知らないはずがないとわかってはいるが。


(魔導の炎を瘴気にぶつけた結果、炎は消えなかった。ただし魔法陣が瘴気に触れると消失した。このことから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に関しては無効化することはできず、あくまで『魔沼』は魔力無効化のみに特化していると推察される、か)


 魔導は魔力由来だが、魔法陣によって誘導される超常存在の力は魔力由来ではない。その正体が何かについては未だ不明だが、一説によると人間にとっての生命エネルギーが魔力であることと同じく()()()()()()()()()()()()()()()()を元手としているのではないかと言われている。


 もしもそうであるならば、超常存在は魔力以外を生命エネルギーとして活動しているということになるのかもしれない。


 そのことを前提とするならば、


(当たり前だが、魔力以外を生命エネルギーとして扱っている奴なら、『魔沼』にだって足を踏み入れることができるってことか)



 ーーー☆ーーー



 夕日に染まった森の中、炎の紅蓮が揺れていた。

 洞察周辺を取り囲む木々の一角もそうだが、目につくのはやはり家を覆う炎だろう。


 あと少しで完成するはずだった。

 主にシロやキキ、子犬たちが率先して働いてくれたからこそ形になっていた。


 それが、見る影もなく燃えていた。

 努力の結晶を踏みにじられた。


 それだけではない。

 五感を歪め、狂わせる超常によってレッサーやキキ、子犬たちが苦しめられていた。あのままでは精神の奥深くにまで干渉され、最後には精神を殺され、息をするだけの肉塊になっていたかもしれない。


 ギヂリッ、と。

 静かに、だが確かにシェルファは拳を握る。

 荒れ狂う感情に従って。


『ぎゃはっ! ぎゃははっ!!』


 三メートルを超える異形が笑う。

 シロを襲っていた何か。あの時はシロに向かって放たれた()()を逸らし、木々が吹き飛ぶ中対峙したかと思えば、即座に逃げられた。


 だが、今回は逃がさない。

 今度こそ始末しなければならない。


『「夢魔」は封殺済みなんだし、もう逃げる理由はないなぁ!!』


 巨体に見合う腕が振るわれる。

 光る指先で宙に描くは陣。魔導に使われるものと違い、数字や文字を並べて形作るその陣は召喚術に使われるものと酷似していた。


 魔導ではない。

 あくまで異界の超常存在の力を誘導する他力本願な技能ではなく、己が力を増幅、出力する技能。それも魔導に用いる陣にて誘導可能な力となれば──



(もしかして、と思っていましたが、先の言葉を信じるに足る証拠が揃っていますものね)



 脳裏に浮かぶは異形の言葉。

『ぎゃは。ぎゃはははっ!! 見つけた、見つけた、見ぃつけたぁっ!! 賢者の末裔、我ら悪魔を好きに使役してくれたクソッタレの血筋──』


 シェルファにも届いていたその言葉。

 悪魔という単語。


 あり得ないと否定するのは簡単だ。が、最悪を想定するならば、目の前の一つ目野郎は異界に揺蕩う超常存在、その一角たる悪魔である可能性は高い。


 かの者の力は魔導にて誘導可能、となれば、その力は異界より誘導可能な超常存在のそれと酷似、あるいは同一であると見るべきなのだから。


(もしもヤツが悪魔だとすれば厄介かもしれません。魔導にて誘導してきた超常『そのもの』を好きに出力可能な怪物なのですから)


 そして。

 そして。

 そして。



 描かれるは数字や文字で形作られた陣。

 放たれるは人間を丸々呑み込むほどの閃光。



 ジュッドガァッッッ!!!! と直接触れていないはずの地面が抉れるように溶ける。圧倒的な熱量。その名は、


(最上位魔導『焼却瞬光』にて導かれしものと同質ですね。あの陣が魔導によるものならば魔力にて構築されているはずであり、瘴気に触れて霧散するはずですがその様子もなし。やはり超常『そのもの』、魔力以外のエネルギーで構築された陣及び攻撃が可能というわけですか)


 仮定は限りなく正しく、最悪に近い。

 悪魔。魔導にて利用してきた超常存在の一角。人類と違い己が力のみで超常を駆使する正真正銘の怪物が放つ閃光は矮小なる人間など肉片一つ残さず焼き尽くすことだろう。


 ──それが、直撃さえすれば、だが。


「ふっ……!!」


 一息。

 そして、振るわれる繊手が描くは溝を刻む陣。

 周囲に漂う瘴気を動かし、濃度差を生み出すことで山と谷を作り、魔法陣として機能する複雑にして計算し尽くされた溝へと構築していく。


 直後に激突。

 木々だろうが家だろうが地面だろうが余波で燃やし尽くす灼熱の光線がぐにゅり!! と歪む。山よりも谷。水が溝に沿って流れていくように、ぐるりとシェルファの周囲を回り──ゴッ!! と一つ目の異形めがけて解き放たれた。


『ッ!?』


 最初の邂逅では暴風を受け流し、レッサーたちを苦しめていた五感を狂わせる力に関しても矛先を逸らしていた。だからだろうか。受け流すのが関の山、まさか跳ね返すほどに逸らすことができるとは考えていなかったのか。


 慌てて横に飛ぶ異形。

 先ほどまで異形が立っていた場所を熱線が突き抜け──そのまま、後ろの燃え盛る家を貫いた。


「…………、」


 シェルファは微かに目を細める。

 こんな時、すでに火の手が全体にまわり手遅れだったから、追い打ちをかけたって何も変わらないから別にいい、と考えてしまう。


 そうやって他人事みたいに軽く流してしまうのが普通の人間らしくはないとはわかっていた。そういうものだと、自己を定義していた。


 ちくり、と。

 微かに、だが確かに、胸が痛んではいたが。


『ぎゃははっ。今のはちょっと危なかったなぁ! いやはや、やるじゃないか、女ぁ!!』


「キキ」


 異形の言葉など無視して、シェルファは声をかける。後方、レッサーや子犬たちと一緒にいるだろうキキへと。


「ハッハイ!?」


「手札が足りません。ですので、手伝ってもらえればと」


「モチロン! デモ、ワタシ、アンナ、コウゲキ、タイオウ、デキナイ、ヨ!?」


「道はわたくしが開きますので、トドメを刺してもらいたいんです」


 と。

 その時であった。



『ぎゃははっ! だと思ったぁ! だよなぁ、いくらお前が我の力を好きに捻じ曲げられるとはいえ、瘴気の中ならば魔力は殺され魔導は使えない。ならば、はっはぁ!! 人間の細腕で我にダメージを与えることなんてできないってわけだぁ!!』



 ゴッ!! と空気を引き裂く音と共に異形が射出される。あの細い足で地面を蹴りつつ、後方へと陣を描き放った暴風に乗って更なる加速を果たす。


 キキが動く前に。

 シェルファをその剛腕で殴り殺せる間合いへと突入する。


『さあ、どうする!?』


「もちろん、避けますよ。狙い通りおびき寄せることに成功したんですから」



 宣言の通りとなった。

 シェルファがわずか一歩右に動き、上半身を右に倒した直後、先ほどまでシェルファの顔があった空間を異形の右拳が突き抜けたのだ。



『こ、の……ッ!!』


 続いて左の剛腕。今度はシェルファの蠱惑的にくびれた腰をへし折ろうと巨大な腕を横に一振りしたが、今度はわざと体勢を崩し、転ぶことで回避する。


 地面に倒れたシェルファへと異形の細く硬質的な右足が上がり、槍を突き下ろすような勢いで襲いかかるが、その一撃は側面に添えられたシェルファの繊手によって僅かに軌道をズラされ、何もない地面を貫くに終わる。


 ズドンッッッ!!!! と地面を貫く凄まじい音が炸裂したと同時、シェルファの口が開く。


「キキ」


『チィッ!』


 大きく前に踏み込んだキキの爪が唸る。ザンッ!! と異形が咄嗟に盾のように構えた左腕を切り裂く。


 ぼとん、と半ばから切断された腕が地面に落ちる。その頃には異形は大きく後方に飛び退いていたので、キキはシェルファを庇うようにその場に留まる。


 追撃していれば、シェルファという『盾』の恩恵を受けられなくなり、異形によって五感を狂わされていただろうからだ。


『どういうことだぁ!? あり得ない、お前の身体を見ればわかる。お前は戦闘経験なんてほとんどないはずだっ。なのに、なぜだ? どうして我の攻撃を避けられる!?』


「元とはいえ、令嬢だからです」


『……、令、嬢……?』


 呆然と繰り返す異形に対して、シェルファはといえば立ち上がりながらも不思議そうに首を傾げていた。答えを告げたはずなのに理解されなかったことを本当に不思議がっている様子で。


「令嬢とは社交界にて美貌と作法と笑顔を軸に権謀術数を巡らせる装置です。嘘なんて挨拶、本音さえも武器と変える令嬢にとって『観察』は基本中の基本です。一挙手一投足から相手の感情や思惑を読み取るのはマナー。であれば、それが例え一つ目の巨体だろうとも()()()()()()()()()()()()()()ことは可能でしょう。ゆえにたかが次の行動程度、読めて当然ですので、回避もまた簡単というわけです」


『無茶苦茶言ってるなぁ、おい!!』


 まさしく武道における先読みであった。

 皮膚や筋肉、視線などの動きを基に次の行動を予測する技能。それを、シェルファは令嬢としてのマナーと扱っているのだ。


『完璧な令嬢』。

 元という冠はつくが、幼少期より植えつけられた能力は脊髄反射にて出力可能というわけだ。


『だが、はっはぁ! それならそれで対処のしようもあるってものだぁ!!』


 ぼたぼたと切断された左腕の断面から勢いよく鮮血を噴き出しながらも異形は笑う。笑って、もう片方の腕を振り上げる。


 距離は十メートルほど離れている。いかに異形が三メートル以上もの巨体を誇るとはいえ、あそこから腕が届くわけが──


「まさか……」


『ぎゃははっ! 先読みか? だが気づくのが遅かったなぁ!!』


 シェルファは異形を見ていなかった。

 見上げるは空。紫の粒子に覆われて見えづらいが、上空に輝くはキロ単位に広がる数字や文字で形作られた陣。


 あれは、まさしく、


「対軍魔導『殲滅』──」



 瞬間。

 キロ単位を埋め尽くす炎の雨が降り注いだ。

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